錬金術クラブ
木曜までに王宮行きを言われなかった。つまり金曜の4時間目からフリーだ。
ベンジャミンはホームルームから出る時に「4時間目に待っているぞ」と笑顔で言う。
「ペイシェンス嬢、ベンジャミンと何か約束をされたのですか?」
一緒に法律と経済学の教室に移動していたフィリップスに尋ねられる。
「ええ、錬金術クラブに入ったので、今日初めて行くのです」
フィリップスの顔が固まった。錬金術クラブってそんな受け止め方をされるんだね。
「そうなんですか」と言ったけど、これで嬢扱いは無くなるかもね。まぁ、くすぐったく無くなるからいいんだよ。
でも、何故か嬢呼びは相変わらず続いたんだよね。不思議だ。
昼はいつものメンバーで上級食堂で食べる。
「昨日は来なかったな」
キース王子が余計な事を言う。
「まぁ、ペイシェンス。何処で食べたのかしら? まさかダイエットなの?」
この痩せた身体でダイエットは必要無いよ。
「いえ、たまには下の学食でゆっくりと食べたいと思ったのです」
マーガレット王女が「私がいなくても上級食堂を使いなさい」と注意した。これでこの話題は終わりだと思ったのに、キース王子は疑問を持ったようだ。
「ペイシェンスは1人で食べたのか?」
あっ、答え難い事を聞かないで欲しいな。
「側仕えになる前は、学食で1人で食べていましたわ」嘘では無いが、答えをはぐらかしている。
「ペイシェンス、誰と食べたの?」
マーガレット王女には何か誤魔化したと見抜かれてしまった。
「ベンジャミン様とカエサル様ですわ」
マーガレット王女の眉が少し上がる。お怒りモードだ。
「ペイシェンス、そんなに呑気だから錬金術クラブになんか勧誘されるのよ。だから、上級食堂で食べなさいと言っているでしょ」
そうだけど、一緒の時ならいざ知らず、1人なのに食費を出して貰うのは悪いし、気がしんどいんだよ。無銭飲食みたいだもん。これは後で話し合おう。
「錬金術クラブに本当に入ったのか?」
キース王子がまた失言レーダーに引っ掛かりそうだ。
「ええ、月に2、3度で良いと言われましたから」
キース王子は不機嫌そうに眉間に皺を浮かべている。何故なの? 関係ないじゃん。
「カエサル様やベンジャミン様が学食で食事をとられたのか?」
ヒューゴはショックを受けたみたい。この子もお坊ちゃまだからね。
「何故、学食で?」いつもは冷静なラルフも混乱中だ。
「ペイシェンスが学食に誘ったのか?」
キース王子の追及に答える必要があるのかな?
「いえ、一度カエサル様と話してみろとベンジャミン様から言われて、木曜はマーガレット王女は料理教室で昼食を取られるから、そうなっただけですわ」
マーガレット王女は、不味かった昼食を思い出したのか、眉を顰めた。
「ペイシェンスが修了証書を貰ってしまうから、私は本当に大変な目に遭っているのよ。中がガリガリのじゃがいもを食べたのですからね。貴女がいたら、ちゃんと中まで火が通っていたでしょうに」
流石にキース王子達も、それは私のせいだとは言わなかった。当たり前だよ。
「マーガレット様、ちゃんとスペンサー先生の説明をメモに取られましたか?」
「取ったわよ。でも、中はガリガリだったの」
不思議だ。スペンサー先生は超初心者にも失敗しないように注意されている。
「もしかして、茹で上がっているか串で刺して確かめなかったのですか?」
マーガレット王女が目を丸くして驚く。
「まぁ、ペイシェンス。貴女は千里眼が使えるの? 後からスペンサー先生に注意されたのよ」
「いいえ、千里眼なんか使えません。想像してみただけです」
キース王子達も呆気に取られて、学食の件は忘れたようだ。良かった。なんて考えていた私は馬鹿だよ。
「来週からは木曜は私達と一緒に食べよう。ペイシェンスから目を離したら何をするか分からない」
えっ、それは避けたいよ。私はマーガレット王女の側仕えであってキース王子のではないよ。私が断る前にマーガレット王女が微笑んで了承する。
「そうね、そうして貰えると安心だわ。この子ときたら自覚が全く無いのだから。錬金術クラブに入るなんて、狼の巣にウサギが飛び込むようなものよ。まぁ、ブライスも入るみたいだから、ほんの少し安心ですけどね。ベンジャミンやカエサルに無茶を言われたら、ブライスに助けを求めるのよ。魔法使いコースを取っている割にはブライスはまだまともだわ」
キース王子の目が怖いよ。何か怒っているの? まだ私がカエサル目当てで錬金術クラブに入ったと考えているのかも? 違うけど、弁解する必要も無いよね。
マナー2はなんと「春学期では昼食会を開いて貰います」だった。うん、きっとマナー3は晩餐会だね。でも、昼食会はメニューも考えなくてはいけないようだ。貧乏なグレンジャー家で昼食会なんて開いた覚えは無いよ。でも、夏の離宮で毎日ご馳走を頂いていたからね。それを参考にして書くよ。
「ペイシェンス、貴女は素敵な昼食会を開けるわ。合格です。ついでにマナー3の晩餐会の計画表も書きなさい」
おっ、もしかして修了証書を貰えるのかも。頑張ります! これも夏の離宮の晩餐を参考にしたよ。
「修了証書をあげますわ」
うん、これならマーガレット王女もじきに修了証書を貰えるよ。後で教えてあげよう。
マーガレット王女はゾフィーが迎えに来て王宮へと帰った。つまり錬金術クラブに行く時間だ。
「ご機嫌よう」と一応挨拶するけど、全く合わない挨拶だよね。
「おおペイシェンス、遅かったな。皆を紹介しよう」
カエサル部長は紹介と言うけど、そこにはベンジャミンとブライスとあと1人だけだ。
「5年のアーサー・ミラーだ。こちらは4年のペイシェンス・グレンジャーだ」
「宜しくお願い致します」と挨拶するが、ブライス以外が着ている白衣の汚さに、思わず一歩下がってしまう。
「その白衣ですが……」生活魔法で綺麗にしたいけど、何か理由があって汚いままなのかもしれない。
「おお、そうだ。ブライスとペイシェンスも白衣を着た方が良いぞ。熱い金属やガラスを扱うし、薬品も使うからな。制服がすぐに穴だらけになると親に叱られるぞ」
私達に先輩のだと渡してくれるが、これを着るのは御免だ。
「カエサル部長、これを綺麗にしても良いですか?」
「良いが、すぐに汚れるぞ」
すぐに汚れようが、こんな汚い白衣を着るのは嫌だ。
「綺麗になれ!」と唱えたら、全員の白衣が真っ白になった。これが白衣だよ。焼け焦げた穴も塞がったよ。
「やはり、ペイシェンスの生活魔法は変わっているな。それで、ペイシェンスとブライスは何か作りたい物はあるのか?」
作りたい物はいっぱいあるよ。でも、先ずは弟達の部屋の魔法灯だ。
「カエサル部長、魔法灯の灯りの明るさの調整はスイッチでできませんか? 明るい時、ほんの少し明るい時、そして消したい時に調整したいのです」
カエサルは腕を組んで考える。
「うむ、可能は可能だな。だが、何の意味があるのだ? 魔法灯は点けて、消せたら良いだけではないか」
ベンジャミンやブライスやアーサーも首を捻っている。
「私の下の弟は寝る前に真っ暗になるのが怖いのです。だから、薄ぼんやりとした灯りがあると怖く無いかなと思って」
4人の男子には分からないかな? と思ったが、それぞれ子供部屋での記憶が蘇ったようだ。
「そうだな、それは良いアイデアだ。それを作るにはスイッチの仕組みを変えなくてはいけないな」
それからカエサル部長とスイッチの調整を考える。
「本当はスイッチというか、ツマミを回して、明るさを調整するようにしたいのです」
ざっと半円のドーム型のカバーと基礎を描いて、その基礎の真ん中にツマミを描き足した。
「このツマミで明るさを調整するのか? うん、何とかなりそうだぞ」
カエサル部長はサラサラとツマミを回すと魔石が徐々に魔法陣にくっつく仕組みを考えて描く。
前世の明るさの調整ができるベッドサイドランプが作れたら、ヘンリーが寝る前に怖がらなくても良くなる。
私とカエサル部長が熱中している間、ブライスはベンジャミンと魔法灯を作っていた。
「魔法陣の描き方がなってない」
先輩のアーサーから注意を受けている。あれっ、ベンジャミンも雑だと叱られているね。
「こら、ペイシェンス余所見をしている場合か。このツマミを試してみよう。設計図を覚えて、自分で作るんだぞ」
授業で作ったスイッチとかなり違うので、設計図を真剣に覚える。
「ほらやってみろ」
結構、カエサル部長はスパルタだ。窯には金属が溶けていた。それに向かって覚えたツマミを思い浮かべて「ツマミを作れ」と唱えてみる。
溶けた金属が頭の中の形になって横にストンと落ちた。
「なかなか上手いな。だが、これで上手く明るさの調整が出来るかは試してみないと分からないぞ」
魔法陣は描いてあるので実験する。
「先ずは明るくならないと話にならないぞ」
ツマミを回すと灯りが点いた。
「ツマミを少しずつ反対に回してみろ」
そっと回すと少し暗くなった。
「もう少し暗い方が眠り易いと思いますわ」
「なら、もう少し回してみろ」
もう少し回すと消えてしまう。
「ううん? 魔石と魔法陣が引っ付くと灯りが点く。離れると消える。途中の薄暗い灯りを保つのが難しいな。ツマミの調整だけの問題なのか?」
前世のベッドサイドランプはツマミを回せば明るさの調整ができた。それは何故なのか? 何かが電灯に電気を送るのを阻害させていた筈だ。でも、そんなの普通にあった物なので仕組みは覚えていない。
「灯りの魔法陣に、明るくなったり暗くなったりする魔法陣は無いのですか?」
カエサル部長は驚いて私を見る。
「ペイシェンス、無茶を言うなぁ。だが、面白い。新しい魔法陣に挑戦だ! 今夜は徹夜だぞ」
あれっ、すっかり窓の外は真っ暗だ。
「ペイシェンス、寮に送って行くよ」
やはりブライスは常識人だった。他のメンバーは激論の最中だ。
「皆様、本当に徹夜されるのかしら?」
家に帰らないと親が心配するのでは? あっ、馬車が迎えに来ているのでは?
「ペイシェンスが心配する事では無いさ。それにクラブハウスも閉鎖時間が決まっているから、その時間に迎えの馬車が来るだろう」
寮まで送ってくれたブライスに礼を言ったが、錬金術クラブは気をつけないと、深みにズブズブ嵌りそうだ。