わさわさしちゃう
サミュエルと乗馬訓練を続けている弟達とあっさりとした別れのキスをして、私は寮へ向かう。うん、段々とお姉ちゃん離れして行くんだね。悲しいけど、それが成長なんだ。腹が立つから今度からはサミュエルにもキスしてやろう。きっと嫌がるぞ!
なんて馬鹿な事を考えているうちに学園に着いた。
メアリーを帰したら、コートを着て温室だ。今回は土曜に水をやっていないから、少し心配だったけど、大丈夫そうだ。水を浄化して、私の畝にやっておく。他の畝にはやらないよ。マキアス先生に叱られるからね。
寒いから急いで寮に帰る。暖炉の火が心地良い。このままソファで寝そべって本を読みたい気分だけど、お行儀良く座って読む。
でも、パーシバルに言われた外交官への道の可能性が頭の中でぐるぐる回って集中できない。だって外交官なんて凄く格好良いし、憧れの職業だったんだもん。ただ異世界の外交官が前世のと同じだとは思えない。外国には行ってみたいけど、魔物とかもいるし危険なのかな?
なんて考えていたらマーガレット王女が来られたようだ。今回はゾフィーに呼ばれる前に気づいたよ。
マーガレット王女はキース王子の騎士クラブの問題が解決したので、王妃様も機嫌が良かったと言われた。それは金曜に王宮に行った時も感じていた。キース王子は王妃様にあまり心配を掛けない方が良いよ!
月曜は外交学、世界史が午前中だ。パーシバルの発言のせいで外交学と世界史には燃えちゃうよ。でも、午後からの錬金術2の時間は錬金術クラブに行く予定だ。だって、あれを作りたいんだもん。でも、あれは錬金術と言えるのか不安だ。きっと錬金術を利用すればできるのが分かる。前世では錬金術なんか無いから金属加工で作っていたんだよね。
今日も何故かフィリップスが外交学と世界史の教室にまで案内してくれた。ホームルームのカスバート先生のやる気の無さ振りをラッセル達と話しているが、私は脳筋の先生には興味なかった。でも、話を聞いていると男子学生には切実な問題のようだ。体育の先生だからね。
「元々、カスバート先生は魔法使いコースや文官コースを選んだ学生には厳しいのに、今回の件で恨みを買ったからなぁ」
ラッセルはどうやら署名拒否したようだ。
「お前は乗馬クラブだからな。それは署名拒否するのも当然だろう」
へぇ、ラッセルは乗馬クラブなんだね。
「ラッセル様、従兄弟のサミュエルが入部したので宜しくお願いします」
ラッセルは、あの子かぁと笑う。
「あの4人組の1人だな。音楽クラブと掛け持ちしているから、少し気をつけておくよ」
そう言えばフィリップスは何かクラブに入っているのだろうか?
「フィリップス様はクラブ活動はされていないのですか?」
何故かラッセルがプッと吹き出す。
「ラッセル、失礼だな。歴史研究クラブは伝統あるクラブなんだぞ」
へぇ、そんなクラブもあるんだね。そう言えば前世にもあったな。土器とか遺跡とか研究するクラブだよね。
「そんな滅びた帝国の遺跡を見学して何が楽しいのか私には分からないよ。フィリップスは乗馬もそこそこ上手いから、今からでも乗馬クラブに入らないか?」
あらあら、ここでも勧誘合戦が始まるの?
「いや、歴史研究クラブは人数がぎりぎりだから抜ける訳にはいかない。それどころかラッセルやペイシェンス嬢に入って貰いたいぐらいだ。どうですか、帝国が滅びた理由を検証するのは面白いですよ」
私はもう手一杯だ。
「音楽クラブと錬金術クラブに入っていますから、歴史研究クラブは遠慮しておきます」
ラッセルの乗馬クラブへの勧誘は考えるまでもなく断ったよ。
「乗馬は苦手なのです」
フィリップスは「お淑やかな令嬢だから仕方ありませんよ」とフォローしてくれたが、それを聞いたラッセルは爆笑した。
「普通の令嬢は錬金術クラブなんかに入らないと思うぞ」なんて酷いよね!
「それにしても乗馬クラブは人数が多いから勧誘の必要は無いと思うのですが、何故ですか?」
ラッセルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「今回の騒動で退部したメンバーも多いし、君の従兄弟と友だちは入部してくれたが、入学直後の新入生勧誘に失敗したのだ。このままでは予算が削減されてしまうのさ」
フィリップスが羨ましそうな顔をする。
「予算かぁ、うちには雀の涙しか出ないからなぁ」
「そりゃね、人数が少ないからな。でも乗馬クラブは馬に飼葉をやらないといけないし、馬場の整備や、厩務員の賃金もいるからな。このままだとクラブ費を値上げしなくてはいけない」
私はドキンとした。音楽クラブのクラブ費なんか払っていない。もしかしてマーガレット王女が私の分も払っているの? それに錬金術クラブのクラブ費、払わなきゃいけないなら入れないよ。何だかわさわさする。知らない内に借金しているみたいだ。
外交学も世界史も外交官になるには必要な科目なのに、私は知らない内の借金問題で頭がいっぱいで上の空で授業を受けてしまった。失敗だな。金に弱いのは欠点だよ。
昼食の時にマーガレット王女に訊こうかと思ったが、お金の事を口にするのが憚られてできなかった。でも、錬金術クラブなら聞ける! 私は錬金術クラブに急ぐ。とは言え、ペイシェンス歩くの遅すぎるよ。
「ご機嫌よう」と既に錬金術クラブで何やら頭をくっつけて考えているカエサル部長とベンジャミンに挨拶する。
「おお、ペイシェンス、金曜は来なかったから、洗濯機を少し進めていたのだ。良かったよな?」
洗濯機は勝手に作ってくれても良いよ。
「カエサル部長、少しお話があるのですが……」
私はクラブ費について質問しようと思って、できればカエサル部長と2人で話したかったのだ。
「ペイシェンス、分かっている。洗濯機が出来上がった時の特許の取り分についてだよな。錬金術クラブでは一応規則があるのだ。前に揉めたからな。ほら、読んでくれ! これに不満が有れば、話し合おう」
ガサゴソと1冊の冊子を戸棚から取り出した。
「そうだ、この規則を読んで異議が無ければ、署名して欲しい」
錬金術クラブ規則を渡されて、読んでみる。錬金術クラブで作り出した魔道具で特許が取れた場合の取り分が書いてある。先ずは錬金術クラブに1割。結構多いよね。アイデアを出したメンバーに3割。えっ、そんなに貰えるの? 魔法陣を考えたメンバーに3割。魔道具の殆どは魔法陣で動くからね。後はメンバーに頭割り。
「ペイシェンス、錬金術クラブは今までの魔道具の特許の1割で活動費を賄っている。だから、お前も寄付に協力して欲しいのだ」
それは良いのだ。
「カエサル部長、私はアイデアだけで魔法陣を作るのも無理だし、機械仕掛を考えるのも苦手なのに、残りの頭割りまでも貰って良いのですか? それとクラブ費はいくらなのでしょう?」
一気に質問しちゃった。カエサル部長、呆れているかな?
「ペイシェンス、そんなに期待させて悪いが、そこまで儲かるとは限らないのさ。魔道具を買って使うより人件費の方が安くつくと考える人の方が多くてな。だから、これは保険だな。儲かった時に揉めない為だ」
少しがっかりしたが、まぁ、確かに異世界の人件費安いよね。洗濯機を買うより、下女を雇った方が安上がりなのかも。
「なら洗濯機を作る意味は無いのですね」
ガッカリしていたら、カエサル部長とベンジャミンの熱弁に圧倒された。
「何を言う! 今は実用性が無くても、この洗濯機が役に立つ日がいずれ来る」
「そうだぞ! いつかは錬金術が世界をより良く変えるのだ!」
「はい、でクラブ費は?」
カエサル部長は「前の先輩達の寄付でクラブ活動費は賄えている。だからクラブ費は無しだ」と事もなさげに言う。
えっ、それはちゃんと特許で儲かった魔道具があるって事だよね! よっしゃ、やる気出たぞ!
「カエサル部長、魔石を使わない物は作っては駄目でしょうか?」
サッサと署名をして、あの『湯たんぽ』の絵を見せる。
「これは何をする物なのだ?」
「分かったぞ! 投げて遊ぶんだな。だが、それだとラッフルと似ているな?」
ブッブー! 2人とも間違いだよ。
「これは夜寝る前にこの『湯たんぽ』の中に熱いお湯を入れて、このカバーにくるんで、ベッドの布団の中に入れるんです。そしたら暖かくて熟睡できるのですよ」
2人の反応はもう一つだ。
「その上、この湯たんぽの中のお湯は朝の洗面に使えるのですよ! 2回使える画期的な発明なのです」
何だか、私1人で興奮しているようだ。それより、湯たんぽではなく、欲しい物リストを勝手に見て騒いでいる。
「そんな変な物より、こちらの図は何だ!」
アルバート部長と同じだ。新しい魔道具のアイデアに飛びついているよ。
「カエサル部長、この湯たんぽを作って良いですか?」と許可を取ったのは良かったが、欲しい物リストの説明で3時間目は終わってしまった。残念! やはりわさわさするよ!