夏の離宮に遊びに行くよ
夏の離宮に遊びに行く日、朝からリリアナ伯母様はテンションMAXだった。昼から行くのにね。
サミュエルが着ていく服や、持って行く服の準備は従僕がするし、リリアナ伯母様が夏の離宮に行くわけでは無いのに……
午前中は勉強をするよ。昨日、パーシバルから聞いた話で、浮き浮きしているから面倒くさい世界史の地図もかなり描いた。
「今日はここまでにしましょう」
年号はきっちり覚えなくてはいけないけど、地図を描いたから流れはかなり理解できた。世界史と地理は修了証書を貰うよ。
秋学期は魔法陣2と錬金術3も取らなくてはいけないし、できたら魔法陣3も受けてみたい。魔法陣2は自分で魔法陣を考えて描く為の基礎を学ぶ。これをマスターできたら自分で魔法陣を作れるようになる。そして魔法陣3は、より複雑な魔法陣を作成する授業内容なんだよね。
私はかなり錬金術に嵌っている。だって異世界は魔法があるけど、やはり前世より不便な事が多いんだもん。ここで生きていくなら、より良い生活をしたいと思うのは当然だ。それにお金になるのも大きいな。
「マギウスのマントや撥水性についても研究しなきゃいけないのだわ」
お昼までの時間に考えようとしていたのに、リリアナ伯母様に着替える様に急かされた。
「遊びに行くだけなのに……」なんて言っても無駄そうだ。メアリーも頑張って髪を整える。今回は薄いブルーのドレスを着ていくよ。一応、海水浴用の古い服もメアリーが持って行くけどね。
私が着替えている間にサミュエルや弟達も着替えていたし、アンジェラを連れてラシーヌも来ていた。
「まぁ、アンジェラ。とても可愛いわ」
アンジェラは薄いピンクのドレスがよく似合っている。付き添いの侍女はしっかりした感じだ。メアリーより10歳は年上そうだけど、あれこれと離宮について質問している。
「ペイシェンス様もお綺麗ですわ」
様はいらないのだけど、アンジェラは様付けで呼ぶんだよね。もっと砕けて欲しいけど、時間が必要かもね。
「ペイシェンス、とても素晴らしい絵画刺繍をありがとう。貴女は勉強や音楽だけでなく、刺繍も優れているのね。早速、応接室に飾りましたわ」
ラシーヌに絵画刺繍のお礼を言われた。かなり時間が掛かったから、価値がわかる人で良かったよ。
昼食が終わったら、夏の離宮へ出発だ。今回は男の子組と女の子組に分かれたよ。アンジェラ1人で行かせられないから、私と侍女2人。男の子組はサミュエル、ナシウス、ヘンリーと従僕3人。従僕の1人は御者席に乗って、ヘンリーと従僕2人が一緒の椅子に座る。未だヘンリーが小さいからこれで大丈夫。
「サミュエル、お行儀良くするのよ」
「アンジェラ、王妃様にちゃんと挨拶しなくてはいけませんよ」
母親2人に見送られる。ラシーヌはアンジェラが帰って来るまで、リリアナ伯母様と待つみたいだ。姪と叔母になるけど、年齢差は私とより小さいから話も弾むかもね。
「アンジェラはジェーン王女とお会いした事があるのでしょう?」
緊張しているアンジェラを少しでもリラックスさせたいと話しかける。
「ええ、一度だけ」
うん、リラックスできてない様だ。夏の離宮までにどうにかしたいけど、やはり好きな事を話題にしよう。乗馬じゃ無いよ。
「私とサミュエルは音楽クラブに入っているの。今年の青葉祭では新曲発表会でハノンを演奏したし、グリークラブの伴奏もしたのよ。この前、ノースコートにいらした時に歌った曲もグリークラブに提供したの」
アンジェラはやはり音楽が好きみたいだ。音楽の話題に自然と微笑む。
「夏の離宮までまだまだ掛かるから、2人で歌でも歌いましょう」
それからはアンジェラと2人で歌って過ごした。やはり、アンジェラの歌は上手いし、リラックスできた様だ。ホッ
夏の離宮に着いた。うん、やはり大きいね。
サミュエルやナシウスやヘンリーも見上げているよ。
「さぁ、アンジェラ行きましょう」
本当は弟達の世話をしたいけど、それはサミュエルに任せて、女の子のアンジェラの世話をする。それにナシウスはきっと初等科1年生はあっという間に学年飛び級するだろうから、ジェーン王女の同級生として過ごす期間は少ないと思う。性別も違うから学友候補でも無いし、気楽な立場だ。
アンジェラは馬車の中ではリラックスしていたのに、離宮に着いた途端に緊張している。まぁ、こんなに威圧感ある建物だから仕方ないよ。
シャーロット女官が出迎えてくれたので、私は緊張しなくて良かったけど、他の子はどうかな? 髪の毛一本も乱れていないシャーロット女官は、パッと見た目が厳しそうだ。
「シャーロット様、ご機嫌よう」
シャーロット女官は怖く無いよと、皆に教えたくて話しかける。
「ペイシェンス様、ようこそいらっしゃいました。王妃様もマーガレット王女様もお待ちですわ」
あっ、マーガレット王女は朝起きるのに苦労しているんだね。そしてシャーロット女官も起こすのにとても苦労しているんだ。歓迎の言葉の一言で分かったよ。
「王妃様、ペイシェンス様とサミュエル様、ナシウス様、アンジェラ様、ヘンリー様が来られました」
シャーロット女官に案内されて、応接室に入る。私はお辞儀をして、王妃様の声が掛かるのを待つ。サミュエル達もマナーをしっかりと教えられているから、頭を下げたままだ。
「ペイシェンス、他の皆も頭をお上げなさい」
やっと顔を上げるよ。そこにはマーガレット王女、キース王子、ジェーン王女、そしてマーカス王子もいた。マーカス王子が応接室にいるのは珍しい。普段は子守がお世話しているからね。
「夏の離宮に招待して頂き、ありがとうございます。従兄弟のサミュエル・ノースコート。弟のナシウス・グレンジャー。従姪のアンジェラ・サティスフォード。そして7歳の弟ヘンリー・グレンジャーです」
1人ずつ王妃様に紹介して、椅子に座りなさいと言われてから座る。そして、お茶を飲む。やはり王族と一緒は疲れるよ。
「キース、男の子達と遊んでいらっしゃい。マーカスのお世話も頼みますよ」
キース王子も退屈していたのか、サミュエルは勉強会で一緒だったし、気やすそうに「乗馬でもしよう!」と出て行った。
ジェーン王女は一緒に乗馬をしたそうな顔をしていたが、王妃様には逆らえない。お淑やかに座っている。
「ペイシェンスはサミュエルと一緒に音楽を楽しんでいるのね」
初っ端からマーガレット王女の愚痴が出た。
「いえ、午前中は勉強をしていますし、昼からは海水浴や乗馬や刺繍をして過ごしています。音楽は夕食後のほんの少しの時間だけですわ」
王妃様の微笑みが深くなるよ。怖いから、マーガレット王女も音楽の話から離れて欲しいな。
「夏休み中でも勉強をするのは良い事です。マーガレットもジェーンも頑張りなさい」
2人とも素直に頷くけど、かなり絞られているのが分かる。不満が目に現れているからね。特にジェーン王女はかなりビシバシやられているみたいだ。去年の自由奔放さがかなり薄れている。子守の方が王妃様よりも緩いのは確かだね。
アンジェラは緊張して口を真一文字に閉ざしている。何とかリラックスさせてあげたいけど、マーガレット王女の音楽好きにも王妃様は少し苛立っておられるから難しいな。
「そうですわ。アンジェラとジェーンは同級生になるのね。2人で庭を散策していらっしゃい。男の子と乗馬をしても宜しいわ」
ジェーン王女とアンジェラは解放されたよ。ジェーン王女は足取りも軽く出て行った。これは乗馬に合流確実だね。あれっ? もしかして、王妃様は私にお話があるのかな?