猫の首に鈴を付けよう!
私はどうやら猫の首に鈴を付けなくてはいけないようだ。夕食の鐘が鳴るまでに学生会の規則を読む。
「そんなの今更読んでも遅いのでは?」
マーガレット王女に校則の冊子を借りて、お終い辺りに載っている学生会規則を読む。私は校則と寮則はささっと読んだけど、学生会規則は全く読んでいなかった。時間が無いから、クラブについての規則だけを読む。
なる程、カエサルが勧誘に必死だったのはクラブメンバーが5人以上でないと廃部という規則があるからだ。
そう、時間が無いから廃部の所を重点的に読んでいるんだ。
今回の騎士クラブは【他のクラブの活動に干渉し、不利益をもたらした場合は廃部にする。】この規則だね。
その下の規則はマズイ! 私はマーガレット王女にその規則を見せる。
「まぁ、これは本当に大変だわ。騎士クラブを永久に潰してしまいかねないわ」
徒党を組んで他の学生に迷惑を掛けたクラブは永久に廃部とする。ああ、このままだとキース王子を旗頭にして徒党を組み、学生会に殴り込みに行きそうだ。今のうちに冷静になって貰わないと拙い。
「ええ、騎士クラブは伝統あるクラブですし、それが永久廃部になったら騎士団の先輩達も黙っていないでしょう。従兄弟のサリエス卿もハモンド部長をブン殴ると言っていましたし、血の気の多い方が多そうですから」
マーガレット王女とどうするか相談する。
「先ずはキースと学友達と夕食を取るわ。そうすれば頭に血の上った騎士クラブのメンバーも夕食を取る為に他のテーブルに座るわね。これで少なくとも全員が何か口にするでしょう。お腹が空いていては気が立つばかりですからね」
キース王子をマーガレット王女が夕食に誘ってくれるようだ。それはホッとする。でも、そこからが問題だ。
「で、騎士クラブの存続の嘆願書署名もマーガレット様が言ってくださるのでしょうね」
マーガレット王女が微笑む。マジ? 私?
「少し待って下さい。学生会規則を読みます」
嘆願書の規則なんてあったかな? パラパラと学生会規則を捲る。
「嘆願書……学生会の決定に不満がある学生は全学生の過半数の署名を集めて嘆願書を提出できる。その後、学生会で嘆願書の内容を審査し、決定を変更するか決める」
ううん、過半数の署名を集めるのか、大変そうだ。
「過半数は難しいわね。先ず、魔法使いコースの学生は署名しないわ。それに乗馬クラブの学生もね。パーシバル辺りが直接に頼めば家政コースは署名しそうだわ。初等科はキースが頼めば署名を集められるかも。でも、文官コースの学生は元々騎士クラブが嫌いな学生も多いのよ。微妙な数になりそうね」
音楽クラブでも、女子学生はパーシバルが頼めば署名しそうだが、男子学生はしそうに無い。
そんな事を話しているうちに『カラ〜ン、カラ〜ン』と夕食の鐘が鳴る。
「さぁ、騒ぎを静めましょう」
マーガレット王女と共に食堂へ降りる。まだ騒ぎは収まっていない。食事を取ろうと降りて来た寮生も戸惑っている。
マーガレット王女は背筋をピンと伸ばして、騒ぎの中心にいるキース王子に近づく。興奮している騎士クラブのメンバーも、マーガレット王女の圧に気づいて道を譲る。『おお、モーゼの十戒みたいだ』なんて変な事を考えながらマーガレット王女の後ろについて行く。肉壁に囲まれている。怖いよ!
「キース、一緒に夕食を取りましょう。ラルフもヒューゴもね」
キース王子は『それどころでは無い』と言う顔を一瞬したが、マーガレット王女の視線の強さに負けた。
「はい、姉上」
ぞろぞろとお盆を持って列に並び、テーブルにつく。
「キース、先ずは食べなさい」
キース王子はマーガレット王女に負けて不満そうな顔をしていたが、一口食べると一気に食べた。ラルフとヒューゴも昼抜きだったみたいだ。成長期の男子って凄い食欲だね。私は食べる気にならないよ。
「これも如何ですか?」
手をつけてないので差し出す。
「いや、もう食べたから」とキース王子は拒否するが目が皿から離れない。
「キース、私のを食べなさい。お昼を抜くなんて駄目ですよ。食べないならお母様に言いつけますわ」
マーガレット王女も皿をキース王子に差し出す。
「母上には内緒にして下さい」とキース王子はマーガレット王女の皿の分に手を出した。
「ラルフ様とヒューゴ様もお腹が空いておられるでしょう。半分ずつ食べて下さい」
ラルフもヒューゴも上級貴族としてマナーを厳しく叩き込まれて育っている。令嬢から食事を取り上げる真似はできないと拒否したいが、隣でキース王子はマーガレット王女の夕食を食べている。私は2人の皿に私の皿から夕食を分ける。うん、弟達にハムを分けていたから慣れているよ。
マーガレット王女が視線で『嘆願書について話せ!』と命じる。やはり私から言い出すのですか? マーガレット王女の方が適任では? 視線で許しを乞うが、マーガレット王女はちょこんと私の靴に自分の靴を当てて、話すように促す。どうやら許して貰えないようだ。
私は上着の内ポケットから校則の冊子を取り出す。これはマーガレット王女の冊子だけど折り曲げて良いと許可して貰った。
「キース王子、この学生会規則を読んで下さい」
私は小心者だから、学生会規則を読んで自分で首に鈴を付けて貰うことにしたのだ。アンダーラインも引いているよ。結果オーライなら良いよね。
「ラルフ、ヒューゴ! 嘆願書署名を過半数集めれば、学生会の決定が覆されるのだ!」
やっとここにたどり着いた。ラルフもヒューゴも何をしていたのだろう。パーシバルもね!
「キース王子、署名を集めましょう!」
ここまでお膳立てしたら、後は任せるよ。それにしてもお腹が空いたな。お昼は食べる気にならず、半分しか食べて無いんだ。
「マーガレット様、食堂に残りがあるか、聞いてみましょう」
食べ終わった騎士クラブのメンバーはキース王子の特別室へ集まって嘆願書や署名の紙などを用意しているみたいだ。閑散とした食堂では騒ぎを恐れて降りて来ていなかった寮生がやっと夕食を取っている。
「残りなんてあるのかしら?」と言いつつもマーガレット王女も空腹に負けてお盆を待つ。
「すみません、夕食の残りは有りますか?」
食堂のおばさん達は、先程の騒ぎも見ていたようだ。
「ああ、おかわりが無かったから、残っているよ」
食堂はおかわり自由だったようだ。知らなかった。そうだよね。チビのペイシェンスがお腹いっぱいになる量では、15歳ぐらいの騎士コースの学生には足りないんだね。
マーガレット王女と私は、やれやれと任務完了した気分で夕食を十分に取った。
「それにしても騎士クラブの誰も学生会規則を読まなかったのかしら?」
その通りだけど、今更だよね。
「過半数の署名を集められるでしょうか?」
多分、大丈夫だと思うけど、今回の騒動で騎士クラブはかなり反感を買ったからね。
「パーシバルは何をしているのかしら?」
彼は寮生ではないから、自宅生のメンバーを説得して回っているのかな?
「キース王子が署名活動を始めた方が良いと判断したのかもしれません。影から他のクラブメンバーを説得するのでしょう」
私は学生会規則を読んでいて、ふと不安になった。
「あのう、グリークラブの青葉祭の発表に音楽クラブが口を出すのは大丈夫なのでしょうか?」
マーガレット王女は優雅に微笑む。
「口なんか出していませんわ。素晴らしい曲を提供しているだけですもの。ほら、不利益をもたらしたクラブと書いてあるでしょ」
そうなのかな? コーラスクラブから独立したグリークラブにアルバート部長はかなり援助している。あのアルバート部長が好意だけでしているとは考えられないのだけど? 不安だなぁ。
「あのう、コーラスクラブから苦情が来るとかは無いのでしょうか? 音楽クラブがグリークラブに曲を提供するのは不公平だとかなんとか」
マーガレット王女も首を捻る。
「そう言えば、アルバートにしてはグリークラブに親切すぎるわね。音楽クラブの新曲発表の機会を増やすにしても、変だわ」
アルバートが他人に親切にするのは変だとマーガレット王女も気づいた。これまで新曲が多く聴けることばかりに気を取られていたのだ。
「兎に角、不利益でなければ良いのよ。他にもクラブ同士で共同活動をしているのもある筈よ」
そうなのかな? クラブ活動にさほど興味が無かったので知らないよ。