私って開閉係?
乗馬を一日に二回もする羽目になるとは……トホホ。
まぁ、ノースコート館からガイウスの丘までは近いけどね。皆の急ぐ気持ちが、私の馬にも伝わったのか、一緒に駆けている。
「ほら、ペイシェンス!」
伯父様に抱き下ろしてもらう。もう、こんなに速く走らせたのは初めてで、脚がガクガクしているよ。
「私がいても変わらないと思いますわ」
それでもという視線が突き刺さる。まぁ、開かないと思うよ。
「あの凹みを突いてくれ」
えっ、私が突くのですか? 非力には自信がありますよ。仕方なく、伯父様から枝を受け取る。
「開け!」と念じながら、枝で凹みを突く。
ゴゴゴゴゴ……と音がして、岩が二つに割れた。
「ペイシェンス、何をしたのだ!」
カエサルが私の肩を掴もうとしたのを、フィリップスとブライスが止めてくれた。伯父様は、初めて見た穴に集中していたからね。
「開けと念じながら凹みを突いただけですわ。そう言えば、フィリップス様が突いた時も叫んでしまったかも?」
フィリップスがハッとして「そうでした! ペイシェンス嬢が叫んでいたような記憶があります」と騒ぎ出す。
「執政官の床の時も、ナシウスと一緒にペイシェンスは叫んでいたな」
カエサルが考えてから、私に頼み込んだ。
「ペイシェンス、閉めろと念じながら凹みを突いてくれないか?」
全員が期待しているみたい。圧が凄いよ。
私は凹みを「閉まれ!」と念じながら突いた。
ゴゴゴゴゴ……閉まったよ。
「他の方でも出来ると思いますわ」
カエサルに枝を渡す。お願いだから開いて欲しい。
「開け!」
うん、動かない。そうだよね。昼からずっとやっていた時にも「開け!」と思っていただろうからさ。
「私は土の魔法ではないからかもしれない。アーサー、やってみてくれ」
「私も何回もやったが……まぁ、やってみよう」
やはり動かない。
「ペイシェンス、開けてくれ!」
やれやれ、二回目も開いたら、私は夏休み中ここに張り付かなくてはいけないのかな?
ゴゴゴゴゴ……開いちゃったよ。全員の視線が痛いほど突き刺さる。
「兎も角、開けたり閉めたりできるのだ。中を探索できる!」
伯父様、酷いです。私は開閉係ですか?
「他の方でもできる筈ですわ。そうじゃ無いと困ります」
私の苦情は皆無視だ。中を探索したくて仕方ないみたい。
「お姉様は中に入られないのですか?」
「一緒に探索したいです!」
ナシウスとヘンリーだけだよ。私の事を気遣ってくれるのは!
「そうか、中からも開閉できるシステムがある筈だ。ペイシェンス、一緒に入ろう」
ベンジャミンのは少し意味合いが違うね。
「でも、万が一開かなかったら遭難になるぞ。やはり、ペイシェンスにはここに待機して貰った方が良い」
カエサル、言っているのは正論だけど、もう一刻も早く通路を探索したいと顔に書いてあるよ。
「お姉様、私もここに残ります」
ナシウスって本当に良い子。でも、大丈夫だよ。
「貴方はフィリップス様と一緒に行ってきなさい。ヘンリーの面倒をみてね。サミュエルと無茶をしないように気をつけてちょうだい」
ヘンリーとサミュエルは猪突猛進な所があるからね。伯父様がついているけど、目が行き届かないかもしれないからナシウスに頼んでおく。
「今日は、二時間後にはここに帰って来る予定にしよう。普通に歩けば遺跡まで行って帰って来れる時間だ。ペイシェンスは時計は持っているのか?」
生憎とそんな物は持っていない。伯父様は時計を私に渡すと、護衛達に「しっかりとペイシェンスを護れ!」と厳命する。まぁ、魔物に襲われたりしたら、開けられなくなるものね。
ああ、ここで二時間もぼんやりと過ごすのか? 本か何か持ってくれば良かったな。
「空気が悪いかもしれませんから、なるべく扉は開けておきますわ。閉まったら、また開ければ良いだけですもの」
長年、閉じられていたのだ。埃やカビが多そう。ナシウスとヘンリーの肺に悪いかもしれないもの。
「そうしてくれるとありがたい。それと、扉が何分ぐらいで閉まるのか、記録を取って欲しい」
カエサルの言葉に頷く。
「ペイシェンスの為に椅子を館から持って来させよう。ついでに侍女も連れて来るように!」
伯父様も優しいね。でも、メアリーはいらないんじゃないかな? あれ、全員が頷いている。この習慣が染み込んでいるんだね。
「なら、メアリーに世界史の教科書を持って来させて下さい」
二時間もあるなら、年号を覚えよう。
「ペイシェンス、こんな時まで勉強をするのか?」
サミュエルに呆れられたよ。
「当たり前ですわ。秋学期には世界史の修了証書を貰いたいのですもの」
護衛が館まで帰り、メアリーを連れてきた。椅子も持ってきてくれたよ。テーブルまである。
その間に、皆は魔法灯の用意をしたり、隊列の確認をしたりしていたが、外の私の待機準備が終わったので、中に入って行く。私は、弟達が無事に帰って来るようにと祈って見送った。
「ナシウス、ヘンリー! 気をつけてね!」
「お嬢様は行かれなくても宜しいのですか?」
メアリーの椅子もあるから、二人で座って話す。
「中を探索したいけど、扉を開ける人が残っていないと不安ですもの。何故か私しか開け閉めできないのよ」
メアリーも手仕事を鞄に詰めて来たので、二人とも各々のことに集中する。
ゴゴゴゴゴ……うん、扉が閉まった。時計で確認すると45分だね。
「開け!」と唱えながら枝で凹みを突いて開けておく。空気が澱んでいたら駄目だもん。
「まぁ、驚きましたわ!」
初めて見たメアリーは、びっくりしている。
「私以外の人が開け閉めできないと困るわ。まぁ、通路に何も無ければ、探索も数日で終わりかもね」
期待しているブライスには悪いが、ここに魔道船が残っている可能性は低いと思う。ただの通路なら探索する意味は開閉システムと、薄ぼんやりしている灯りの仕組みの解明だ。
なんて呑気に世界史の教科書を読んでいたが、期待って裏切られる物だよね! いや、ブライスの期待は半分叶ったんだけど、私の期待は外れたんだ。
「ペイシェンス、大変な物があったんだ!」
サミュエルが通路から走り出てきて叫ぶ。後ろから、ヘンリーとナシウスも走り出たよ。
「父上が、もう少し待ってくれと仰っている。凄いぞ!」
「ナシウス、何が見つかったの?」
興奮しているサミュエルに聞くのは諦めて、ナシウスに質問する。
「通路の途中に大きな部屋がありました。そこに空を飛ぶ魔道船があった形跡を見つけたのです。カエサル様は天井が開くシステムだったのだろうと言われています。残念ながら魔道船の本体はありませんでしたが、部品や資料も見つかるかもしれません」
海の魔道船と、空を飛ぶ魔道船で逃げたんだ。
「まぁ、それは見てみたいわ!」
問題は、私以外の開閉できる人がいない事だ。
「サミュエル、ノースコートの領内に生活魔法を使える人はいないかしら? 私も中を探索をしたいわ」
サミュエルは、腕を組んで考える。
「生活魔法を使える召使いもいるが、ペイシェンスみたいな使い方は誰もしていない。せいぜい、手の届かない場所の掃除をしているぐらいだ」
生活魔法は庶民でも使える人が多い魔法だ。ただ、貴族と違って庶民の魔力量は少ない。貴族は、魔力量の多い者同士が千年以上も婚姻を繰り返しているからね。
「だが、父上に言って探して貰おう! ペイシェンスが見つけた入口なのだ。探索する権利はある」
サミュエル、優しくなったね!
「それに、通路の中は埃やカビでクシャミが止まらないのだ。ペイシェンスなら綺麗にしてくれるだろ?」
がっかりしたけど、サミュエル、ナシウス、ヘンリーを綺麗にしたよ。本当に埃っぽいんだもの。
それから、かなり経ってから、伯父様達が上がって来た。全員に「綺麗になれ!」と掛けるよ。だって団体だと本当に埃っぽいんだもの。
「ペイシェンス、大発見だ!」
伯父様はご機嫌だけど、カエサルは難しい顔をしている。
「あの古文書に手を触れるのが怖い。ボロボロに崩れてしまいそうだ。だが、読みたくて仕方がない! ああ、目の前にご馳走を出されて、手足を縛られている気分だ」
ベンジャミンが吠えている。全員が力強く頷く。
「なら、お姉様が入らないといけません。お姉様なら生活魔法で古い物も新しくできますから!」
ナシウス、それは変な生活魔法だから、あまり人に言わない方が良いんだよ。
「そうです! 屋敷の壁紙や絨毯も新しくなりましたからね。古文書も新しくしてくれますよ」
ヘンリーの無邪気さが私にとどめを刺した。
「そんな事ができる生活魔法など聞いた事がないぞ。時間を遡る魔法は賢者クロムエルでもできなかった筈だ」
カエサルは、ナシウスを見つけ、引き寄せた魔法の追求を諦めていなかったんだ。私の親戚の家なので、一旦はやめていただけみたい。
「生活魔法について、皆様が誤解されているだけでは? ジェファーソン先生は何でも出来ると仰っていますわ」
ふん、シラを切り通すよ。
「確かに、私は生活魔法について不勉強だ。それは認めるが……」
考え込んだカエサルの代わりにベンジャミンが発言する。
「ペイシェンスは、あの触ったら崩れてしまいそうな古文書を何とか読める状態に出来るのか? なら、私が背負って格納庫まで走って連れて行こう! 扉が閉まるまでは何分だ?」
「45分です」
何分だときかれて、護衛達が先に答える。
「なら、楽勝だ!」
えええ、ベンジャミンに背負われて行くのはちょっと……私が戸惑っていたら、伯父様が「背負子がある!」なんて言い出した。
「父上、それより生活魔法で扉を開け閉めできる者を探さなくてはいけません。そうすればペイシェンスが通路の埃やカビを綺麗にしてくれます」
サミュエル、それは私に掃除させたいと聞こえるよ。まぁ、私は弟達に不潔な場所をうろうろさせたくないからするけどね。
「そうだな! 生活魔法で扉が開閉するのなら、確保しなくては!」
確保? 何だか強制的な匂いがするけど、ここを治めている伯爵に領民は逆らえないかも。
「大丈夫だ、ちゃんと賃金は払う!」
私の微妙な表情で、伯父様は察したようだ。扉の開閉で賃金を貰えるなら、良いバイトかな?
「見つかると良いですね」
ベンジャミンに背負われたり、護衛に背負子で連れて行かれたりするのは避けたいもの。