08 近代史上の光ノ国
奨学生はほぼ平民で、たまに下位貴族の第二子みたいに家督を継げない、官吏希望の生徒も混じっている。
彼らは定期試験で上位の成績を残すことが必須で、わたしみたいに結果も出さずにただ在籍して勉強してるわけではない。なので図書室で勉強している邪魔をするのは大変申し訳ないのだけど、どうしてもノートは見せてもらいたかった。
受けられなかった授業は大陸史で、ちょうど光ノ国との国交のあたりだったはずなの。
さっきのアーシェルに、光ノ国が滅びた、なんて言われたから余計に気になって仕方ない。
無理を言ってお願いして、その場でノートを写させてもらった。真剣に勉強している奨学生のすごくわかりやすいノートは、参考になるわ。
勉強会とかに混ぜてもらえれば楽しそうなんだけど、平均点しか取れないわたしは邪魔になってしまうわね。
授業で出たという参考文献も教えてもらい、そこの書架に向かう。授業でやったばかりのところだから、殆どが貸出中だったけれど、関連の本を司書さんに聞いたら教えてもらえた。
何人かいる図書室の司書さんとは全員顔見知りなの。わたしも暇があれば図書室に入り浸ってるので。他に居場所がないっていうのもあるんだけど。
でも最近は図書室に来る時間もどんどん削られてきてるのよね。課外授業が増えてるの。王宮マナーとか、ダンスとか。聖女にダンスが必要なのかはわからないけど、敢えて突っ込まないで大人しく受けている。マナーもダンスも前世とは微妙に違うから、記憶は役に立たないのよね。残念。
課外授業も含めて、王宮でわたしに勝手にかけた費用は聖女として働いて返せとか言われそう。仕方ないとは思うんだけど、何度も言うけど望んできたわけじゃないんだからね。モトは聖女のおつとめで返すつもりなので利息とかつけないで気長に待ってもらいたいところよ。
司書さんに出してもらった本を、テラス席に座ってぱらぱらとめくる。
光ノ国はほぼ外の国とやりとりがない。住民も結界の外に出ないから、隣の国なのにわからないことが多い。わたしの前世の知識の方がここにある本より詳しいわ。でも、証明のしようがないのよね。
わたしですら、わたしの記憶が前世のものだって、確信できるのが何故だかわからないもの。
光ノ国に関する近代史の本で確かめる限り、結界が綻びた様子はない。ということは聖女がいて、結界が維持されている。やっぱり光ノ国は滅びていないじゃない。
ええと、あのアーシェル、だったっけ。
名前は聞いたことある気がするんだけど、国王陛下とそっくりのお顔がインパクト強すぎて、他のことが全部飛んじゃったのよ。
ぼうっとしながら本をめくり、聖女の記載にふと目を止める。
──光ノ国の聖女は、本来なら夜ノ国で生まれるべきものである。何故なら魔力は夜ノ国の民にのみ与えられるものだからである。
いやいや普通に聖女いましたよ。魔力の強弱があったり、結界しか張れないけど、数人は常にいたから。確かに魔法使いはいなかったな。むしろ魔法は魔獣を呼び込むものとして、忌避されていた。
うん、わからん。
本の内容が正しいかとかも、検証できないんだもの。アーシェルの言ったことを考えても無駄。なんだか気にはなるけど。
そういえば、アーシェル、という名前。
前世でわたしに婚約破棄を突きつけたあの坊ちゃん、そんな名前じゃなかったかしら。
婚約者といいながら親交を深めたこともなかったし、名前で呼ぶこともなかったから忘れていたけれど。
あらそんなことを考えれば、今の状況と似ているわね。
聖女のわたし、あんまり交流のない仮初婚約者の国王陛下、わたしは国王陛下の名前を呼んだこともない。
これは前世に倣うと婚約破棄も近いんじゃないかしら。
数日後、先のご令嬢方に呼び出されて、宮廷魔法使いの立ち合いのもと外れない指輪を見せたところ、魔法使いは腰を抜かして『国王陛下の魔法に手を加えることなど畏れ多くてできません』と言われてしまった。
えええ……。
令嬢方は外れない指輪に宮廷魔法使い同様にビビってしまって、わたしは指ごと切り落とされるなんて無体を働かれることはなかった。よかった。
あれから令嬢方はわたしとすれ違っても話しかけてこなくなってしまった。
毎回お作法がーとか成績がーとか国王陛下には似合わないから婚約者を辞退しなさいとか、嫌味を言われていたけど、よく考えたらぼっちのわたしに構ってくれていたのは令嬢方だけだったのよ。嫌味だけで実害はなかったし。
誰にも話しかけられない学校生活も寂しいものね。早く田舎に帰りたいわー。
まあ、田舎に帰ったところで友達とかいなかったんだけどね。考えれば考えるほど、あまりにぼっち。さみしー。