バーンズ商会
嬉しい! 前に学園を抜け出して本屋と八百屋と花屋を覗いた以来の外出だ。ノースコート伯爵家とかは訪問だもん。意味が違うよ! メアリーもカエサル部長とベンジャミンが一緒だから文句は言えない。
バーンズ公爵家の屋敷があったのは上級貴族のエリアだった。うん、グレンジャー家もこのエリアに屋敷はあるんだよ。前はちゃんと俸給を貰っていたんだろうね。
馬車で少し走ると屋敷が少し小さくなった。と言っても前世の豪邸の大きさだよ。もう少し走ると前庭が無くなってきた。家がびっしり建っている。パリの街並みみたいだ。中庭とかありそうだけど、道沿いは同じ様式のアパルトマンが続いている。ここら辺は下級貴族か平民の金持ちが住むエリアなのかな?
「あそこがバーンズ商会のロマノ本店だ」
うん、立派だね。ヨーロッパの老舗デパートみたいだ。街並みに溶け込んでいるけど、柱とかの装飾や1階部分のウィンドウディスプレイが目を引く。異世界としては頑張っているけど、前世の都会育ちとして見たら、愛想がないと言うか地味だね。売れ筋商品を並べているだけだよ。要改善だ!
なんて思いつつもしっかりチェックする。売れ筋は知っておきたいからね。ふむふむ、今は冬だから衣服はコートだね。そして魔道具は魔法灯、防具や剣も売っているんだ。そして、食器や鍋も……うん、食料品以外は何でも売っているんだね。確かにウィンドウディスプレイとしては垢抜けて無いけど、何を売っているか分かるのは良いのかも。
「ほら、中に入るぞ!」
店の前でウィンドウを見入っている私をカエサル部長が促す。うん、ここでもドアを開けて押さえてくれている。マナーはしっかり身についているね。
「1階は食器や鍋や道具類などだ。2階は衣料と防具や布製品が主だな。3階は魔道具や剣など高価な物が多い」
階が上になる程、高い商品になるみたいだ。1階は調理器具や食器が並んでいるが、安価なマントとかのコーナーもある。
私はゆっくり見て回りたいと思ったが、カエサルとベンジャミンはさっさと2階へと上がる。男の人ってショッピングは嫌いなのかな? 嫌いでなくても、買いたい物だけ見る感じだよ。うん、だって2階もサッと通り過ぎて、3階の魔道具コーナーに向かうんだもん。
「おっ、結構な種類が並んでいるな」
私も魔道具には興味があるよ。でも、衣類とかも見たかったんだ。ぶーぶー! とは言え、私も魔道具を見るんだけどね。
「やはり魔法灯が多いな」
カエサルとベンジャミンは、魔法灯が置いてある場所は飛ばして見る。
そりゃそうだね、錬金術1で組み立てた量産型が並んでいるんだもの。値段はそこそこ高いけど、買えない額では無い。うん、刺繍の内職でも買えそうだ。
私の後ろでメアリーも見ている。欲しいのかも? 蝋燭より魔法灯の方が読書も針仕事もし易いよね。魔法灯は錬金術で作れるけど、魔石が問題なんだよね。
「ローレンス王国は魔石が他の国より高いのですか?」
私の質問に他の魔道具を見ていたカエサルが振り向いて首を捻る。
「さぁ、魔石の値段について考えた事が無いから、分からない。でも、ペイシェンスは何か知っているのか?」
お坊ちゃまめ! 魔石で苦労した事が無いのだ。
「外交学の宿題の1つなのです。我国の文化を外国に認めて貰うにはどうしたら良いのかという課題なのです。魔道具を作るのはローレンス王国なのに、よく使われているのはソニア王国だとフォッチナー先生が言われました。私は魔石がソニア王国では安いのでは無いかと思ったのです」
ベンジャミンも魔石の値段が外国に比べて高いか安いか知らなかった。
「こういう事は支配人のパウエルに聞けば詳しそうだ」
私は未だ見たいのに、支配人室に引っ張られて行く。
「おや、カエサル様、ベンジャミン様。何か欲しい魔道具がありましたか?」
ベンジャミンはバーンズ商会にもよく来ているみたいだね。
「パウエル、少し時間を良いか? こちらはペイシェンス・グレンジャー。今度、ペイシェンスが作った湯たんぽと糸通しをバーンズ商会で製造、販売する事になる」
パウエルはにっこりと笑って挨拶する。
「私は、マックス・パウエルと申します。ペイシェンス様、宜しくお願い致します」
私も挨拶して、勧められたソファに座る。メアリーも椅子を勧められて、私達の座ったソファの後ろの木の椅子に座った。
「パウエルには聞きたいことがあって来たのだ。我国の魔石の価格は外国より高いのか?」
パウエルは少し驚いた顔をした。
「カエサル様が商売の事に興味を持たれるとは、何か悪いことでも起こらなければ宜しいのですが。冗談はさておき、確かに我国の魔石はソニア王国の2割増の価格です。何処でお知りになりましたか?」
2割増! 120パーセントだよ! そんな馬鹿な価格ってありなの?
「そんなに高いのか!」
カエサルとベンジャミンも驚いている。
「ええ、魔物の数も、討伐される数もそんなに違いは無いと思うのだが……そうか、南大陸からの輸入だな。だが、輸入はコルドバ王国が盛んだと聞いたが?」
カエサルは良く知っているね。ベンジャミンは知らなかったようだ。
「南大陸には魔物が多いのか?」なんて聞いている。
「さぁ、それは知らないが、南大陸の輸出品は魔石と香辛料だ。ベンジャミン、やはり文官コースを取った方が良いぞ。あまりに常識が無さすぎる」
ベンジャミンが「そんな殺生な」とぼやいているが、カエサル部長は文官コースを取らなくても勉強はしているみたい。
「コルドバ王国は魔道具はあまり普及していませんから、ソニア王国に輸出しているのでしょう」
なる程ね、ソニア王国って恋愛ばかりじゃ無いんだ。文化的生活を楽しむ事にも積極的なんだね。恋愛は未だ興味ないけど、ソニア王国は行ってみたいな。オマルは2度と嫌だから、魔道具が普及していないコルドバ王国はパスだよ。唾が飛んでくるコルドバ語もパスしたいしね。
「あれっ、では何故ローレンス王国も輸入しないのかしら?」
変だよね? と思って質問する。
「ああ、ソニア王国の王女がコルドバ王国に嫁いだからだな。カルロス王は麗しのレオノーラ王妃にメロメロだと噂で聞いた事がある。関税を安くしているのだろう」
そんな理由で? 驚くよ!
「まぁ、我国も魔石の輸入はしていますが、関税も掛かりますし、やはり庶民には高いようですね」
本当だよ! もっと魔石が安くならないかな? でも、前世には魔石なんて無かったんだ。
「カエサル様、ベンジャミン様、魔石を使わない便利な道具を造らなければいけないのですわ!」
「それは魔道具では無いではないか!」
「魔法陣と魔石はセットだぞ」
2人に呆れられたよ。でも、パウエルは喜んだ。
「その通りです。是非、お願いします」
私は呆れている2人に「自転車は魔石を使いませんよ」と思い出させる。
「ああ、あれは良いんだよ」
「そうだ、タイヤの素材はバーンズ商会に無いかな?」
勝手だね、自転車は好きだから良いみたいだ。でも、私もタイヤは改善して欲しいから、3人であちこち探してみる。
「パウエル様、南の大陸には粘っこい樹液を出す植物は無いでしょうか? それか弾力性のある物とかはご存知ありませんか?」
パウエルも首を捻っている。
「私も南の大陸には行った事がございませんので、申し訳ありません」
ゴムの木が有れば良いなと思っていたのだけど、あったとしても手に入れる手段もない。
「スライムの粉は売っていたから、これでやってみよう。座る所の皮も有るぞ」
「カエサル様、何かクッションも必要だよ」
カエサル部長とベンジャミンは自転車に夢中だ。
「あっ、ハンドルにも皮を巻いた方が持ち易いですわ」
まぁ、私もかなり楽しみにしているんだけどね。
『お嬢様』メアリーが無言で私の袖を引っ張る。
「まぁ、こんな時間になっていますわ。私は寮に行かなくてはいけません」
結局、食器や鍋も衣類も見れなかったよ。残念だ。
カエサル部長とベンジャミンに送って貰った。父親は挨拶に訪れたベンジャミンに少し驚いていたが、私はそれどころでは無い。契約書はカエサル部長が父親に渡してくれたけど、説明は来週だね。
マーガレット王女が寮に着く前に行きたいのだ。一々、迎えに来ては挨拶、送って来ては挨拶。本当に面倒臭い。
弟達とのキスは急いでいても忘れないけどね。
どうにかギリギリセーフでマーガレット王女より先に寮に着いたよ。ホッ