サリエス卿とその従兄弟
土曜の午前中はナシウスとヘンリーに絵を描かせたり、ダンスやハノンの練習をさせて過ごした。
「さぁ、お勉強はこれまでよ。温室の苺を見に行きましょう」
まだ実を付けるほどは大きくなっていない。少し後押しをしておこう。
「早く苺が食べたいな」ヘンリー少し待ってね。
私は薔薇の成長も促しておく。こうやって弟達と過ごしていると、本当に心が安らぐよ。
お昼も栄養たっぷりになっている。ロマノ菜のスープ、柔らかなパン、そしてハンバーグステーキ。うん、少ない肉をカサ増しできるからグレンジャー家の定番メニューになっている。
昨夜も父親から王妃様の手紙については、私を褒めていた事しか聞いてない。でも、何か謝罪の物をと言われていたのに変だよね。もしかして、リリアナ伯母様みたいに小切手が入っていたの? それは違う気がする。尋ねたいけど、ペイシェンスに聞かなくても駄目と分かる。まぁ、そのうち教えてくれるでしょう。
今日はサリエス卿が弟達に剣術指南に来てくれる。昨日、王妃様から卵やバターや砂糖などをたっぷりと貰ったから、感謝を込めてパウンドケーキをエバに焼いて貰う。それと卵サンドイッチもね。マヨネーズの作り方もエバに教えてある。
これでサリエス卿のもてなしの用意も万全だ。私は応接室で新曲を弾こう。ショパンって本当にピアノの天才だよね。さて、何にしようかな?
思い出しながら『子猫のワルツ』『英雄ポロネーズ』『マズルカ』『舟歌』『ノクターン』などを弾いてみる。メロディラインは覚えているけど、伴奏パートはかなり忘れているので、譜面を起こすには苦労しそうだ。
「お嬢様、サリエス卿とパーシバル・モラン様がいらしています」
あれ? サリエス卿だけでは無いんだ。誰か第一騎士団の友達でも連れて来たのかな? すっかり青葉祭で女学生達が騒いでいた騎士クラブの男子の事なんか忘れていたけど、顔を見て思い出した。
「ペイシェンス、こちらは私の従兄弟のパーシバル・モラン。モラン伯爵家には父の妹が嫁いだのだ。それに先代の伯爵夫人はグレンジャー家から嫁いだ方だから、再従兄弟になるな」
パーシバルは礼儀正しく礼をした。でも、いきなり訪問するのはマナー違反だよね。
「グレンジャー子爵、ペイシェンス様、申し訳ありません。サリエス卿がグレンジャー家に剣術指南に来られると聞いて一緒について来てしまいました」
「いや、サリエス卿もパーシバル様もわざわざ剣術指南に来ていただき、感謝する」
父親は礼を言うと書斎に篭る。
私はかなり驚いたけど、剣術指南が2人になってナシウスやヘンリーは喜んでいる。騎士クラブが何か問題を抱えているのは気づいているけど、私は音楽クラブだよ。関係ないんじゃ無いかな?
「それにしてもパーシバル様は綺麗な顔をしているわね」
私の好みからするとちょっとだけ成長し過ぎだけどね。私は一生懸命に剣を振っているナシウスやヘンリーがどストライクのショタだよ。
寒いから練習の見学は少しだけにして、部屋に戻って履修届けを書く。あのカスバート先生は頼りにならないから、必須科目の取り落としが無いか、選択科目の単位数も足りているか、自分で二重チェックする。やはり薬学2は空き時間になかったから、マキアス先生のお言葉に甘えて薬学1の時間に入れておく。
月曜 外交学 世界史 錬金術2 薬草学
火曜 地理 外国語 裁縫 織物
水曜 経営学 魔法陣 薬学2 刺繍2
木曜 行政 ? 習字 染色
金曜 法律 経済学 マナー2 ?
「外交学、世界史、地理は一度も授業を受けずに取るのよね。ルパート先輩のお勧めを信じるしかないわ。必須の裁縫もサボったし、薬草学も受けてない。うん、かなり行き当たりばったりだわ」
まぁそれでも決まってホッとする。
「そろそろ練習も終わる頃ね」
下に降りると弟達とサリエス卿とパーシバルが屋敷に入って来た。
「ありがとうございました」弟達が礼を言っている。
「サリエス卿、パーシバル様、ありがとうございます。お茶でも如何ですか?」
弟達も一緒に食べて欲しい気分だけど、10歳の壁は大きい。異世界では10歳までの子どもはお客様と一緒にお茶なんかしない。
にこやかにお茶を勧めるが、内心ではパーシバルが何しにやって来たのかドキドキしていた。卵サンドイッチも勧めるよ。
「おや、このサンドイッチは美味しいな」
気持ちいいほどの食べっぷりだね。子供部屋にもサンドイッチ出しているからナシウスとヘンリーも食べてね。でも、サンドイッチはあっという間にサリエス卿とパーシバルのお腹に消えた。
「ペイシェンス、ここにパーシバルを連れて来たのを不審に思っているだろう」
サリエス卿は真っ直ぐな性格だ。でもそんな直球は返事に困るよ。
「さぁ、パウンドケーキを1切れどうぞ」と話を逸らす。だって碌な話じゃなさそうなんだもん。
2人共、勧められて仕方なくパウンドケーキを1口食べる。分かるよ、異世界のケーキは砂糖ジャリジャリだからね。
「あれ、美味しい!」サリエス卿は本当に正直だね。
「さぁ、もう1切れどうぞ。それにパウンドケーキはアマリア伯母様にお土産がありますからお持ち下さい。王妃様のシェフから貰ったレシピで作らせましたの」
サリエス卿が2切れ、そしてパーシバルが1切食べると、フォークを置いた。ああ、これ以上は延ばせないね。
「ペイシェンス、今日は騎士クラブについて話したくてパーシバルを連れて来たのだ。何か騎士クラブについての噂を聞いてないか?」
サリエス卿の実直さと真剣なパーシバルの青い目に負けたよ。
「魔法クラブと乗馬クラブが騎士クラブの下位クラブ化しているとの噂を聞きましたわ。でも、私は音楽クラブですし、詳しくはありませんの」
サリエス卿が苦々しい顔をした。パーシバルはギュッと拳を握りしめて怒りを抑えている。あっ、少し萌えるよ。14歳はセーフかも。ショタの守備範囲は広いね。
「何故、ここに来られたのですか? 私は騎士クラブではないのに」
パーシバルは重い口を開く。
「エリック部長が卒業されて、ハモンド部長になってから騎士クラブがおかしくなったのだ。初めは魔法クラブが練習に参加した事だ。それは良い事に思えた。攻撃の連携にもなるし、治療もしてもらえるから」
それはそうだろうね。騎士クラブにとっては悪い事ではない。魔法クラブは迷惑だと感じる学生もいるだろうね。ブライスとかさ。
「それだけじゃないだろ。パーシバル話せよ」
乗馬クラブの件かな?
「ハモンド部長は、今年の青葉祭に初等科も出すつもりだと言うのだ。初等科の学生はまだ身体が出来てないから、参加させないと決まっているのに……キース王子におもねっているように感じる」
あっ、もしかしてそこを聞きたくて家に来たの? そんなの知らないよ。
「私はそんな事、全く知りませんわ」
でも、パーシバルは言いつのる。
「キース王子といつも昼食を一緒に食べているだろ。何か聞いていないかと思ったのだ。それとキース王子は騎士クラブについて何か話していなかったか?」
「そんな事は一言も聞いていません。私は魔法コースで魔法クラブの活動が最近変だと聞きました。それと今年入学した従兄弟のサミュエルが乗馬クラブは騎士クラブの馬の面倒まで見させられるから入部しない事にしたと聞いただけです」
それを聞いてサリエス卿が怒った。
「騎士が自分の馬の世話もしないとは何事だ! 弛んどる! よし、パーシバル。騎士達を集めるぞ。ハモンド達の根性を叩き直してやる!」
なんか大騒ぎになりそうだ。
「サリエス卿、少し落ち着きになって。音楽クラブのアルバート部長も今度の部長会議で議題に上げると言われていましたわ。卒業された方が口を出しては問題を大きくしてしまいます。学生会に任せた方が良いです」
サリエス卿は気まずそうに椅子に座り直した。さぁもう一杯とお茶を勧める。頭を冷やして貰わないとね。
「魔法クラブとの練習を変更するのは私が手を回します。変だと感じている騎士クラブメンバーも多いですから。それと乗馬クラブの件は私も知りませんでした。馬の世話は初等科がしていますから。これもクラブで話し合います。私と同じく知らないメンバーも多いと思います」
つまり問題は青葉祭だ。キース王子、去年は出たがってリチャード王子に頼んでいたもんね。ハモンド部長は知っていた筈だ。
「青葉祭の試合の件は部長の権限では無いのですか? 去年、リチャード王子がそう言っておられましたわ」
2人は黙り込んだ。そのハモンド部長がキース王子のご機嫌取りをしているのだ。
「ペイシェンスからキース王子に言う、なんてできないよな」
無理! と首を横に振る。
「リチャード王子に相談してみては如何でしょう」
名案だけど、誰がリチャード王子に言うかだ。
「誰かロマノ大学に知り合いはいないか? 私は年が離れ過ぎている」
パーシバルは腕を組んで唸っていたが、ハッと顔を上げる。
「従兄弟のミッシェルがロマノ大学の3年にいる。彼に話して貰おう」
「ミッシェル・オーエンか。奴なら私も知っている」
「ペイシェンス、ありがとう。ではな!」
「ペイシェンス様、ありがとうございます。失礼いたします」
嵐のように2人は立ち去った。伯母様へのお土産をワイヤットが慌てて渡している。うん、家に来る前に従兄弟のミッシェルとかに会いに行けば良かったんだよ。やれやれ
ペイシェンス4年履修届 春学期
月曜 外交 世界史 錬金術2 薬草学
火曜 地理 外国語 裁縫 織物
水曜 経営 魔法陣 薬学 刺繍2
木曜 行政 ? 習字 染色
金曜 法律 経済学 マナー2 ?
錬金術3