ナシウスの10歳の誕生日
王宮に行ったので、金曜に家に帰れた。その上、卵とかを籠で貰ったのでナシウスのバースデーケーキを焼くよ。エバがね。
「お姉様、お帰りなさい」
ナシウスに身長を抜かれそうだ。目の位置が同じなのに狼狽えちゃった。
「ナシウス、背が伸びたわね」
「ええ、もうすぐ10歳ですから」
笑顔が眩しいよ。ヘンリーも背が伸びているけど、まだ私より低い。キュッと抱きしめる。ああ、ショタコンの至福の時間だよ。
今年の夏休みはずっと一緒に過ごせるんだね! 幸せ!
ナシウスが10歳になったら夕食は正装して食べるのだ。服を用意しなくてはね。
「ヘンリー、1人で夕食を食べなくてはいけないけど、大丈夫かしら?」
それがずっと心配だったのだ。異世界は10歳未満の子どもに優しくない。
「メアリーが一緒ですから大丈夫です」
できたらヘンリーも一緒に夕食を取りたいけど、貴族の習慣だから仕方ない。
「それにナシウスお兄様もテーブルマナーを学ばないといけませんから」
確かにね。子供部屋でも行儀よく食べているけど、ヘンリーの元気が溢れている場面を思い出した。5歳とか6歳なら普通だよね。でも、貴族の食卓では駄目なんだよ。
「ヘンリーに言われたくないよ」
ナシウスもこの頃活発になってきた。乗馬訓練や剣術指南を受けているのとマシューの畑仕事を手伝っているからだ。本の虫だったので、良い傾向だと思う。それとサミュエルの影響もあるのかも? ぽっちゃりだったけど、乗馬クラブに入って絞られてきたし、土日はちょくちょく家に遊びに来ている。ナシウスは今まで私かヘンリーしか遊び相手がいなかったからね。同じ年頃の男の子と遊ぶのは良いと思うよ。
メアリーとアマリア伯母様から貰った制服のお古を型紙にして、ナシウスのディナージャケットを縫ったんだ。うん、夏休みは制服のシャツもいっぱい縫わなくてはね。ヘンリーや父親の服も縫いたいし、使用人にも何年も服を支給していないから渡したい。
夏休み中は畑も忙しいけど、錬金術クラブの研究も続けたい。魔法陣2と魔法陣3を早く取らなきゃ。でも、教科書に載っている魔法陣だけでも、あれこれ作れそう。ミシンの構造も考えなきゃいけないし、マギウスのマントの糸について研究したい。
でも、弟達とも過ごしたいな。そういえば、ナシウスもヘンリーも屋敷から出たのは能力検査で教会に行っただけだよね。箱入り息子だ。何処かにお出かけしたいな。
この異世界にはピクニックとか無いのかな? ああ、魔物がいるんだ。呑気にランチボックスを開いている場合では無いのかも。自分が食べられちゃうもんね。
ナシウスの誕生日は土曜にお祝いをする。日曜は乗馬訓練があるし寮に帰らなきゃいけないせいで慌ただしいからね。
正装したナシウスはとても格好良かったよ。やはり私の弟だけあるね。
前菜は採れたての野菜の上にコールドチキンを薄く切って乗せてある。うん、ジューシーで美味しい。スープはトマトスープだよ。温室で作っているトマトが熟すのを少し魔法で後押しして早めたのだ。メインはTボーンステーキだ。骨つきだから大きく見えるよね。付け合わせはキャベツとじゃがいもの蒸し物だ。
「ナシウス、お誕生日おめでとう!」
デザートは苺を乗せたバースデーケーキだ。苺を少し露地栽培していたんだ。それに生クリームも綺麗にデコレーションされている。蝋燭も細いのを10本作ったよ。
「さぁ、願い事をして蝋燭の火を吹き消すのよ」
ナシウスは真剣な顔をして、火を吹き消した。何を願っているのだろう?
「お姉様、とても美味しいです」
ナシウスも嬉しそうだ。良かった。ヘンリーは夢中で食べているね。可愛いよ。
「ナシウスも年が明けたら王立学園に通うのだな」
珍しく父親が口を開いた。質問したら答えてくれるけど、自分から会話することはあまり無い。あっ、もしかして就職するのかな? 期待して父親の次の言葉を待っていたけど、ケーキを黙って食べているだけだ。秋から働く様な事をビクトリア王妃様は仰っていたから、もう何か知らせはある筈なんだけど?
ナシウスは子供部屋から卒業だ。勉強はヘンリーと一緒に子供部屋でするけど、寝るのは自分の部屋でだ。ナシウスへの誕生日プレゼントはベッドサイドランプだ。ヘンリーみたいに口に出して怖がったりしなかったけど一応ね。大丈夫なら消して寝るでしょう。
応接室でハノンの練習をして過ごした。今日ぐらいは内職も忘れて楽しむよ。
久々に弟達とのんびり過ごしていたけど、何か忘れている様な……あっ、アルバートとパーシバルの縁談だ。これって放置していたら自然消滅しないかな? いや、勝手に話が進んだら困るよ。夕食後に父親と話し合う必要がある。今は子供部屋で弟達とゲームして遊んでいるんだもん。これもバーンズ商会で売り出して貰おう!
私って弟達を目の前にすると、大切な事も後回しにしてしまう悪い癖がある。ショタコンだから仕方ないんだけど、子供部屋までワイヤットが呼びに来た。かなり急いでいるんだね。普通は子供部屋に来ないもの。
「お嬢様、バーンズ商会から沢山書類が届いています。これは急ぎでは無いのですか?」
あっ、洗濯機、冷凍庫、冷蔵庫、冷風機、アイスクリームメーカー、アイロン、ヘアアイロン、自転車、スライムクッション、縫わないでくっつく糊。殆どは錬金術クラブで特許申請したけど、縫わない糊はカエサル部長が私が作ったのだと外して私名義で申請したのだ。配合とか手伝って貰ったのにと抗議したけど「家政科の材料なんか私達に思いつきはしない」と笑って却下されたんだよね。
錬金術クラブで取った特許料は、クラブに1割、発案者に3割、魔法陣の作成者に3割、後の3割をメンバーで分ける。私は、殆どの特許の発案者になっている。魔法陣はカエサル部長が多いけど、アーサーやベンジャミンも作っていた。
「書類を書斎にお持ちします」
夕食後で良いんじゃ無いかな? 弟達とリバーシして遊んでいたんだけど……うん、駄目そうだね。ワイヤットの微笑みは一歩も引かない感じだ。
書斎で書類に署名をする。いっぱいあるから、読むの大変だよ。ワイヤットが事前にチェックしてくれているけど、一応は読むよ。署名したら自分の責任になるからね。
「ペイシェンス、沢山の魔道具を作ったのだな」
父親も署名する前に書類を読んでいるから、何を作ったのか知っている。
「ええ、でも私はこんな物が有れば便利だと言っただけです。魔法陣はカエサル部長やベンジャミン様が考えて作られたのです」
本当に魔法陣を早く学ばないといけないな。他人任せだもの。
「だが、自転車や縫わない糊とやらは、魔道具ではないのだろう?」
「ええ、魔石は必要ありませんわ。ローレンス王国の魔石は高いですから、なるべく魔石を使わない道具を作りたいのです」
父親も署名が済んだので、これで書斎を出ても良いのだが、縁談について話しておかないといけない。だって、何も事情を知らなかったら、ラフォーレ公爵家からの縁談を父親が受けてしまうかもしれない。普通に考えたら玉の輿だからね。
「ええと、少し時間を宜しいでしょうか?」
こんな時、母親が生きていてくれたら相談しやすいのに。グッスン
「良いが、何かな?」
うん、とっても言い出し難い。意気地なしなので、先に社交界デビューの話からする。きっと王妃様の手紙で知っているだろう。そこから縁談の話に持っていく作戦だ。
「王妃様がマーガレット王女様を来年の秋に社交界デビューさせると仰いました。そして、私も一緒にデビューするようにと仰られたのです」
うん、父親は手紙で知っていたみたいだ。頷いて先を促される。
「実は……音楽クラブの部長のアルバート・ラフォーレ様との縁談があるかもしれません。父親のラフォーレ公爵が私の音楽の才能を気に入られたからです。それと、パーシバル様から外交官のパートナーになって欲しいと言われました。モンテラシードの伯母様に縁談を進めてくれる様に頼むそうです」
父親は驚いている様だ。そして、かなり考えてから口を開いた。
「ペイシェンスはどうしたいのだ?」
えっ、私が選んで良いの? 勝手にアルバートと婚約させられるのは嫌だったけど、断って良いのか分からないよ。
「音楽は好きですが、それだけに縛られるのは……。パーシバル様はとても容姿が優れておられるので、横に並ぶ勇気が出ません」
真剣に答えたのに父親に笑われた。酷いよ!
「まだ、ペイシェンスに縁談は早いな」
それより、ラフォーレ公爵家からの縁談を断れるのか? 断って良いのか? それが問題なんだよ。
「パーシバル様はラフォーレ公爵家の縁談の盾になって良いと言われたのです。ロマノ大学に行って、何をしたいか考える選択肢の一つに外交官の妻も加えて欲しいと言われました」
パーシバルの言葉を聞いて、父親は頷いた。ロマノ大学に行ってから進路を考えたら良いと言っていた路線に沿っているからだ。
「パーシバルの事が好きなのか?」
そんな事を聞かれても困るよ。嫌いじゃないし、好きだけど……結婚したいかは分からない。ある意味でアルバートと同じなんだよね。音楽好きの変人だけど、嫌いじゃない。でも、結婚したいかと聞かれたら、違う。うん、半歩パーシバルがリードかな? こんな事、パーシバルに憧れている女学生達に聞かれたら、何様なんだって罵倒されるよ。そこがネックなんだよね。
「嫌いではありませんし、好きですが、結婚したい好きかどうかは分かりません」
父親は黙って頷いた。何かアドバイスとかは無いんだね。ガッカリだよ