ガイウスの丘
次の日、地下通路を見つける為の班分けをする。カエサル部長が錬金術クラブのメンバーを二つに分けたのだ。
「遺跡の調査は、私とアーサーとミハイルで続ける。ベンジャミン、ブライスはガイウスの丘の調査を頼む」
フィリップスもガイウスの丘組だ。4年Aクラスが丘組だね。私も偶には参加するよ。だってナシウスがフィリップスにべったりだからね。それにヘンリーも行きたがっているから、その保護者として参加しないといけない。ヘンリーは無鉄砲なところがあるから、穴に飛び込みそうなんだもの。
「丘の調査なら、私も参加しよう!」
サミュエルも張り切っているよ。遺跡にはあまり興味を持っていなかったけど、館の近くに地下道の出口があるなら探したいのかもね。なんて呑気に考えていた私は馬鹿だよ。
「丘の調査は広範囲になるから、各自馬に乗って移動ですね」
サミュエルが和やかに丘を調査するメンバー達に言っている。
えっ、それは……確かに遺跡で建物の中を調査するのではなく、丘なら歩きより馬の方が便利なのは分かるけど、何だか罠に掛かった気分だよ。今回は流石にメアリーは置いていく。ノースコート伯爵家の護衛に各自の護衛達が一緒だから、大丈夫だよ。
「ペイシェンス嬢、確か乗馬は苦手だと言われていましたが、大丈夫ですか?」
フィリップスの親切が身にしみるよ。
「ええ、少しは乗れるようになりましたから」
こんな事を言った自分を呪いたいよ。サミュエルは乗馬クラブだから上手いのは知っていたよ。そしてヘンリーもね。でも、ナシウスも上達していたし、ベンジャミンもブライスも上手いんだ。つまり、下手なのは私だけ!
「ペイシェンス嬢、ゆっくりと行きましょう」
フィリップスも乗馬クラブにラッセルから勧誘される腕前なのに、私に合わせている。ブライスも私が乗馬が下手なのに気付いて、ゆっくりと進んでくれている。
「足手纏いになりますわ。どうか、先にお進み下さい。ノースコート伯爵家の護衛が付き添ってくれますわ」
サミュエル達はもう見えなくなっている。これなら、弟達とも一緒にいられないし、来る意味なかったかも。
「これは早駆けではありません。ゆっくりと調査しながら進めば良いのです」
ブライス、やはり優しいよ。こんな点も、弟達に学んで欲しいな。今日はサミュエルに引っ付いて行ってしまったけどね。それは、それで良いんだよ。万が一、貧乏なグレンジャー家とはいえ狩りに招待される事もあるかもしれないからね。令嬢なら後から付いていくのも有りみたいだけど、男性は恥になるだろうから。
「こちらにアーサー様を寄越して貰いたかったな」
ブライスは周辺に風の魔法を飛ばしながら、少しだけ愚痴った。
「私も土の魔法を少しだけ使えるのだが、本来は火だからな」
フィリップスは、土も使えるんだね。そう言えば、ベンジャミンも少しだけ土も使えると言ってたよ。
「お二人とも凄いですわ。私は生活魔法しか使えませんもの」
あれ? 2人共、なんか変な顔をしているよ。
「ペイシェンス嬢、この様な事をお聞きするのは失礼ですが、生活魔法しか使えないのは何かの間違いではありませんか?」
フィリップスの言葉に、大きくブライスも頷いて同意する。
「その通りだ。昨夜もカエサル様が訊ねておられたが、ナシウス君を見つけ、引き寄せる魔法など生活魔法ではあり得ない。それに捻挫を治すなんて、光魔法の間違いではありませんか?」
ブライスは魔法使いコースを選択しているだけあって、もやもやしていたみたいだ。カエサルの追求を上手く誤魔化せたと思っていたのに、伯爵の客人の立場なのでマナーを守っただけみたい。
「そうなのですか……マキアス先生にも一度教会で調べ直した方が良いと言われたのですが……」
金貨1枚が勿体ないとは口にできなかったよ。
「躊躇われるのも分かりますが、ペイシェンス嬢の将来に関わります。光の魔法を賜ったのなら教会の庇護が篤くなりますからね」
フィリップスの言葉で、ルイーズを思い出しちゃった。鶴亀! 鶴亀!
「でも、きっと生活魔法だけだと思いますわ。生活魔法を教えて下さったジェファーソン先生が、生活魔法を極めれば何でもできると仰っていましたから」
2人が凄く驚いている。生活魔法は下に思われているからね。
「そうなのですか! 私は魔法使いコースなのに知りませんでした」
ブライスは考えを改めなくてはと反省している。いや、生活魔法は庶民も使えるのも確かなんだよ。
「ペイシェンス嬢、生活魔法でガイウスの丘に何か相応しくない物が無いか確かめられませんか?」
フィリップスときたら無茶を言うね。でも、乗馬しているよりはマシかも。そりゃ、馬を大人しくできるし、前よりは怖く無くなったけど、やはり苦手なんだ。
「降ろして下さいますか?」
乗馬台が無いと馬から降りられないんだ。情けない!
スッとフィリップスが馬から降りて、私を抱き降ろしてくれた。その間、フィリップスの馬はブライスが手綱を持っている。
ブライスって人の役に立つ事を黙ってできるんだよね。
護衛達は馬から降りず、少し離れて周りを警戒している。魔物がいる異世界だものね!
私は大地に手をついて「カザリア帝国の地下道は何処?」と探してみる。うん、これで上手くいくとは考えて無かったよ。
「あれっ、何か引っ掛かりましたわ」
手からソナーみたいなのを出している感覚なのだが、ある方向に引っ掛かりを感じるのだ。
「ペイシェンス嬢、何か反応があったのですか?」
「本当に生活魔法は凄すぎる!」
二人は騒ぐけど、これが地下道かは分からない。もしかしたら弟達に反応したのかも? でもナシウスを見つけた時の様な愛しい光は感じない。
「彼方に進んでみましょう」
引っ掛かりを感じた方向へとゆっくりと歩く。馬では見逃してしまうかもしれないからね! 乗馬が嫌いだから、歩いている訳じゃないよ。
「私も土の魔法で探索してみるから、ブライスも風の魔法を飛ばしてみてくれないか?」
二人も魔法を使いながらだから、ゆっくりと歩く。私も少し進んでは立ち止まって手をついて調べてみる。
「もう少し先ですわ」
前よりもハッキリと異物感があった。丘の土、木々とは違う人工物の手触りを感じたのだ。
「あの岩ではないですか?」
丘にも岩が剥き出しのところもあるけど、フィリップスが示した岩は不自然に大きいし、斜面に沿って斜めに横たわっている。まるで入り口みたいだ。
「ええ、多分? はっきりとはしませんけど、きっと人工物ですわ」
馬の手綱を木の枝にくくりつけて、三人で怪しい岩を探る。
「ナシウス君が落ちたのは、壁に手をついたからでしたね。だから、この岩の何処かに開閉の仕組みが隠されていると思うのですが……」
いきなり岩が二つに割れて地下に落ちるのは御免だ。それは他の二人も同じ考えみたいで、落ちていた枝で岩を突っついている。
「分かりませんね。それより、この岩の事をベンジャミン達に知らせましょう。ベンジャミンは土の魔法を使いますから」
ブライスが馬でベンジャミン達を探して連れてくることになった。
残った私達は、ベンジャミン達が来るまでに、岩のあちこちを突いていたが、さっぱり開く気がしない。
「この岩ではないのでしょうか?」
「この岩はあまりにも不自然ですわ。この周りに開閉の装置があるのかもしれません」
フィリップスが岩の周りの積もった木の葉を退けようとするのを制して「葉っぱと積もった土は彼方に集まれ!」と生活魔法を掛ける。岩の横に良い腐葉土になりそうな小山ができた。
「ペイシェンス嬢、それは土魔法では?」
フィリップスが呆れているけど、それより岩の下の部分が腐葉土にかなり埋もれていたみたい。
「あの凹みは怪しいと思いませんか? ナシウスが手をついた壁も少し凹んでいました」
フィリップスは頷くと、持っていた枝で力一杯突く。
「開け!」私も思わず叫んじゃったよ。
ゴゴゴゴゴ……と凄い音がして、岩が二つに割れた。
「フィリップス様、駄目ですわ!」
目の前にカザリア帝国の地下道があるのだ。フィリップスが近づこうとするのを、私は反射的に手を繋いで止める。
「ああ、ペイシェンス嬢……ありがとうございました。私は理性を失っていました」
私達は遠くから岩が二つに割れてできた入口を見ている。
「こちらはすぐには閉まりませんね!」
嬉しそうなフィリップスだけど、油断はできないよ。少なくとも、まだ私は入る気にはならない。
フィリップスは、火の魔法がメインみたいだ。小さな火の玉を何個も飛ばして中を照らしている。
「階段が見えますね。かなり深い部分を掘り進んだのでしょう!」
ああ、私一人ではフィリップスを抑えきれないかもと思った時に、やっとブライスがベンジャミン達を連れてきた。
「わぁ、何だ! これが地下道への入り口だな!」
「開いている!」とブライスも驚き叫ぶ。
ベンジャミン達は馬から飛び降りると、二つに割れた岩に近づこうとする。
「皆様、少し注意が足りませんわ!」
私は後ろから付いていくナシウスとヘンリーの手を掴んで止める。
「ああ、その通りだ! それにカエサル様に知らせないと、文句をいっぱい言われるぞ」
ベンジャミンが足を止めると、全員がハッと立ち止まった。各家の護衛達もホッとした様に大きな溜息をつく。ご主人様のご子息が怪しい穴の中で消えたりしたら、クビになりそうだものね。安全第一だよ!
「ここに護衛を立てて、一旦は屋敷に帰ろう。そして、カエサル様達に知らせるのだ!」
ベンジャミン! その前に、ここの領主であるノースコート伯爵にも知らせないといけないよ。
「ここは私たちが見張っておきます。皆様は伯爵にご報告して下さい」
やはりノースコート伯爵家の護衛が、見張りを申し出た。まぁ、それが順当だよね。
もし、何かカザリア帝国の遺物が見つかったら、それはノースコート伯爵が権利を持つのだろうから。まぁ、万が一、魔導船とか見つかったら、王家に知らせないと駄目だよね。魔導船は伯爵家が持つべき物か判断は私には出来ない。
「そうですわね。そろそろお昼の時間ですわ。リリアナ伯母様もお昼は館でと言われていましたもの」
ロマノで時計を買うまでもなく、私の腹時計は正確だよ。でも、時計は買うけどね!
「そうだな。皆様、館に帰りましょう」
サミュエルは、内ポケットから時計を取り出して確認すると、ホスト役を務めようと頑張っている。成長したよね!
うっ、また乗馬だ。でも、今回はナシウスが一緒だよ。ヘンリーはねぇ、サミュエルと先頭を走っている。まぁ、あの子らしくて可愛いから良いんだよ。
「お姉様、あの入口をどうやって探し出したのですか?」
ナシウス、それが聞きたくて私とゆっくり馬を走らせているの?
「何か人工物みたいな感じがしたのです」
フィリップスとブライスが少し呆れた顔をしているけど、二人は賢いから口を閉じている。
「それで、どうやって開けたのですか?」
これは簡単だよ。
「フィリップス様が枝で凹んだところを突いたら、岩が二つに割れたのです」
ナシウスの灰色の目が見開かれている。
「岩が二つに割れるのを見たかったです!」
「これから何回でも見られるよ。それより、ナシウス君は来年から王立学園だよね。歴史研究クラブに入らないか?」
おお、フィリップスがナシウスを青田買いしているよ。そういえば歴史研究クラブも廃部寸前だと嘆いていたから必死なのかも。
「ええ! 私は読書クラブにも入りたいのですが、掛け持ちしても良いでしょうか?」
「勿論だよ! 大歓迎だ!」
まぁ、ナシウスが学園生活を楽しめたら、それで良いよ。あっ、でも危険な真似はしないでね!