グリークラブ
マントの件はじっくりと取り組まなければならない。あのごちゃっとした資料の中から、役に立つ資料を選別するだけで大仕事だと思う。
気分を切り替えて、音楽クラブへ向かう。
グリークラブのは作曲して終わったし、新曲は何曲かあるから大丈夫だよね。なんて甘い事を考えていたんだけど、やはり現実は厳しい。
「ペイシェンスは新曲は作ったのだな。なら、今からグリークラブに行くぞ」
ええっ、何故他のクラブに行かなきゃいけないの?
「アルバート、作詞ができたのね!」
マーガレット王女は止めるどころか、先頭を切って行きそうな勢いだ。
「やっと仕上がったから、これから歌い初めだ。やはり作曲家がいた方が良いだろう。無理な高音とかは編曲する必要があるかもな」
そのくらいアルバート部長でもできるじゃん。コーラスクラブと揉めるのは嫌なんだよ。ルイーズって怖いからね。
「まぁ、グリークラブはコーラスクラブとクラブハウスが一緒なのね。クラブとしての人数は足りているのに、ルーファス学生会長は仕事が遅いわ」
確かに空いているクラブハウスもあるのにいつまでも同じクラブハウスを使わせるのは問題だよね。まして、内部分裂したクラブは居心地悪いだろう。なんて他人事みたいに考えていた。
「うん? グリークラブにしては人数が多くないか?」
アルバート部長が疑問を持つまでもなく、女学生がいっぱいいた。コーラスクラブのメンバーだと思うよ。だってルイーズもいるから。わっ、逃げたいな。揉め事の予感しかしない。
「おお、アルバート。よく来てくれたな」
多分、この人がグリークラブのマークス部長だね。濃い金髪に茶色の瞳、ノーマルなハンサムだ。私の好みからすると、育ち過ぎだけどね。
「マークス、これはどう言う事なのだ。歌い初めだと聞いていたが、コーラスクラブと合同発表にするのか?」
あっ、そんな事を言ったら揉めそう。と思った通り気の強そうな女学生がキッと睨みつけたよ。
「ここはコーラスクラブのクラブハウスですわ。退部したメンバーは立ち入り禁止にすると言ったと思いますが、お忘れのようね」
きついね。確かに退会したなら別のクラブハウスで活動するのが本当は正しいと思うよ。でも、学生会は騎士クラブのごたごたで手が回っていなかったんだよ。まぁ、それにしても遅いけどね。
「エミリア部長、コーラスクラブの活動は月曜と水曜ではないですか。だから、グリークラブは火曜と木曜にしているのに、何故木曜にいるのですか?」
「青葉祭の練習の為に集まったのよ。何か問題でもあるのかしら?」
曜日分けにしていたんだね。なのに意地悪して木曜に集まった訳だ。子どもっぽいな。そんな悪意に満ちた行動をするより、練習を真面目にした方が前向きだよ。まぁ、私はそんなに優しく無いから言わないけどね。それに怖いし。
言い争いがヒートアップしそうなので、音楽クラブは撤退する事にした。アルバート部長もグリークラブとコーラスクラブの喧嘩にまで口出しはしないみたい。良かった。
何て甘い事を考えていたのに音楽クラブにも飛び火したよ。マークス部長は学生会にクラブハウスを早く認めてくれと談判をしに行って、やっとグリークラブのクラブハウスが出来たんだ。
ここまでは良かったんだけど、コーラスクラブのエミリア部長がグリークラブにだけ音楽クラブが新曲を提供しているのは如何な物かと学生会に訴えたのだ。その上、ダンスクラブも振り付けを協力していると文句をつけたみたい。暇か!
私はアルバート部長がマークス部長を焚き付けてグリークラブを作らせたんじゃないかと疑っている。だから、飛び火は御免なんだよ。
金曜は王宮行きなので、作った湯たんぽと糸通しを包んでおく。3時間目は私はフリーだけど、マーガレット王女は刺繍だ。
「錬金術クラブでスライム粉の実験をアレコレしたいけど、行ったら帰れなくなりそう」
キューブリック先生に貰った資料を読む事にする。先ずは、資料をザッと見て分ける。魔法陣についての資料、魔石についての資料、そして刺繍糸についての資料。
大まかに3つの山に積む。やはり刺繍糸についての資料が少ない。まさか、異世界もののテンプレの蜘蛛の糸とかで刺繍するんじゃないよね。それ、無理だから……あれっ、絹も蚕の吐いた糸か……ありなのか?
纏めた山の何処から読もうかと悩んでいたら、寮の部屋を誰かがノックしている。
私の部屋に来るのはマーガレット王女かその侍女のゾフィーかメアリーだけだ。ふん、友達少ないんだよ。
「どなた?」
誰か分からないから、名前を尋ねるよ。
「ルイーズよ」
えっ、ルイーズは寮生じゃないよね。でも、女学生だから女子寮に入れるの? マーガレット王女の学友も寮には来ていなかったと思うけど……まぁ、拒否するのも大人気ないかな……嫌な予感はするけどね。
「どうぞ」とドアを開ける。ルイーズは素早く部屋に入る。やはり、寮監に見つからない様に内緒で侵入したようだ。あっ、嫌な予感が的中しそうだよ。
「ご機嫌よう」と探ってみる。
「ご機嫌よう、あのう座っても良いかしら」
いや、良くないよ。なんだかズボズボ泥沼に嵌まり込みそうだもん。でも、ルイーズは勝手にソファに座っちゃう。それだけ切羽詰まっているんだね。
「今日は音楽クラブについて話に来たの」
コーラスクラブでは無く音楽クラブの話? なんだか暗雲立ち込めて来たよ。
「まぁ、何でしょう?」シラを切りとおすよ。
「グリークラブのマークス部長と音楽クラブのアルバート部長は同じクラスですね。エミリア部長も5年Aクラスですの」
5年Aクラスは知り合い多いな。カエサル部長もパーシバルも同じクラスだ。なんて意識を飛ばしたくなる話だった。つまり、アルバート部長がマークスを唆してグリークラブを立ち上げさせたのがバレているとルイーズは言うのだ。
でも、確証は無いはずだ。ホームルームでそんな事をいくらアルバート部長でも大声で言わないよね。言うのか? いや、大丈夫だと思う。ルイーズはカマを掛けているのだ。舐められたもんだよ。
「まぁ、存じませんわ」
こっちだって純真な女学生の真似もできるよ。それに本当は如何なのかは知らないよ。想像がつくだけだ。
「それに音楽クラブはグリークラブに新曲を提供したり、ダンスクラブにも協力を要請したりしていますでしょ。これは先程の騎士クラブと同じだと、皆様言われていますの。私はマーガレット王女の所属されている音楽クラブが廃部になったりしたら大変だと思って忠告に来ましたの」
それは可笑しいよ。騎士クラブは馬術クラブに馬の世話を押し付けたり、魔法クラブに練習に付き合わせていたんだ。
「まぁ、音楽クラブはグリークラブに頼まれて新曲を提供したにすぎませんわ。それにダンスクラブも同じです。どちらも不利益を被っていませんもの」
ルイーズの眉が少し上がった。私が廃部に怯えると思っていたんだね。お生憎様だよ。
「申し訳ありませんが、今日はマーガレット王女のお供で王宮に行かなくてはいけませんの。その支度がありますので、お引き取り下さい」
キッとルイーズに睨まれた。初めからマーガレット王女の側仕えに何故私が選ばれたのか不満を持っていたもんね。
「あの曲はコーラスクラブに相応しいわ。あんな陳腐な恋物語に神へ捧げる歌を混ぜるなんて冒涜よ」
本音が出たよ。多分、グリークラブの楽譜を見たか、練習しているのを聴いたんだね。『アメージング・グレース』は名曲だもの、ルイーズは歌いたいんだ。
「ルイーズ様、グリークラブに変わったらどうかしら? コーラスクラブは女学生ばかりだし、グリークラブには女学生は少ないですわ」
ルイーズはかなり歌が上手いと思う。でも、コーラスクラブは女の園だ。年功序列に身分制度縛りも厳しそう。ルイーズは伯爵令嬢だからカーストの上位だけど、初等科のうちはソロは回ってこないかもね。ソロが歌えたとしても、騎士クラブの試合の裏番組だよ。
「そんな事は……あの曲は私にぴったりなのに……」
はいはい、悩むのは自分の屋敷でしてね。やっとお帰り願った。
ルイーズは強欲だね。寮に入りたく無いけど、マーガレット王女の側仕えにはなりたい。良い曲を歌いたいけど、歴史の浅いグリークラブには変わりたく無い。
伯爵令嬢に生まれて、光の魔法を授かり、成績も優秀、それに美人だ。何も文句無いだろうと思うけど、本人には我慢できない事もあるんだね。そんな我儘令嬢に関わりたくないよ。