困った!
今日はパーシバルがお茶に来る予定だ。ナシウスとヘンリーは尻尾があったら振り切れそうな感じだ。サリエス卿と一緒に剣術指南して貰ったからね。パーシバルは格好良いし、剣術は騎士クラブの試合で優勝したぐらい凄腕だし、男の子としては憧れの人だろう。
サミュエルも何だか勉強に身が入らない様子だ。余計な事を言わせないようにビシバシいくよ。
「サミュエルはこのページの問題を全部やってね。ナシウスはこの2ページ。ヘンリーもここの2ページよ」
サミュエルは秋学期の予習だ。ナシウスも予習だけど、計算早いからね。ヘンリーはまだ簡単な問題だもの。3人から厳しいなぁって視線を感じるけど、あれこれ質問されたく無いんだ。異世界では縁談はオープンなのかも知れないけど、私としてはそっとして欲しい。
私は世界史の年表は作ったから、地図で国の興亡の整理中だ。何枚か書かないと無理みたいだ。かなり苦戦していたら、メアリーが呼びに来た。
「お嬢様、ノースコート伯爵夫人がお呼びです」
何だろう? 午前中は勉強しなさいと言ったのはリリアナ伯母様だよ。まぁ、呼ばれたのだから行けば分かるでしょう。
「ペイシェンス、良かったわ。そのドレスはよく似合っていますから着替えなくて大丈夫そうね!」
意味不明だった。それに朝食の時に会っているから、どのドレスを着ているか知っているでしょう。今日はパーシバルが来るから普段よりは良いドレスをメアリーが選んで着せている。
「ラフォーレ公爵家から手紙が来ましたの。ノースコート港に公爵家の船が着くから、此方にお寄りになるそうです。チャールズ様とアルバート様が昼食を一緒にと言われているのよ」
あちゃぁ! この興奮振りは、アルバートとの縁談を忘れていないんだね。公爵家の次男って伯爵家の嫡男より上の縁談なのかな? 私の異世界の常識では判断できないよ。ペイシェンスは10歳だったから、縁談とかは無縁だったからね。
普通の貴族の場合は、例えばうちの場合なら子爵になるのはナシウスで、ヘンリーは騎士団に入って騎士になれば騎士爵に叙される感じだ。だから、アマリア伯母様は侯爵家や伯爵家の次男より子爵家の嫡男にラシーヌを嫁がせたのだ。
「ペイシェンス、ラフォーレ公爵家は何個も称号をお持ちですわ。アルバート様が次男でも生活に困らないようにされる筈です。だから、貴女は心配しないで良いのよ」
あれこれ考えていたら、リリアナ伯母様にアドバイスされた。へぇ、そうなんだとしか思わない。結婚なんて遠い感じで自分の事として考えられないのは、身体がペイシェンスのものだからかな? それに11歳で結婚を考え無いのは前世の記憶の影響だよ。
「まだ、結婚など考えていませんわ。それにアルバート様も同じだと思います」
というか、アルバート部長は私の音楽の才能というか、ズルで披露している音楽にしか興味が無さそうなんだよね。そこがやはりネックなんだ。自分が本当に音楽が大好きで、才能に溢れているなら、音楽サロンを開いて優雅な生活が確保できている結婚は有りなんだけど、前世の音楽家の物真似だからね。
「まぁ、今までもノースコート港に公爵家の船が着いた事など何百回もありますが、わざわざ昼食を取りにいらっしゃる事などありませんでしたわ。ペイシェンスがいるから寄られるのよ」
わぁ、リリアナ伯母様は舞い上がっているよ。困ったなぁ。
「リリアナ、少し落ち着きなさい。手紙によるとラフォーレ公爵家の船の荷物を受け取りに来るついでだと書いてある。つまり、ご自身で引き取りに来る必要がある荷物があったのだ。ペイシェンスに求婚する為ではないよ」
ノースコート伯爵に助けられたよ。
「あっ、パーシバル様がお茶に来られるけど、ご一緒になると困るかしら。かと言ってお昼を食べて、すぐにお帰り願うのも失礼だわ」
それもあるんだよね。今日、何故船が着くかな! 文句を言いたいけど、これは仕方ないね。異世界の船は帆船だから、風頼りなんだもん。予定通りに着くかどうかなんて分からない。
「二人とも5年Aクラスですから、お知り合いですわ」
もうヤケだよ。鉢合わせしたなら一緒にお茶でも飲もう。それにパーシバルなら何とかしてくれると信じるよ。それにチャールズ様は一度会っただけだけど、何とはなくリチャード王子と同じ様なできる感じが漂っていたから、アルバートの暴走は止めてくれるだろう。
うん、チャールズ様は頭の中でも様付けしたくなるキャラなんだよね。なんて考えていたけど、なかなか来られない。今日はヘンリーはメアリーが給仕して子供部屋で食べているよ。サミュエルときたら、お腹が空いたのかメアリーと子供部屋に上がるヘンリーを羨ましそうに見ていた。
「荷物を受け取ってから来られるのだろう。少し遅れそうだから待っていよう」
ノースコート伯爵は落ち着いているけど、リリアナ伯母様は座ったり立ったりと苛々しているみたい。
サミュエルのお腹が鳴る前に先触れの人が着いた。
「チャールズ様とアルバート様がもうすぐ到着されます」
やれやれ、外に出迎えに出なきゃいけないみたい。公爵家ってやはり元王族だからね。そこの嫡男と次男が訪問されるとなれば、一大イベントになるんだね。
「ノースコート伯爵、突然の訪問を許して下さってありがとうございます。こちらは弟のアルバートです」
あっ、チャールズ様はやはりきちっと挨拶されるね。アルバートも名を言われた時にお辞儀をしたよ。ここら辺は公爵家で仕込まれているからマナーは完璧だ。
「いえいえ、いつでもお寄り頂いて結構です。こちらは妻のリリアナ、そして息子のサミュエル。そして、姪のペイシェンス・グレンジャーと甥のナシウス・グレンジャーです」
紹介される度に頭を下げてお辞儀をする。ナシウスもちゃんとマナー通りにできている。賢い弟だからね!
ノースコート伯爵はリリアナ伯母様をエスコートして、そして私はなんとチャールズ様にエスコートされて食堂に入った。アルバートとナシウスは並んで歩いているだけだよ。ナシウスは目上の人に話しかけられるまでは口を開かないマナーだからね。アルバートは兄上の前では大人しくしている。このまま大人しくしていて欲しいな。
リリアナ伯母様はアルバートの見た目が良いので、より舞い上がっているよ。栗色の長い髪は手入れされているし、後ろで黒いビロードのリボンで結ばれている。チャールズ様は短髪で活動的な感じなのに、アルバートは芸術家っぽいんだよね。
この異世界の男性は騎士とか軍人と庶民は短髪。文官や貴族は長髪が多い。うちの父親は元文官だけど短髪だ。髪の毛の手入れなんかする余裕は無いからね。
ノースコート伯爵は短髪だし、サミュエルも短髪だ。王立学園に通っている学生の殆どは短髪だけど、あっ、ベンジャミンは髪の毛が立つぐらいの長さだから中間かな? そう、学年が上に上がるほど髪の毛を伸ばしている学生が増えて来る。あっ、騎士コースは短髪オンリーだよ。
ロマノ大学生になると戦略科の学生以外は長髪が多くなる。リチャード王子も少し髪の毛を伸ばしていたね。これは流行りの影響なのかも?
なんて考えながら食事をしている。ノースコート伯爵夫妻とチャールズ様しか会話はしていない。目下の者は会話を振られるまでは黙っているのがマナーだからね。
それに私は魚介類が大好きだから、食べるのに集中している。うん、新鮮な魚は美味しいよね! ロマノは内陸だから魚が食べられないのが難だったんだよ。冬場は偶に上級食堂のメニューに上がるけど、春から秋は食べられないからね。ここに滞在中は食いだめしておこう。
「港から丘の上に遺跡が見えました。ノースコート港には何回か来たことがあるのですが、遺跡には行った事がないのです」
チャールズ様は遺跡に興味があるみたいだね。ノースコート伯爵がカザリア帝国の遺跡について説明している。ほら、サミュエル、ちゃんと聞いておきなさいよ。
「ここがカザリア帝国の北の支配の中心だったのですね。だから地名にノースコートという名前が付けられた訳ですか。面白いお話が聞けました」
和やかな会話で遅めの昼食は終わった。ここで帰ってくれれば、パーシバルと鉢合わせしないで済むのだけど、高貴な客を追い出す訳にはいかない。
リリアナ伯母様が応接室でお茶でもと言うと、チャールズ様は「ありがとうございます」と和やかに受ける。そりゃ、わざわざ出向いて来た用事は全く出来ていないからね。
この訪問はきっとラフォーレ公爵にせっつかれたからじゃ無いかな? チャールズ様は縁談に興味は無さそうだし、アルバートも音楽には興味があるけど、結婚自体は先の事だと考えている。ラフォーレ公爵はもっと音楽が聴きたいだけなんだよ。アルバートより音楽馬鹿みたい。
招待されたら断れない。困った!