王女様のお友達?
王妃様は2人が出ていくのを見送ってから口を開いた。
「ペイシェンスも知っているでしょうが、リチャードは今コルドバ王国に遊学しています」
うん、それは知っているよ。魔石の輸出を増やして欲しいのと、関税についてもね。でも、王妃様が何を私に言いたいのかよく分からない。私はマーガレット王女の側仕えであって、リチャード王子の学友でも無いからね。
「リチャードとコルドバ王国のリュミエラ王女との縁談があります。でも、リュミエラ王女は幼くて、すぐに婚姻とはなりませんが、こちらに秋学期から留学する予定になっています」
リチャード王子と結婚したら、王太子妃になり、いずれは王妃になるのだからローレンス王国について学んだ方が良いのは確かだよね。何故、それを私に話すのか? 嫌な予感しかしないよ。
「お母様、ペイシェンスは私の側仕えですわ」
マーガレット王女も嫌な予感がしたんだね。抗議の声を上げるけど、ビクトリア王妃様は気にもとめない。
「マーガレットは少しペイシェンスに甘え過ぎです。この夏休みの間に自分で起きられる様にならないといけません。それにペイシェンスを貴女の側仕えから辞めさせる訳ではありませんわ」
マーガレット王女はホッとしたようだけど、私は嫌な予感がビシバシするよ。
「リュミエラ王女は13歳です。外国に親元を離れて留学するのですから、マーガレットも優しく接してあげなくてはいけませんよ」
えっ、という事は初等科3年に編入するのかな? それとも中等科1年? 王妃様の言葉のニュアンスでは中等科1年に感じるけど。
「リュミエラ王女は中等科1年に編入されるのですか?」
マーガレット王女も疑問に思い質問する。
「ええ、リュミエラ王女は勉強も熱心にしている様ですから、中等科1年に編入する予定です。そして、来年の秋には貴女達と一緒に社交界デビューします。私はリュミエラ王女のローレンス王国での後見人になります」
そうか、将来の義母が後見人になるんだ。来年になればリチャード王子とリュミエラの婚約披露がされるのだろう。なんて気楽に考えていたら、飛び火したよ。
「ペイシェンスには、リュミエラ王女とお友達になって欲しいのです。勿論、マーガレットもよ」
外国のお姫様のお友達ね。なれるかな?
「私は良いですけど、ペイシェンスは忙しそうですわ。それに中等科の学習内容が変わって厳しくなっているのに、上の学年で大丈夫なのでしょうか?」
確かにね、コルドバ王国の学習水準がどのくらいか分からないからね。
「ほほほ、だからペイシェンスに頼んでいるのですよ。キースの古典嫌いを治してくれたのですから、リュミエラ王女も王立学園に馴染ませてくれると期待していますわ」
これってかなりハードルが高いね。なんて考えているのに、マーガレット王女の興味は音楽に戻る。
「リュミエラ王女は音楽は得意なのかしら?」
ビクトリア王妃様の微笑みが深くなるよ。マーガレット王女の音楽愛偏重を治したいんだね。
「音楽を嗜まれるのは確かですが、貴女みたいに音楽だけを愛されているとは思いません。少し他の事にも興味を持った方が良いですよ。それはジェーンにも言えますわ」
王妃様は深い溜息をつかれた。マーガレット王女もこの件には触れたく無い様だ。ジェーン王女をお淑やかにさせておくのは王妃様にも大変そうだ。
「そうだわ、マーガレットとペイシェンスも庭を散策していらっしゃい。男の子達の乗馬訓練に参加しても宜しいですよ」
マーガレット王女もさほど乗馬に興味は無いから、訓練に参加はしない。でも、王妃様と一緒にいてお説教されるぐらいなら、見学した方がマシだと庭に出る。
庭では乗馬が得意なキース王子、ジェーン王女、サミュエル、そしてヘンリーが高い障害をどんどん跳び越していた。ナシウスも参加しているから、私はドキドキするよ。
そして、マーカス王子はアンジェラと低い障害を跳んでいる。アンジェラは私の数倍乗馬が得意だけど、乗馬クラブに入るほどでは無いね。
「ジェーンは少し可哀想なの。あの子は活動的なのに、この夏休みはほとんどお母様の側に居るの。それは私も同じだけど、ハノンを弾いたりできるから、まだ我慢できるわ。あの子の退屈で死にそうな顔を見ているだけで辛いわ」
これは夏の離宮行きは1回では済まないかもね。王妃様は王女としてジェーン王女を厳しく躾直しておられるのだ。ただ偶には息抜きが必要だとも感じておられるのだと思う。常にキース王子やマーカス王子と勝手に遊ばせる気は無いが、友達が来た日ぐらいは大目に見るスタンスを取りたいのだろう。やれやれだよ。
「ペイシェンスも乗馬をしないか?」
キース王子から声が掛かるけど、私は秋学期からの負担が増えそうで、そんな気分になれない。
「キース、ペイシェンスと私は話があるの。乙女の会話に口を挟むのは無粋よ」
キース王子は頬を染めて、乗馬に戻る。
私はマーガレット王女と庭を散策しながら、リュミエラ王女について話す。
「私はリチャード兄上がコルドバ王国に遊学されると聞いた時から、こんな事では無いかと思っていたわ。王族に生まれたら政略結婚も覚悟しているから驚きはしないけど、やはり身につまされるわ」
それは、そうだと思うよ。まだリチャード王子は嫁を貰う立場だから、自国から出る訳では無いけど、リュミエラ王女は他国に嫁ぐのだから、心細いと思う。それが、いつマーガレット王女に降り掛かるか分からないのだ。
「リュミエラ王女はどの様な方なのでしょう。ジェーン王女の様に活発な方なのかしら? それとも大人しい方なのでしょうか?」
マーガレット王女は首を横に振られた。次代の王妃になる王女の事は詳しく調査しているだろうが、マーガレット王女には知らされていないのだ。
「まぁ、それは秋学期になれば分かるでしょう。それより、サミュエルと新曲は作ってないの?」
もう、王妃様にも音楽だけに興味を持つのはやめなさいと言われたばかりなのに。溜息がつきたくなる。
「そんな暇はありませんよ。私は世界史と地理の修了証書を取ろうと猛勉強しているのですから。それにサミュエルや弟達も勉強をさせています。それに……」
ノースコート伯爵家にはお客が多くて、夕食の後もハノンを弾いたりはするけど、サミュエルと新曲を作ったりする暇は無いと言いかけた口を閉じた。パーシバルやアルバートの訪問を秘密にしておきたかったからだ。
でも、私が急に口を閉じたのでマーガレット王女はピンときたみたい。本当に恋バナが好きなんだから。
「ペイシェンス、もしかしてパーシバルかアルバートが訪問したとか? さぁ、話してよ。今年の夏の離宮は本当にお母様が厳しくて息が詰まっているの。恋の話でも聞かないとやってられないわ」
マーガレット王女に負けて、突然、チャールズ様とアルバートが訪問した事。パーシバルと鉢合わせして、何故かカザリア帝国の遺跡を見学しに行った事などを話した。
「それと帰りがけにチャールズ様からラフォーレ公爵家に招待されたのです。ノースコート伯爵家の人達も一緒ですけど。パーシバル様も同様ですわ」
マーガレット王女ときたら、私が困っているのに嬉しそうに笑っている。
「ペイシェンス、青春しているわね」
これは青春では無いよ。
「違いますわ。困っているのです。あっ、でもアルバート部長はロマノ大学に新設される音楽科に進学されるそうですから、縁談も遠のくのでは無いでしょうか?」
マーガレット王女もロマノ大学に音楽科ができると聞いて喜んだ。
「まぁ、素敵! ローレンス王国の音楽の発展の為になるわ」
ふと、マーガレット王女とアルバート部長が結婚すればお似合いなのでは? なんて恐ろしい事が頭に浮かんだ。
「ペイシェンス、頭の中が漏れていますわ。私は王女なのよ。公爵家であろうと次男には嫁げません。それにアルバートと私では家が傾きそうですから、それは御免だわ」
確かにアルバート部長は経済観念が無さそうだ。その分、兄のチャールズ様が何とか管理をしそうだけどね。えっ、チャールズ様となら有りなんだろうか?
「私の結婚相手はお父様とお母様が決められるわ。それより、もっと夏の離宮に来て欲しいの。お母様はリュミエラ王女の縁談で、私とジェーンが何処に嫁ごうと恥をかかない様にと厳しくされているのよ。息がつまるわ」
それは、ジェーン王女を見れば分かる。
「王妃様のお考えに従うしかありませんわ」と答えておく。
王妃様が、そろそろ息抜きをさせたいと思われたら、アンジェラなり私なり呼ばれるだろう。
「そろそろ、お茶の時間です」
シャーロット女官が呼びに来て、私達は応接室に戻った。ジェーン王女も乗馬を楽しんだのか、少し元気になっている。
「アンジェラは音楽が好きなのかしら?」
お行儀よくお茶とクッキーを食べていた私達は、突然の王妃様の質問に驚いた。アンジェラは、緊張していたが、しっかりと答える。
「はい、王妃様。私は音楽が好きです」
ジェーン王女は、アンジェラが乗馬は得意では無いのは見て知っていたから、本当は音楽が好きだと言ってもガッカリしなかった。その横で音楽が好きと聞いて、マーガレット王女が微笑む。
「では、ペイシェンスとサミュエルとアンジェラにハノンを弾いて貰おうかしら」
アンジェラを最後にしてくれたのは王妃様の温情だね。私はアンジェラに渡した曲を避けて、ハノンを弾いた。サミュエルも私の最新曲を弾いたよ。これはアンジェラは知らない曲だからね。
アンジェラは、前に私があげた曲をよく練習していたようだ。
「まぁ、アンジェラはハノンが上手ですね」
言外にジェーン王女にもう少し練習する様にと込めている。この2人は合わないのではないかな? なんて思ったけど、意外と2人で首を竦めて笑っている。アンジェラは乗馬が苦手だし、ジェーン王女はハノンが苦手。お互いに苦手な物があって、近く感じたのかもしれない。
兎も角、アンジェラをマーガレット王女に引き合わせられたから、私は気が楽になったよ。