03 誕生日なのになあ
「聖女の務めを果たしもしない其方とは、婚約を破棄する」
言われた言葉にムカつきすぎて、言い返すのを忘れてしまった。
誰が務めを果たしてないって?
こっちは過労死寸前よ!
そっちこそ浮気を誤魔化すために婚約破棄をわたしの有責にしたいだけじゃない。
……ムカっとしたまま目が覚めたので、なんだか気分が悪い。夢見が悪かったけど、まさか正夢じゃないでしょうね。夢なんだったら我慢せずに、言い返してやればよかった。
深呼吸して、身体を起こす。北向きの窓からはあまりお天気がわからない。とりあえず朝。
聖女だと言われて訳のわからないまま、田舎から王都に連れてこられたわたしソニア、今日が十七歳の誕生日です。誕生日なのにやな夢を見てしまったわ。多分前世の記憶よね。なんだかまだムカムカするわ。
夢の中でわたしに婚約破棄を突きつけたクソ野郎はとっくの昔にくたばっているはずなので、今更怒りの持って行き場がない。
初級学校で一般教養を学んで、前世のわたしが死んでから五十年以上が経っていることがわかった。光ノ国と暦が同じなら、だけれど。光ノ国のことはここ夜ノ国にはあまり伝わってこない。多分結界に閉じこもっているから国交もないんだわ。
今は上級学校に通っている。もちろんわたしが払えるわけないので、学費は国が負担してくれている。わたしは田舎に帰りたかったのに、ほんと聖女って肩書は自由がきかない。あと一年半、上級学校に通わないといけないんだって。
成績がよければ飛び級して卒業できるそうだけど、わたしは知ってるの。飛び級するほど優れた聖女は絶対に王都から出られない。だから勉強は適当に、落第しない程度にやっている。
魔法もね、適当に手を抜いている。
夜ノ国の聖女の役割は、癒しの力。『悪いものを除く』力が聖女の適性らしく、病も怪我も『悪いもの』だから、身体から祓うことができるのだそうだ。なんてことを理解するのが面倒だったので、治療の対象者の内側に結界を張る感じでやってみたら、なんだかうまくいった。だから結局聖女の力って、基本は光ノ国の結界と同じものだと思う。要は悪いものを弾けばいいんでしょ。
でもこんなこと真面目にやっていたらそれこそ田舎に帰れなくなるのがわかっているから、難しい治療とかは無理ですできないですって誤魔化している。わたしは出来損ないの聖女なの。早く諦めて解放して欲しいわ。
だって、王都の学校って、ほんと面倒なんだもの。
初級学校の頃はそれでもまだ、子どもが皆通うものだから、貴族も平民もあんまり区別はなかったんだけど。それでも王都に住むのは平民でも裕福なお家の子が多いから、全部国費で賄ってもらってるわたしみたいな田舎者には通いづらい所だったんだけどね。
上級学校に通うのはほぼほぼお貴族様のご令息にご令嬢。平民ならかなり裕福なお家のお子か、めちゃくちゃ勉強ができる奨学生よ。わたしみたいな田舎の平民の、中途半端ななんちゃって聖女には風当たりがきついったら。しかも田舎者を見つけたら嫌がらせは陰湿でね。暇かよって。
だからといって聖女として功績をあげて上流階級になりたいわけでもなく、うっかりいい成績を残したりしたら王都に捕まっちゃうから適当にやり過ごすしかない。あと一年半我慢したら、田舎に帰って神殿ででも雇ってもらって、指のささくれを治す聖女としてやっていきたいと思っているの。
我慢よ。あと一年半。
などと考えながら身支度をする。せっかくのお休みの日、朝からダラダラできる……わけもなく、クリーニングから戻ってきた制服に袖を通す。
制服は良いよね。どこに着ていってもフォーマルウェア。鏡の前で身なりを整えて、頭の後ろで一本に編んだ三つ編みをくるくるまとめておだんごにして、少し悩んでから藍色のリボンで飾った。誕生日にともらったリボンだから、今日使わないと多分また面倒なことになる。勝手に送りつけられて来たのに、気を遣わないといけないのも面倒だわ。こんなリボンより、お母さんのイチゴのパイが食べたいよう。誕生日には朝からバターの香りがして、ワクワクしたなあ。
鏡の中のありふれた薄い茶色の髪はあまり手入れしていないから、所々コシのないチョロ毛が飛び出してるけど、気にしたら負けよね。そろそろ日差しが強くなってきたからそばかすも目立ってきている。うん、これも仕様。高価な白粉なんて持っていないし、そんなところは見られてないから大丈夫。もし、もしもよ? お化粧映えして美人に見られてしまったら、聖女の力云々は置いといて、別の理由でやっぱり王都に捕まってしまうかもしれないじゃない。だから自分磨きもしないの。地味が一番。
手紙を魔法媒体に翳すと、ぱたぱたと空中で鳥の形に折りあげられて、その翼で飛んでいった。便利な魔法だわ。これで準備ができたお知らせ完了。寮のエントランスに着くと、ちょうど迎えの馬車が角を曲がってきたところ。
「こんにちは。よろしくお願いします」
いつもの御者さんに挨拶して、王家の紋がついた馬車に乗り込む。相変わらずいい座り心地。馬車はあまり好きじゃないけど、これならギリギリ我慢できるわ。
さて、王様とのお茶会に参りますか。
ああ、気が重いわあ。