ドキドキの木曜
一度、カエサルと会うとベンジャミンと約束した木曜だ。何となく朝からドキドキする。
行政のサリバン先生は、パターソン先生と違って学生の興味を少しでも引き出そうと努力している。官僚になれたら良いけど、女性官僚はいない。初女性騎士になったユージーヌ卿みたいに、初女性官僚になって後に続く後輩達の道を切り開く努力ができるだろうか? 私は強気の割に根性無しだ。それに初の女性官僚になるなら大学を出た方が良いと思う。思うけど、家にはお金が無い。それに大学ならナシウスに行かせたい。
サリバン先生の雑談や学生とのやり取りは面白いから聞くけど、教科書の説明は退屈なんだよね。つい、あれこれ考えちゃう。うん、この行政は修了証書を貰おう。
「ペイシェンス嬢は、次は料理でしたよね」
フィリップスはよく私の時間割まで覚えているね。
「ええ、でも修了証書を頂きましたから、自習しますわ」
フィリップスに呆れられる。
「ペイシェンス嬢は初等科の必須科目は全て修了証書を貰ったと聞きましたが、中等科でも貰ったのですか? 凄いですね」
「料理は母から少し習っていましたから」
私は寮に帰って法律と行政の勉強をする。
『カラ〜ン、カラ〜ン』
2時間目が終わったようだ。マーガレット王女はちゃんと食べられる物が作れたかな? まぁ、先生が付いているから大丈夫だと信じるしか無い。
それよりベンジャミンとカエサルを待たせてはいけない。歩くのが遅いペイシェンスなりに早足で学食に急ぐ。本当は先に来ておくつもりだったけど、勉強に集中していたのだ。時計欲しいな。錬金術で作れたら良いのに。
「おっ、ペイシェンス。遅かったな」
席にも着かずベンジャミンとカエサルは待っていた。うん、浮いているね。変人だってだけじゃないよ。よく見ると制服とか高級そうなんだ。
「ベンジャミン様、カエサル様、遅れて申し訳ありません。寮で勉強していたもので」
さぁ、お盆を持って並ぼうとしたけど、ベンジャミンとカエサルはお盆を持った事も無いようだ。
「そうか、学食には給仕はいないのだな。うん、面白い」
カエサルは確かバーンズ公爵家の嫡男だったね。
「カエサル様もベンジャミン様も上で過ごされても良いのですよ。今日はマーガレット王女は料理教室でお召し上がりになりますから、私は学食で取ろうと思っただけですから」
味は上級食堂の方が美味しい。
「いや、初体験だから、食べてみよう」
やはりお坊ちゃまだ。3人で学食で食べた。
「なかなか美味しいな。それに上で食べるより時間が短くて済むのが気に入った」
5年生のカエサルは何か忙しいのだろうか? あっという間に食べた。
「もうペイシェンスも良いのか? ゆっくり食べろよ」
私もほとんど食べたけど、2人に待たれていたら食べ辛い。
「もっと食べないと大きくなれないぞ」
ひょろりと背の高いカエサルとライオン丸に全部食べろと言われて、何とか食べ終えた。うん、学食でゆっくり食べるつもりだったのに残念だよ。
「お盆は返すのか。私が返しておくから、ペイシェンスはカエサル様と話しておけ」
ベンジャミンの家柄は知らないが、Aクラスや魔法使いコースでの態度から上級貴族だと感じる。
「いえ、私は……」と言い掛けたが、何と3枚のお盆を軽々と持っていく。
「それで、ペイシェンスは錬金術クラブに入りたいけど、マーガレット王女の側仕えがあるから駄目なんだよな」
そういう言い方をしたら、少しニュアンスが違って聞こえる。
「前に手芸クラブに案内して頂いた時は、マーガレット王女の側仕えを辞めるつもりでした。だから、音楽クラブも辞めると決めたのです。でも、結局、側仕えを続ける事になったので、キチンと勤めたいと思っています」
カエサルは黙って最後まで私の言い分を聞いた。
「なるほどね。ペイシェンスは良い側仕えだ。だが、王立学園は側仕えをしに来ている訳では無いだろう。放課後が駄目なら空いている時間に錬金術クラブの活動をしたら良いだけだ。ベンジャミンに聞いたが、錬金術2も魔法陣も飛び級したそうだな。それに木曜の2時間目も空いているのだろう。週3回も活動しろとは言わないが、1回でも2回でも良い」
凄く勧誘が激しいよ。それに断る理由が見つからない。
「そうだぞ。ペイシェンスは本当は魔法使いコースを取るべきなんだ」
ベンジャミンまで魔法使いコースを勧める。
「ベンジャミン、今は錬金術クラブの件に絞ってくれ」
カエサルは錬金術クラブの存亡に関わると必死だ。うん、自分のクラブが無くなるの困るよね。
「放課後、活動しなくても良いなら」
やはり私は押しに弱いのかもしれない。
「そうか、歓迎するぞ。では、いつ来れそうか?」
えっ、さっきまで週1でも良いと言っていたよね。
「初めは私が教える事も多いからな。私はペイシェンスのスケジュールに合わせる」
えっ、どういう事?
「でも、それではカエサル様の授業は?」
そんなのどうでも良いって感じで、手を横に振る。
「私は殆どの単位を取っているから、多少の融通はきく。だから、ペイシェンスの空いている時間は何処だ?」
何だか教えたく無いような気がする。
「ペイシェンスの空いている時間は、月曜の3時間目の錬金術2は合格している。それと水曜2時間目の魔法陣も合格しているな。それと木曜の2時間目は料理は修了証書を貰って空いている。後は金曜の4時間目か」
ベンジャミンには呆れるよ。他人の時間割をよくここまで把握しているね。
「金曜は月に1、2回はマーガレット王女のお供で王宮へ行きますから駄目ですわ」
断ったのに、カエサルはニヤリと笑った。
「つまり、月に2、3回は金曜の放課後はフリーだ。ペイシェンスは寮生だったよな。なら、夕食までじっくり錬金術クラブで活動できるって事だ」
カエサルの本気が怖い。でも、授業中に錬金術クラブに行くよりマシかもしれない。
「王宮にお供しなくて良い金曜だけ錬金術クラブに行きます。他の空き時間は勉強に当てたいのです。それで良ければ錬金術クラブに入ります」
ベンジャミンは月曜の錬金術2もクラブに来いとしつこい。
「でも、キューブリック先生に無理を言って魔法灯を作らせて貰う許可を貰ったのに」
2人はニヤリと笑う。
「キューブリック先生は錬金術クラブの顧問だ。私達から言っておくから大丈夫だ」
何が大丈夫なのか分からないよ。交渉なのに相手の調査不足だった。失敗だ。一時、撤退して出直そう。
「いえ、キューブリック先生には私から言いますわ。月曜の錬金術2の時間に。それから考えます」
ふうんとカエサルは笑う。ベンジャミンが「必要ない」とか騒いでいるのを手で制す。
「兎に角、錬金術クラブにようこそ」
先ずは部員確保を優先したようだ。私も週に3回も錬金術クラブに行く気にはならない。月に2、3度で十分でしょう。なんて呑気な事を考えていたのは、馬鹿な私です。やはり甘いのかな?