カザリア帝国の遺跡
応接室でチャールズ様とアルバートとお茶を飲んでいたら、パーシバルが到着した。ホッとしたよ。ラフォーレ公爵家に招待されたら断れないと困っていたからね。
「おや、お客様でしたか」
召使いに案内されて入ってきたパーシバルに救われた気分だよ。白馬に乗った騎士が似合うね。
「こちらはチャールズ・ラフォーレ様とアルバート・ラフォーレ様です。こちらはパーシバル・モラン様です」
ノースコート伯爵がお互いを紹介するけど、アルバートとパーシバルは同級生だよ。
「アルバート様がこちらにいらしているとは存じませんでした」
アルバートも苦笑しているよ。
「ノースコート港まで魔石を取りに行く様にと父上に命じられたのだ」
それは口実だよね。きっと音楽を聴きたいから私を招待しろと言われたのだろう。魔石は確かに高額な品物だけど、公爵家の嫡男と次男とで引き取りに来るほどの事ではない。
「魔石はローレンス王国では他国よりも高額ですからね。もう少し安価にできないかコルドバ王国と交渉中なのです」
あっ、ノースコート伯爵もその件に食いついた。
「やはり王族の結婚が必要かもしれません。ソニア王国から嫁がれたレオノーラ王妃にコルドバ王国のカルロス王はメロメロですからな」
そんな理由でマーガレット王女がコルドバ王国に嫁ぐ羽目になるのは少し可哀想な気がするよ。あっ、チャールズ様も色々と話したいみたい。
「今、リチャード王子がコルドバ王国へ遊学されています。何か良い進展が有れば良いのですが」
あっ、リチャード王子がコルドバ王国の王女と結婚ってこともあるんだね。遊学だと思っていたけど、お見合いを兼ねているのかも?
私の縁談ではなく、アルバートを除く男性陣はコルドバ王国との関税問題で盛り上がっている。
リリアナ伯母様は少しの間は我慢して聞いていたが、銀の鈴を鳴らして「お茶を代えて下さい」と執事に命じる。ノースコート伯爵は、意味が通じたみたいだね。
「こんな話は御婦人方には退屈だろう」と話題を変える。いや、退屈どころか興味津々です。それより話題が変わってラフォーレ公爵家に招待される方が困る。
「今日は天気が良いですから、カザリア帝国の遺跡を見に行きませんか?」
あれっ? チャールズ様からの提案は思いがけないものだった。もしかして私との縁談に反対なのかも? どっちでも良いよ。私も乗り気じゃないからね。
私達は全員でカザリア帝国の遺跡に来ている。そう、チャールズ様とアルバートとパーシバルとサミュエルとナシウスとヘンリーも一緒だよ。
まぁ、チャールズ様は求婚者2人が顔を突き合わせてお茶を飲むよりも、遺跡見学していた方が気が楽だと判断されたんだろう。それにサミュエルや弟達も一緒だし、色々と見る場所も多そうだ。
「ふむ、この防衛壁は見事だな。当時の建築技術は大した物だ」
チャールズ様は建築に興味があるようだ。もしかして、気まずい茶会を避ける為ではなく、本当にカザリア帝国の遺跡を見学したかっただけなのかも? 未来の公爵は、心の中を簡単に読ませない。屋敷への招待を持ち出されるのではとドキドキしていたけど、無駄な警戒だったのかな?
「ペイシェンス、サミュエルはリュートが上手いから、夏休み中に練習をしておくように」
アルバートは求婚者とは言えないね。本当に音楽馬鹿で、これをリリアナ伯母様の前で言って欲しかったよ。見た目で好印象だったみたいだけど、がっかりされただろう。
なんて考えていたら、パーシバルが意外な事を言い出した。
「そうだ、アルバート様はもう知っておられるかな? 来年からロマノ大学に芸術部門が新たに作られるのだ。音楽科や美術科や演劇科の教授を選抜しているとの噂だ」
パーシバルの父親は外務大臣だけど、文部省の事も耳に入ったようだ。
「えっ、何だって! ローレンス王国も音楽の重要さにやっと気づいたのか!」
アルバートは飛び上がって喜んでいる。チャールズ様は驚いていたが、少しホッとした様子で微笑まれた。
「なら、アルバートもロマノ大学を受験しなくてはいけないな」
文官コースもかなり修了証書を貰っているアルバートだけど、どちらかと言うと音楽に没頭したいが為で、勉強はテストに合格すれば良いって感じがする。
「ロマノ大学ぐらいの受験は大丈夫だとは思うが、誰が教授に呼ばれるのかが大切だ。エステナ聖皇国から音楽家を引き抜けるのか?」
大した自信だけど、頭は良さそうだから、受験は問題ないのかもね。それに音楽科の実技は余裕で大丈夫だろう。
ぶつぶつ誰が呼ばれるのかと、崩れた岩に座り込んで呟いているアルバートは放置して、皆で遺跡を見学する。
「パーシバルは外交官になると聞いたが、流石だな。弟には良い情報だった。感謝する」
チャールズ様は、何故パーシバルがこの情報をアルバート部長に伝えたのか分かっているみたいだ。私的には、これで結婚まで4年稼げたし、チャールズ様的には弟にもっと勉強して欲しいとの願いが叶ったみたい。上級貴族の子息は騎士団に入る人を除いて殆どがロマノ大学に進学するけど、アルバートは音楽をしたいからいかないと言っていたからなぁ。兄としては心配だと思うよ。
「いえ、父が耳にした事を伝えただけですから」
確かにローレンス王国は文化面の評価が低いんだよね。それを改革するにはロマノ大学で芸術方面を勉強させるのも良い案かもしれない。
長い防衛壁とそれを覆い尽くす蔦。廃墟になった建物や石畳を突き破って生えている大木。なかなか絵になる光景だ。
私もアルバートの様に、崩れた岩に座って写生をする。サミュエルと弟達はチャールズ様と一緒に見学だ。あれこれとチャールズ様が説明している声が風に乗って聞こえて来る。
「ペイシェンス様は絵も上手ですね」
そう、何故かパーシバルは横に座っているんだよ。令嬢を1人にはしておけない騎士道精神なのかな? メアリーも側に居るから大丈夫なんだけどね。
「ロマノ大学の件は、グレンジャー子爵の進言だったのですよ。ローレンス王国の文化発展の為には必要だと言われたのです」
えっ、うちの父親って結構真面目に働いていたんだね。免職になってからは書斎にお篭りしてばかりだけどさ。あっ、もしかして! 期待してはいけないと思うのだけど、王妃様は秋には良い知らせがあると仰っていた。
「未だ発表はありませんが、グレンジャー子爵の復職は近そうです」
わぁ、嬉しいよ!
「でも、カッパフィールド侯爵とかの反対があるのでは?」
貴族至上主義者は多いと王妃様も言われていた。マーガレット王女の学友もその一派の令嬢達だったし。
「ご存知ありませんでしたか? 老カッパフィールド侯爵は亡くなられたのです。新たに侯爵になられたラファエロ様は、アルフレッド陛下に側近としてお仕えされるでしょう」
側近になるって事は、どうやら新侯爵のラファエロ様は貴族至上主義者では無いみたい。貴族至上主義者の急先鋒だったカッパフィールド侯爵がいなくなり、少し勢いが削がれたから、父親の復職が有るかもしれないって事なのかな?
「それでも貴族至上主義者は多いと聞きましたわ」
パーシバルも眉を顰めた。
「ええ、ローレンス王国の問題点の一つですが、すぐには解決しそうにありません。でも、少しずつでも改善していかなくては他国に差をつけられてしまいます」
全くロマンチックな話では無いけど、私には重要な事だ。父親が働いてくれるかもしれないのだ。
ナシウスが王立学園に入学するまでに復職してくれたら良いな。やはり父親が免職中だと肩身が狭いからね。実感がこもっているでしょう!
浮き浮きしてカザリア帝国の遺跡から帰ろうとした時、チャールズ様から屋敷へ招待された。
「ノースコート伯爵夫妻やサミュエル様と一緒に我が屋敷にお越し下さい」
やはり、チャールズ様はできる嫡男だよ。こちらが油断するのを待っていた気がする。
「リリアナ伯母様の許可が降りましたら、伺いますわ」
許可しない訳が無いよ。ラフォーレ公爵家と縁戚になるのを喜びそうだもんね。
「そうだ、我が家にもいらして下さい。素敵な湖にボートを浮かべて遊べますよ」
パーシバルからも招待されちゃったよ。夏休みは訪問が多そうだ。明日は夏の離宮に行くしね!