嵐からは逃れられない?
薬草学2は薬草学と同じ温室だ。マキアス先生が空き時間の無いのを見越して、このコマで薬草学2を受ける許可をくれたのだ。
「ペイシェンス、お前の畝の下級薬草はもう採っても良いよ。それで種は欲しいかい? 種が欲しいなら、端の2株は残して置くんだよ。要らないなら全部引っこ抜きな」
下級薬草は春になったら冒険者が森で採って来るので値段は安くなるとワイヤットは言っていたが、今は未だ冬だし、温室で栽培したい。
「種は欲しいです」
2株残して、あとの下級薬草を抜いていく。
「うん、よく育っている。この下級薬草は買い取るよ」
あっ、こんな所で内職できたよ。
「ほら、ぼんやりしないで畝に肥料を漉き込むんだよ」
温室の外には肥料の入った箱がある。うん、臭いよ。私はそれをバケツにシャベルで入れて、自分の畝の所に運んだ。
「マキアス先生、このくらいの量で良いのでしょうか?」
チロリと見て頷くので、これで良いのだろう。この臭い肥料をシャベルで漉き込むのは重労働だ。少なくともペイシェンスにはね。
「ペイシェンス、手伝おうか?」
ブライスが親切に申し出てくれたけど、必要無いよ。
「ブライス様、ありがとうございます。でも大丈夫です」
私は自分の畝に肥料が満遍なく漉き込まれるイメージをしながら「肥料よ、私の畝に漉き込まれろ」と少し恥ずかしいけど口に出して生活魔法を掛けた。みるみるうちに肥料は畝に漉き込まれた。周りの学生も呆気に取られている。
「お前さんは本当に魔法使いコースを選択するべきだよ。生活魔法だから攻撃魔法が使えないなんて無いさ、多分ね」
マキアス先生から魔法使いコースを勧められたけど、攻撃魔法を使いたいとは思えないんだよね。うん、私の生活魔法は少し変だから、薪を割るのとかできそうなんだ。でも、それを人に向けるのはNGだよ。
「ほら、上級薬草の種だよ。これは下級薬草みたいに簡単にはいかないよ。先ずは種を水に浸けるんだ。それも浄水じゃなきゃ駄目だよ。そうさ、やる水も浄水でなきゃ駄目さ」
上級薬草は栽培が難しそうだ。温室の外にある棚からビーカーを取り、水で洗う。そして水を入れて浄化してから種を浸ける。
「マキアス先生、どれくらい浸けたら良いのでしょう?」
マキアス先生は「ケケケ」と笑う。本当に魔女のお婆さんぽさ全開だ。
「それはお前さんの努力次第だよ。種に十分な魔力が篭ったら植えても大丈夫さ」
この先生は意地悪するのが楽しいのかな?
「マキアス先生、種に十分な魔力が篭ったのかは、どうやって判断するのですか?」
この黒い三角形の種に何か変化があるのだろうか? プクッと膨らむとか?
「種に魔力が入らなくなったら良いのさ。そんな事も分からないのかい。だから、他の学生の畝に水なんかやる甘ちゃんなんだよ。もうするんじゃ無いよ」
あっ、私がベンジャミン達の畝に水をやったのがバレている。まさか千里眼なの?
「私は毎朝、温室の見回りをしているんだ。お前さんしか来ていないのに、他の畝の土も黒々としていたから、すぐに分かったよ。ほら、さっさと種に魔力を注ぐんだよ。ちんたらしていたら夏になってしまうよ。夏場は教室で座学だからね」
あっ、夏に温室は暑すぎよね。なんて呑気に考えていた。
「ほら、皆よく聞きな。下級薬草が枯れてもやり直しはできるよ。大勢の学生を落とすとマーベリックの爺様が煩いからね。だが、5月迄がタイムリミットだよ。そこからは座学だからね。それまでに育てられなかった学生は不合格だ。薬草学を取るのを諦めるか、秋学期に再挑戦するかは自分で決めな」
あっ、カエサルが薬草学の単位が取れないの分かった。錬金術に夢中になって水遣りを忘れるからだ。
気を取り直して、ビーカーの中の黒い三角の種に魔力を注ぐ。まるで前世の朝顔の種みたいだよ。
黒い三角の種に魔力が行き渡り、ほんの少しふっくらとなるイメージを浮かべた。小学生の頃、朝顔の栽培をしたからね。一晩、水に浸けた種は少しふっくらしていたんだよ。
「種に十分な魔力が篭れ!」今回もちゃんと詠唱したよ。
種が私のイメージした通りに、少しふっくらとした。これで十分なのかな? そこら辺の判断ができないから、先生に質問したのにさぁ。あれで他の学生は理解できるのかな? 魔法使いコースを取っているぐらいだから、理解できるのかもね。
「それで十分だよ。お前さん、前とは違って詠唱が長くなっているね。前はもっと短かったと思うが、何故だい?」
意外と良く見ているな。感心するよ。
「父から魔法が暴走しないように、成長期はなるべく無詠唱は止めなさいといわれたのです」
マキアス先生は真剣な顔だ。
「何をやらかしたんだい?」と訊く。
「温室がもっと広ければ良いなと願ったのですが、魔法は掛けなかったのに、何故か広くなってしまったのです」
深刻な魔法の暴走では無いと分かって、マキアス先生は笑う。
「お前さんは11歳か。そうだね、成長期が終わるまでは魔力もまだまだ増えるだろう。それが終わるまでは父上の忠告に従うんだね。だが、もう少し格好の良い詠唱と魔法の名前を覚えな」
あの詠唱は私的には格好悪いんだよ。見解の相違だね。でも、そんな事は言わずに黙って種を植えたよ。
「植えたなら、水をやるんだ。浄化するのを忘れるんじゃないよ」
ジョウロも一応洗ってから水を入れて「綺麗になれ!」と浄化して、畝に水をやる。
やれやれ、これから毎日水遣りだ。ついでに自分にも「綺麗になれ!」と掛けておく。肥料臭かったら嫌だからね。
寮の食堂は大騒ぎだった。寮には上級貴族は基本的には入っていない。マーガレット王女とキース王子とラルフとヒューゴが例外なのだ。Cクラスで入学した学生と下級貴族でロマノに屋敷を持っていない学生が寮に入っているのだけど、騎士階級の学生も多かったんだ。
ああ、キース王子を中心にして何人もの学生が意気込んでいる。私はサッと女子寮の階段を登った。自分の部屋に入るとホッと息をつく。マーガレット王女の部屋に行かなくてはいけない。
「ペイシェンス、大変な事になったわ。キースときたら頭に血がのぼっているの」
それは食堂でも感じた。
「ええ、キース王子の周りに騎士クラブのメンバーが集まっていましたね」
馬鹿な事をしなければ良いのだけど、なんだかあの熱気は危うい気がする。
「学生会に殴り込むなんて声も聞こえたけど……まさか、実行はしないでしょうね」
マーガレット王女も心配そうだ。本当にリチャード王子が卒業されたのが痛い。リチャード王子なら一喝されてお終いだ。それにこんなに問題が大きくなる前に騎士クラブのハモンド部長を呼び出して厳重に注意しただろう。
「ルーファス学生会長にも問題はありますが、でも殴り込みなんかしたら、騒動は大きくなるばかりです」
マーガレット王女が微笑む。嫌な予感しかしない。
「ねぇ、ペイシェンス。リチャードお兄様の考えでは、騎士クラブの存続を願う嘆願書を集めるのよね。それとハモンド部長の辞任とで、騎士クラブの問題をおさめるおつもりだったのよ」
そう聞いているけど、うまく計画通りには進んでない。パーシバルは何をしているのかな? キース王子を諌めて欲しい。
「そうね、パーシバルの考えている以上に騎士クラブのメンバーは怒りに燃えているのだわ。きっと嘆願書なんて言い出せない雰囲気なのよ。これはキースから言い出させた方が良いわ」
マーガレット王女、その笑顔が怖いです。良い案ですが、誰が猫の首に鈴を付けるんですか? 姉君なのだから、マーガレット王女にお願いしたいです。
「キースはきっとお昼抜きね。お腹が空いている筈よ。さぁ、鐘が鳴ったら食堂へ行きましょう」
それは、一緒に夕食を取るって事ですか? 気の立っているキース王子と同席なんて遠慮したいですが、駄目なんですね。