毒消し草は気難しい?
次の薬草学はベンジャミンと温室だ。
「わっ、これは枯れているのか?」
うん、元気が無いを通り越しているね。
「水をやるのをサボるからさ。もう、そこまでいったら望みは無いよ。サッサと引っこ抜いて、肥料を漉き込みな!」
ベンジャミンだけでなく、ブライスもアンドリューの下級薬草も絶望的だ。でも、他の畝の下級薬草も元気がない。
「ペイシェンス、お前は上級薬草の種もいるかい? そちらの下級薬草の種はもう少しで採れるよ」
マキアス先生の言葉に温室中から羨ましそうな視線が集まる。そう、私の畝の上級薬草もわさわさと茂っているのだ。それに種を取る為に残した下級薬草には小さな黄色い花がびっしり咲いている。まるで前世のブタクサみたいだ。
「ええ、上級薬草の種も欲しいです」
2株残して上級薬草を引っこ抜く。上級薬草は薊みたいに葉がチクチクする。
「これも売り物になるよ。お前さん、薬師になると良いよ。これで薬草学2も合格さ。薬草学3もこのまま受けるかい?」
下級薬師になれるかも! 勿論、薬草学3を受けるよ。
「はい、お願いします」
ケケケとマキアス先生は笑う。
「お前さんは野心家だね。でも、座学は薬草学1、薬草学2、薬草学3のテストを受けないといけないよ。まぁ、教科書をよく読むんだね」
あっ、5月からの座学を忘れていたよ。それからまた肥料を漉き込み、今度は毒消し草を植える。
「毒消し草は気難しいよ。でも、これで作る毒消し薬は、腹下しに効くし、弱い毒なら効くから、良く売れるのさ。でも、冒険者から買って作ったんじゃ、儲けは少なくなるからね。ここまで栽培できたら下級薬師になれるさ」
紙に包まれた毒消し草は種が本当に小さくて細かった。風が強ければ飛んでいきそうだ。
「これは1粒ずつ、土でくるんで植えるのさ。まぁ、2粒になろうとかまわないがね。その土と混ぜる水もしっかり浄化するんだよ」
外にあるビーカーに土を入れて「綺麗になれ」と唱え、浄化した水を少しずつ混ぜる。
「あまりドロドロにするんじゃないよ。種を包まなきゃ駄目なんだからね」
小さな泥饅頭を作る要領だ。子供の頃、よく作ったよ。私は先ず小さな泥饅頭を20個作った。そして、一度手を洗う。そして、小さな泥饅頭に小さな種を埋め込んでいく。そうしないと、小さな種を持って泥饅頭を作っていたら、種が行方不明になりそうだと思ったのだ。それに2個目からは手がどろどろだから、小さな種を摘み難いよ。
「ペイシェンス、なかなか賢いね。さぁ、植えてみな」
畝の両端には花が咲いた下級薬草が2株、上級薬草が2株残っている。その間に植える。
「植えたら、水をやるんだよ。勿論、浄水さ。で、ここからが難しいんだ。魔力が大好物だからね。ほぼ魔力だけで育つと言って良いんだが、そのくせ多く与え過ぎるとひょろりと茎だけが伸びて葉っぱも赤くなるし、花は咲かない。これは失敗だからね。この毒消し草は、緑の葉っぱと花が必要なんだ」
それは難しいな。魔力が好物なくせに与えて過ぎては駄目なんだ。
「マキアス先生、では魔力を込めた浄水だけでは育たないのですか?」
マキアス先生はチッと舌打ちをする。
「一度失敗した方が良いんだよ。他の奴らに教えるんじゃないよ。お前さんは毒消し草に生活魔法を掛けるんじゃ無いよ。水にだけ魔力を込めてやれば良いのさ」
うん、意地悪な魔女の婆さんだ。魔力が好きだけど、毒消し草に直接魔力を注ぐと大きくなり過ぎて葉っぱも赤くなる。でも、水にたっぷりと魔力を注いでからやるのは良いみたいだ。
薬草学は何とかなりそうだ。嬉しい! これで薬学3を合格して、下級薬師の試験に合格できたら、食い扶持に困らないんじゃない? ロマノ大学で薬学を学べば中級薬師なのかな? 要チェックだね!
なんて取らぬ狸の皮算用をしていたんだ。私はマキアス先生の腹黒さを見誤っていたよ。
火曜の朝、マーガレット王女を起こす前に起きて温室に来たら、ニョキニョキ茎が伸びていた。でも、まだ短いのか?
「これは失敗なの? それともこれから葉っぱが出てくるの?」
嫌な予感しかしない。でも、1週間はこのまま続けるしか無いのだ。
「水に魔力を注ぎ過ぎたのかも?」
昨日はたっぷりと魔力を注いだ水をやった。その結果、茎が伸び過ぎた。なら、今日は魔力を少しだけ込めた水をやってみよう。
それからというもの、私は毒消し草に振り回された。水に魔力を少ししか込めないと、ぐったりとするのだ。
マーガレット王女から、私が音楽クラブで上の空だったと叱られた。あっ、クラブ費の事を聞くのも忘れていたよ。
「マーガレット様、音楽クラブのクラブ費についてですが……」
マーガレット王女はキョトンとしている。
「クラブ費? それは何かしら?」
えっ、知らないの? それともクラブ費って集めて無いのかな?
「私は今までクラブ費とか知らなかったのです。ラッセル様が乗馬クラブのメンバーが減ったから、予算が少なくなりそうだからクラブ費を上げなくてはいけないと話していたから、音楽クラブはどうなっているのか心配になって。マーガレット様に払って貰っているのなら、困るなぁと……」
マーガレット王女は「困るな」と私が口にした時、眉を少し上げた。
「ペイシェンス、貴女は私の側仕えなのだから、もし音楽クラブ費が必要だとしたら私が払います。それは当然なのよ。そして、木曜の上級食堂の代金もね」
どうやら音楽クラブはクラブ費を集めていないようだ。
「錬金術クラブは先輩達の寄付で活動資金を得ているようですが、音楽クラブはどうしているのでしょう」
あの優雅な椅子とか楽器とか高価そうな物ばかりだよ。
「楽器は前からあるのと、クラブメンバーが持って来たのとかで十分でしょう。備品は前のメンバーが置いていったのだと思うわ。私も卒業する時は、この部屋の椅子とか寄付するつもりよ」
音楽クラブは推薦が無いと入れない。つまり上級貴族の学生しかいないのだ。クラブ費なんて必要無いわけだ。
「青葉祭や収穫祭の時に楽器を運搬するのはどうなっているのでしょう?」
学園の下男などが運んでいたが、音楽クラブの手伝いをタダでしてくれるのか分からない。
「さぁ、きっと部長がチップをあげているのでしょう」
メリッサ部長やアルバート部長ならチップに困らないのだろう。そして、マーガレット王女が部長になっても困りそうに無い。つまり、音楽クラブで貧乏なのは私だけなのだ。サミュエルもお金持ちっぽいしね。考えるのが嫌になったよ。
水曜の3時間目は薬学3だ。今日はあの手強い毒消し草で毒消し薬を作る。ベンジャミンやブライスはまだ下級回復薬に手間取っている。あともう少し丁寧に洗ったりしなくては合格はできないみたいだ。
「ペイシェンス、毒消し草は順調かい?」
ケケケと笑われて、ムッとするよ。あれから図書館で毒消し草についていっぱい調べたんだ。
「マキアス先生、毒消し草に魔力を与えてはいけないと薬草図鑑に書いてありました。それに肥料も与え過ぎてはいけないとも」
上級薬草を抜いた後で肥料を漉き込ませたのだ。
「やっと調べたんだね。私が何と言ったか忘れたのかい? 一度失敗した方が良いんだよ。調べたのなら、やってみな。でも、今は薬学の時間だよ。ほら、こんな風にむっちりとした葉っぱになるように育てるんだよ。花も使うからね」
私の畝の毒消し草とは全く違う。前世のドクダミみたいな少し癖のある匂いがする毒消し草を手に取る。
「これを綺麗に洗って、葉っぱだけ細かく刻むんだ。花は別にしておくんだよ」
これも嘘ではないかと疑うが、教科書にも刻むと書いてある。相変わらず葉っぱだけとは、書いてない。花も刻んじゃいそうだよね。
「そのくらい細かければ良いさ。それを浄水で煮込む。半分ぐらいになったら花を入れて火から下ろすんだよ。後はその間、ずっと魔力を注いでおくことを忘れるんじゃ無いよ」
毒消し草の栽培で嘘をつかれたので、教科書を読みながら毒消し薬を作る。花を後から入れるとは書いてなかった。でも、この教科書は初めから不親切だったので、一応はマキアス先生の言う通りに作る。
「うん、上手く出来たね。薬学3も合格だよ。仕方ない修了証書をあげようね」
瓶に入れた毒消し薬をマキアス先生は手に取ると笑った。
「何故、毒消し草は魔力で育つと言われたのですか?」
マキアス先生はケケケと笑う。
「毒消し草は魔力でも育てられるのは本当だよ。凄く難しいがね。少しでも多く与えると茎が伸び過ぎてしまう。まぁ、浄水だけで育てるのが一般的さ。お前さんなら魔力を調整して育てられると思ったんだけどね」
意味が分からない。浄水だけで育てた方が簡単だ。それに図鑑でも魔力を与えてはいけないと書いてあった。
「魔力で育てた毒消し草は何か違いがあるのですか?」
マキアス先生はケケケと笑って答えない。でも、何かありそうだ。それも嘘なのか?
今度は図鑑ではなく、薬草学の専門書で調べる。何冊読んでも、魔力を与えてはいけないと書いてある。
「やっぱり浄水で育てるのが正解なんだわ」
諦めかけたが、何か気になる。徹底的に調べよう!
「あっ、ここの毒消し草の育て方は……魔力を葉の芽にだけ注ぐと分厚くて表は緑、裏が紫の葉になる。慎重に葉の芽にのみ魔力を注ぐと効能の高い毒消し草が育つ」
温室に行き、毒消し草の葉っぱの芽を見つける。茎から葉っぱになろうとしている小さな芽だけに魔力を注ぐ。ほんとに慎重に根気良くしなくてはいけない。それに時間も掛かる。
「本当に毒消し草は気難しいわ!」
ムッキーと叫びたくなった。