前世の人が作ったのか?
お昼までに屋敷に着いた。弟達は魔石を何個か買っていたし、サミュエルは何故かスケッチブック3冊と絵の具を買っていた。そんなの屋敷にありそうだけどね?
昼食の後は勉強をする予定だったけど、サミュエルが不満を言い出した。
「夏休みなんだから、1日ぐらい勉強を休んでも良いじゃないか? ペイシェンスもカザリア帝国の遺跡を見に行きたいと言っていたから、スケッチブックも買ったのだ。皆でスケッチ大会をしよう」
あっ、サミュエルは弟達のスケッチブックも買ってくれたんだね。優しいな。
「そうね、絵画刺繍の下絵としてのスケッチをしていて、魔道船の壁画も見ていないから、行っても良いわね」
弟達も「やったぁ!」と喜んでいる。まぁ、夏休みだから、1日ぐらい勉強しなくても良いかな。
午前中は港を見学して、そして午後からはカザリア帝国の遺跡へ行く。今回もメアリーと従僕達が一緒だ。従僕達はボディガードも兼任なのかもね。
「あの建物だ!」サミュエルが教えてくれる。
そうか、あの壊れかけた建物の中に壁画があるんだね。私は、防衛壁や壊れかけた建物を外から眺めていただけだ。
「お姉様、あちらに魔道船の壁画があるのですよ」
ナシウスに案内されて、崩れた壁を跨いで内部に入る。
「まぁ、本当にしっかりと壁画が残っているのね」
私的にはもっと劣化した壁画を想像していたが、はっきりと絵が残っている。
「私はこの壁画をスケッチするわ。ナシウスはサミュエルやヘンリーと外でスケッチしなさい」
この魔道船っぽい絵は、前世の飛行船に見える。まさか、私以外に前世から転生した人がいるのではないか? その人は科学が得意で、カザリア帝国で魔道船、つまり飛行船を作ったのではないか? 凄く動揺していたので、可愛い弟のナシウスを自ら追い払ってしまったのだ。
近くに寄って壁画を調べる。表面には細かいヒビが入っているが、ガラスコーティングしてあるようにスベスベしている。
「見れば見るほど飛行船に思えるわ」
メアリーが側にいるのに、小声で呟いてしまった。聞き慣れない「飛行船」という言葉に変な顔をしているよ。
「メアリー、私はこの壁画をスケッチするから、どこかに座ってて良いわよ」
メアリーはこんな壁画をスケッチするなんて物好きだと思ったのか、首を竦めると少し離れた石に座った。
私は壁画をよく見る。海に浮かんでいる魔道船は帆船ではなく、映画で見たタイタニック号みたいに何本かの煙突が突き出ていた。
「これを設計した人が前世からの転生者だとしたら、第一次世界大戦前後ぐらいから来たのかしら?」
その人が転生者だとは限らないけど、私の時代より100年以上前の文明に思える。まぁ、再現できたのが、その当時の文明なだけかもしれないけど、カザリア帝国は今から1000年近く前だから、かなり過去に来た事になる。時空軸が歪んでいるのか? それとも偶々、カザリア帝国の人が前世と同じような物を発明したのかもしれない。でも、実際に私が異世界に転生しているのだから、何があっても不思議では無い。
「こんな事を考えていても仕方ないわ。本当は如何なのか知る術もないのですもの。それにしても、これをフィリップス様が見たら喜ぶかもしれないわね」
外交官希望だけど、本当は考古学者になりたいフィリップスを思い出すと自然と笑顔になる。歴史研究クラブも廃部の危機だと言っていた。ナシウスに勧めてみようかな。
「兎も角、なるべく正確にスケッチしておきましょう」
秋学期にフィリップスに見せても良いし、ベンジャミンやカエサル部長は飛びつくかもしれない。ブライスは驚くかな? そんな場面を思い浮かべると「ふふふ……」と笑いが込み上げる。
割と時間を掛けて正確にスケッチした。これを四人にコピーして送っても良いかも。夏休み中なら見学に来やすいかもしれない。
「サミュエルと弟達もスケッチを終わったかしら? メアリー待たせたわね」
仄暗い建物の外に出たら、真夏の日差しに目が眩んだ。一緒に建物の中にいたメアリーも目をパチパチしている。
「お姉様!」
防衛壁の低くなっている箇所から飛び降りたヘンリーが駆けてくる。転けないでね。
「ヘンリー、絵は描いたの?」
身体強化系だから、でこぼこの石畳でも転ばずに私の側に来たヘンリーに質問する。
「はい! これを描きました。ナシウスお兄様もサミュエル様も描きましたよ。今は防衛壁の上を歩いています」
それは危険じゃないの? と心配になったが、遠くの2人と従僕達がいる防衛壁はかなりしっかりしているように見える。崩れている箇所ではないのでホッとしたよ。
ヘンリーは遺跡を防衛壁の上から描いていた。なかなか上手く描いている。マジ、うちの弟って天才なんだから。
「ヘンリー、とても上手く描いているわ。下を見て描いたのね。私も防衛壁の上を歩いてみたいわ」
「彼方から上に上がれるのです」
少し崩れているが階段が残っている場所へとヘンリーに案内してもらう。
「お姉様、気をつけて!」
ヘンリーったら、私の手を持ってエスコートしてくれるんだよ。可愛い紳士だ。
防衛壁の上からノースコート港を眺める。良い風景だ。
「これをスケッチしたいわ」
ちまちまと壁画を写していたので、目の前に広がる風景を描きたくなった。今度はメアリーも同感なのか頷いている。
蔦に覆われた防衛壁にスケッチブックを置いて、ざっくりと描く。ヘンリーはサミュエル達のいる所まで走って行ったよ。
前からだけど、サミュエルとナシウスは1歳違いだから仲が良かった。でも、夏休みを一緒に過ごして、より親密になった気がする。ヘンリーは、2人とは少し違ったタイプだ。元気が溢れかえっているからね。なんて事を思いながら、スケッチを終えた。
海からの風を感じながら、防衛壁の上を歩き、サミュエル達と合流する。
「そろそろ帰りましょう。リリアナ伯母様がお茶の時間には帰るようにと言われていたから」
今日は一日遊んじゃったけど、私は魔道船と遺跡の俯瞰図をスケッチできた。魔道船が飛行船だったら空気より軽い水素かヘリウムで飛ぶのだと思うけど、確か水素は大爆発したんじゃないかな? 映画で見た気がするよ。ヘリウムってどうやって作るのか知らないけど、この異世界でも詳しい人がいるかもしれない。
「ロマノ大学ならいるのかしら?」
帰りの馬車で呟いたら、サミュエルが小耳に挟んだ。
「ペイシェンスはロマノ大学に行くのか?」
ご褒美の件はナシウスには内緒だ。
「あの壁画の乗り物を知っている教授がロマノ大学にいるのかしらと思っただけですよ」
ナシウスの灰色の目が輝いている。うん、ナシウスは勉強が大好きだからね。ロマノ大学でいっぱい学んで欲しい。でも、すぐに目を伏せてしまった。大学進学なんて貧乏なグレンジャー家では無理だと諦めているんだね。
もう! 父親に口止めされていなかったら、奨学金について話してあげれるのに。プンプン!
サミュエルもナシウスの気持ちに気づいたのか、少し複雑そうな顔をしている。サミュエルはノースコート伯爵家の嫡男としてロマノ大学に進学するのは決定しているからだ。そこで、領地経営と防衛について学ばなければならない。
「ナシウス……」と言いかけて、口を閉じた。一緒に大学に進学しようと、援助を口にしかけたのかも。でも、まだ子供のサミュエルが決められる事ではない。
サミュエル、大丈夫なんだよ。ナシウスも奨学金を貰っているからね。
「お姉様、お腹が空きました!」
少し暗くなった馬車の中がヘンリーの一言で明るくなったよ。
「今日はパンケーキだと良いな」
サミュエルは甘い物が好きだからね。
「あれは美味しいですよね」
ナシウスもパンケーキは大好きだ。顔が明るくなって良かった。ナシウス、中等科まで内緒だけど、ロマノ大学には行けるからね!