リチャード王子の訪問
私は子供部屋で弟達の留守中チェックしていた。うん、暖炉には火が点いてて暖かいとまでは言えないけど、寒くは無い。子供部屋が広すぎるんだよね。
「お姉様が学園におられる間に、サリエス卿とパーシバル様がいらしたのです。剣術指南をして貰えて嬉しかったですが……良いのでしょうか?」
馬術教師は従姉妹のラシーヌがアンジェラをジェーン王女の学友もしくは側仕えにしようと必死で、乗馬好きだとの情報と引き換えみたいな物と親戚の援助だ。そしてそれはサリエス卿の剣術指南も同じだ。でも、ナシウスはパーシバルには遠慮を感じているみたいだ。
「パーシバル様は大叔母様の孫だから再従兄弟になるの。ナシウスは気にしなくて良いのです。それにしても、私が居ないことは分かって来られたのよね。お父様と話があったのかしら?」
ナシウスは首を傾げていた。
「私は剣術指南の後は、子供部屋で勉強していましたから」
「あっ、サリエス卿とパーシバル様は父上と応接室で長い間話していましたよ。私は自分で教えてもらった剣術の復習をしていたけど、帰られたのはかなり時間が経ってからです」
ヘンリーは剣術に夢中だね。良い子だよ。キスしておこう。でも、あの父親とサリエス卿とパーシバルには共通点を感じられない。何を話していたんだろう。まっ、関係ないや。なんて考えていたら、メアリーが子供部屋に駆け込んだ。
「お嬢様、お着替え下さい。子爵様ももっと早く教えて下されば……いえ、そんな悠長な事を言っている場合ではありません」
子供部屋から強制退場させられた。
「メアリー、落ち着いて。誰が来られるの?」
「子爵様ときたら、大事なお客様が来られるとしか仰らないから、玄関に薔薇を生けましたが、もう早くお着替え下さい」
パニックになっているメアリーには質問に答える余裕は無さそうだ。私は余所行きに着替える。
髪の毛を整えているメアリーに再度質問する。
「それで誰方が来られるの?」
「リチャード王子様です。本当にもっと早く教えて下されば……そうですわ。お嬢様、玄関と応接室に生活魔法を掛けて下さい。今すぐ!」
えっ、何でリチャード王子が家に? もしかして父親の復職? 違うよね。一瞬、期待したのでガックリ落ち込む。リチャード王子はまだ大学生だ。そんな事に関わったりしない。
「お嬢様、早く!」とメアリーに急かされるので、下に降りて玄関や応接室そして前庭にも生活魔法を掛けておく。うん、ピッカピカだよ。
「間に合って良かったですわ。子爵様がお呼びになるまで部屋でお待ち下さい」
「出迎えなくても良いのかしら?」
ラフォーレ公爵家に王妃様が寄られた時は家族で出迎えていたよね。
「いえ、お忍びで来られるそうですから……ワイヤットに確かめて参りますわ」
メアリーはかなりテンパっているね。
「やはりお部屋でお待ち下さいとの事ですわ。大変だわ。茶葉が……あんな粗末な茶葉では失礼ですわ」
部屋に上がる前にメアリーを落ち着かす。
「メアリー、リチャード王子はお茶を飲みに来られる訳では無いわ。何か話したい事がお有りなのでしょう。落ち着いてね。家が貧しい事ぐらいご存知よ」
過呼吸気味だったメアリーを落ち着かせる。やっと普通の呼吸に戻ったので、部屋で待つ。待つ時間は長く感じるので、法律の本を読む。うん、退屈だよ。でも、覚えよう。
「お着きになったようね。本当に何の用かしら? 騎士クラブしか思い浮かばないけど、私に聞かなくてもリチャード王子なら騎士クラブのメンバーも何人か知っておられると思うのだけど」
メアリーが「子爵様がお呼びです」と言いに来た。かなり緊張しているね。
「分かったわ。メアリー、きっと騎士クラブのお話よ。私は関係無いのに、何故かしら」
応接室にはリチャード王子とパーシバルがいた。パーシバルがロマノ大学の従兄弟に話して、リチャード王子に連絡がついたんだね。で、何故ここに?
「ペイシェンス、リチャード王子様にご挨拶なさい」
父親に言われなくても挨拶するけどね。あっ、父親も何故? って顔に出ているよ。
「リチャード王子様、パーシバル様、ようこそいらっしゃいました」
リチャード王子は和やかに笑って座るようにと指示される。父親の横にお淑やかに座る。そこにワイヤットが紅茶を持って来て、スマートな仕草で置いて出る。あれっ、この紅茶は高級な茶葉で淹れてある。良い香りだ。
「どうぞ、外は寒かったでしょう」
ここには女主人になれるのは私しかいないので、なるべく優雅にもてなす。マナーの修了証書は伊達じゃないよ。全員が一口飲んで、茶器を下に下ろす。さて、そろそろ本題だね。貴婦人ならここから季節の挨拶とか色々とあるけど、若い王子様だもの、省略されるだろう。
「グレンジャー子爵、突然の訪問をお許し下さい。お察しの通り、ペイシェンス嬢と緊急に話し合う必要が有ったのです」
つまり父親に席を外して欲しいと頼んでいるのだ。で、再従兄弟のパーシバル付きって事なんだね。
「そうですか、私は書斎でする事があるのでごゆっくりお話し下さい」
する事って読書だよね。やれやれ何を言いに来られたのかな?
「ペイシェンス、騎士クラブのごたごたについては知っているだろう。パーシバルから聞いて驚いたのだ。ハモンド部長は何を考えているのだ! それに、それを放置していたルーファス学生会長も酷い!」
リチャード王子はかなりお怒りだね。
「でも、部長会議で乗馬クラブと魔法クラブは騎士クラブからの命令には従わないと宣言されて、他の部長達もそれを支持されたと聞きましたわ。これで解決ではないのですか?」
横のパーシバルがぐっと拳を握りしめる。怒りを抑えようとしているみたい。
「それで収まったなら、ここには来ない。ハモンド部長はキースを巻き込んだのだ。だから、問題は大きくなる一方だ」
えっ、キース王子が? それは大変だけど、リチャード王子がキース王子を諌めれば良いだけの話に思えるよ。野菜残すのも叱っていたじゃん。叱るの慣れていそうだもの。
「私だってキースを守りたい。なので、キースと話し合ったが、平行線なのだ。彼奴は、ハモンド部長を尊敬し切って、周りが見えていない」
ハモンド部長ってアルバート部長からは、ケチョンケチョンに貶されているけど、部員からすると良い部長なのかな?
ここまでリチャード王子の話を聞いても、私には関係ないし、何故来られたのかも分からない。
「リチャード王子、ここに来られる前にラルフ様やヒューゴ様と話し合われてはどうでしょう。私はマーガレット王女の側仕えですが、キース王子の学友ではありませんもの。それに騎士クラブについて知りませんわ」
そこで、リチャード王子の眉が顰められる。
「2人はキースに意見などできないと言うのだ。それで本当の学友と言えるのか? だが、ペイシェンスにはキースは一目置いている。他の人から騎士クラブがどう思われているか話してやってくれ。目が醒めると思うのだ」
わっ、それは避けたい。
「リチャード王子をあれほど尊敬しているキース王子なのに説得できないなら、私には無理ですわ」
リチャード王子が微笑む。わっ、威圧を感じるけど、ここは負けられない。令嬢のか弱さを全面に出して抵抗するよ。
「それに私は騎士クラブについて何も知りませんもの」興味も全く無いしね。
ここまで黙っていたパーシバルが我慢できないと口を開く。
「ハモンド部長は、キース王子を青葉祭の試合に出してやると甘い言葉で操っているのだ。そして、乗馬クラブと魔法クラブにもキース王子を前面に出して無理を通そうとしている」
一度引き下がったのに、キース王子を利用して巻き返そうとしているんだね。ハモンド部長ってしぶといね。でも、そこにキース王子を利用するのは頂けないな。自分の勢力を拡大したいなら、自分で矢面に立つ覚悟が欲しいよ。あっ、腹が立って来た。キース王子には欠点がいっぱいあるけど、優しい面もあるんだ。それを踏み躙るなんて許せないよ。
「ペイシェンスなら理解してくれると思ったのだ。学友とは言え、彼らは親からキースのご機嫌を取るように言い聞かされている。その上、目の前でマーガレットの学友があっさりと切られるのを見たから二の足を踏んでいるのだ。それも問題だがな」
あっ、それは私も理解できるよ。王族が見放すのって本当に簡単なんだもの。ゾクッとしたんだ。それにしても、私は一言も話してないのに、そんなに考えが顔に出ているのかな?
「リチャード王子、私はキース王子に意見するのは無理です。でも、ラルフ様やヒューゴ様に話してみますわ。彼等も前と違ってキース王子とは関係を改善している最中です。少し勇気を持つ必要があるのです」
とは言え、いつもキース王子の側にぴったり引っ付いているから、2人と話し合えるか分からないけどね。なんて気楽な事を考えていた私は、リチャード王子の本気を分かって無かったのだ。
「良かった。ではこれからアンガス伯爵の屋敷に行こう。そこにラルフも呼び出しているのだ」
えっ、私が引き受けるの予定通りですか? それに、キース王子と話すのは無理と答えるのも分かっていたの?
「ペイシェンスとは1年間一緒に食事をしたのだ。考える事など分かっている。それにキースの事を真剣に心配してくれる事もな」
やはりリチャード王子はできる王子だよ。嫌になるね。