薬学って魔女っぽい
音楽クラブに入っていて良かったと思う。何故ならルパート先輩は面白い授業を教えてくれたし、なんとアルバート部長は法律と行政の2年3年の教科書をくれたのだ。
「サリバン先生だろうと法律や行政なんか面白くもないだろう。さっさと丸暗記して修了証書を貰えば良いのさ。そして空いた時間は作曲に集中するのだ」
まぁ、動機は変だけど、ありがたく頂いておく。
「サミュエルは乗馬クラブに入ったの?」
従兄弟がクラブを掛け持ちすると言ったので聞いてみる。私も掛け持ちになるかもしれないから参考までにね。
「入ろうとしたけど、1年生は馬の扱い方を学べとか言われて、その馬の中には騎士クラブの馬もいたから辞めた。あのクラブは騎士クラブの下位組織だ。もっと乗馬部として独立した活動だと思っていたからがっかりだ」
なんか何処かで聞いた事があるフレーズだ。
「そう言えば魔法クラブも騎士クラブの下請けだとの悪口を聞いたわ。騎士クラブって凄いのね」
私達の会話にアルバート部長が口を挟む。
「騎士クラブは騎士団の予備軍だからな。あれは学園のクラブ活動とは言えないのではないか? 学生会の部長会議で今度議論に上げよう。リチャード王子が学生会長の時は、乗馬クラブに騎士クラブの馬の世話などさせていなかった筈だ」
音楽クラブの男子メンバーは、近頃の騎士クラブのやり方に文句を言う。女子はあまり関わりが無いので「そうなの?」って感じだ。
乗馬クラブにサミュエル達を誘ったダニエルも怒っていた。
「乗馬クラブの馬の面倒を見るのは当然だと思いますが、騎士クラブの馬の面倒は騎士クラブで見るべきです。それすら守らないのはおかしい」
エリック部長が卒業して、誰が部長になったのかも知らないけど、騎士クラブが勢力を伸ばしているのは確かみたい。
「そんな話は後にして、何か弾きましょう」
マーガレット王女の言葉で、騎士クラブの悪口タイムは終わった。でも、私はキース王子やラルフやヒューゴも騎士クラブなのだと心配になった。何か変なことが起こっているのでは無いか、嫌な予感で胸がザワザワしたのだ。
金曜は1時間目のサリバン先生の法律だけど、パターソン先生の1回目を受けているから、薬学の授業を一度受けてみる。薬草学と薬学には興味があるけど、一度も受けずに履修届を出すのは怖いからね。
やはり魔法使いコースの雰囲気は朝から怪しい。その中でも薬学の教室はヤバいよ。これは私が前世で空想していた魔女の部屋に近いね。それと錬金術師の実験室を足して2で割った感じだ。
ある意味で料理実習室に似ているが、何故か暗幕が引いてあり暗いんだよ。雰囲気が怪しすぎる。
「えっ、ペイシェンス。薬学まで取るのか?」
ベンジャミンとブライス、そしてアンドリューに驚かれた。
「いっそ魔法使いコースに変更したらどうだ?」
ベンジャミンの言葉に頭が痛くなるよ。
「私も手を広げ過ぎかと悩みましたが、こうなったら興味があるものはじゃんじゃん手を出すしか無いと割り切りました」
3人に呆れられたよ。
「まぁ、ペイシェンスは必須科目の修了証書をほぼ貰っているから、好きな事をすれば良いさ。隣に座れよ」
この薬学の教室でも窓側の後ろの席なんだね。同じテーブルの横に座った。
「私は魔法使いコースでは無いので質問しますが、薬草学も取った方が良いのですか?」
「えっ、薬草学も取るのか? まぁ、薬学と薬草学はセットだから、両方取る方が良いけど、薬草学は土の魔法が有利だと聞くぞ。薬学は水が有利だと言われているが、私は火だけだからな。要はやる気の問題だ」
なんて話しているうちに先生が教室に来た。でも、この先生って魔女っぽいよ。
「おや、今年も薬学を学ぼうなんて奇特な学生がいたんだね。私はガリア・マキアス。春学期は薬学の基礎中の基礎、回復薬を学ぶよ。これが出来ない学生は薬学に向いてないから、サッサと辞めて他の科目を選択しな」
話し方も魔女っぽいマキアス先生は年齢不詳だ。白髪混じりの黒髪を無造作に後ろで括っている。肌とかよく見ると若いのかもしれないが、全体の印象は魔女のお婆さんだ。
「ほら、教科書を開きな! 無い? グズだね。サッサと取りに来るんだよ」
皆んな呆気に取られている。私はなんだかおかしくて笑いを堪えるのに必死だ。
薬学は有りだな! 折角、異世界に来たんだもの。回復薬とか異世界につきものじゃない。
「ほら、サッサと教科書を読んで、下級回復薬を作るよ。作り方が分かったら、材料を取りに来な」
教科書の始めに下級回復薬の作り方が書いてあった。
「鍋に薬草と倍量の水を入れて火にかける。としか書いてないが、薬草を綺麗に洗っておく事。鍋も綺麗に洗っておく事。そして水も浄化させておく事が大事だよ。教科書通りにしたら、失敗するからね」
この教科書、駄目じゃん。なんて思ったら、続きがあった。
「教科書には、薬学を学ぶ学生なら当然知っている事は書いて無いのさ。お前らはまだひよっこだから、一々教えてやるが、2年生になったら、自分で読んで作るんだよ。失敗から学ぶのも大切なのさ」
私は料理は得意だ。なのでレシピがあるなら作れる。
「マキアス先生、材料を下さい」
私をチロッと見て、薬草を渡してくれた。
「まぁ、やってみな」
やってみよう。料理実習室に近い中テーブルには水の魔道具とコンロの魔道具が設置してある。
先ずは水の魔道具の魔石に手を当てて、水を出して、蓬に似た薬草とテーブルの下から出した小鍋を丁寧に洗う。そして「綺麗になれ!」と生活魔法も掛けておく。
テーブルの下には量りもあったので、薬草を量る。そして倍の重さの水を小鍋に入れて「綺麗になれ!」と浄化しておく。後は薬草を入れてコンロの魔石に手を当てて煮るだけだ。
「マキアス先生、どのくらい煮れば良いのですか?」
「良い質問だね。半分まで煮れば良いさ。これも教科書には書いてないね。覚えておくんだよ。私は同じ質問には2回も答えないからね」
全員が手を止めて、教科書に書き込んだ。
「半分に煮詰まったわ。これで回復薬になっているのかしら?」
私がクビを傾げていると、マキアス先生がやってきた。
「できたのかい? なら、漉して瓶に詰めるんだよ。漉し器も瓶も浄化するのを忘れてはいけないよ」
漉し器はテーブルの下にあった。洗って「綺麗になれ!」と浄化しておく。瓶は教台の後ろの箱に入れてあった。何本か持ってきて、それも洗ってから「綺麗になれ!」と浄化する。
「あっ、漉し器から移す鍋も綺麗にしておかないと」
私がバタバタしている横でマキアス先生は「フン」と鼻を鳴らした。
「手順が悪いよ」と叱られたよ。
やっと漉して、それを瓶に3本詰めた。
「1本飲んでみな」
薄緑色の液体は青汁っぽい味がした。あれっ、何となく元気になった気がする。
「まぁ、合格だね。次からは上級回復薬を作るんだね。その2本はどうするかい? 持って帰って常備薬にしても良いし、騎士コースに売っても良いんだよ」
「えっ、授業で作った下級回復薬が売れるんですか?」
驚いたよ。こんな所に内職が落ちていたなんて。
「お前さんのだけだよ。他の連中のは売り物になんかならないさ。生活魔法を極めれば、何だってできるとジェファーソン先生が大層な事を言っていたが、満更、年寄りの嘘じゃ無さそうだね。あんた魔法使いコースじゃないみたいだけど、道を間違っているよ」
初めて作った下級回復薬は家の常備薬にする事に決めた。半年ぐらいもつそうだし、初期の風邪ぐらいなら効くと聞いたからだ。風邪は万病の元だもの。ペイシェンスも肺炎になって死んだからね。
「あっ、でも薬学2を取れるかしら?」
合格は嬉しいけど、時間割が複雑になっている。秋学期まで薬学2は待つしか無いのかも。
「ふん、どうせお前さんは飛び級や修了証書を取りまくるんだろう。薬学1の時間でも良いさ。私は合格した学生にいつまでも下級回復薬を作らせるなんて時間の無駄だと思っているからね」
魔女っぽいマキアス先生だけど、同じ授業時間中に薬学2をしても良いなんて、優しいのかな? なんて考えていたら、ニヤリと笑っている。ゾクゾクッとしたよ。