S博士の研究結果
S博士はお金持ちである。
数々の特許を獲得し、歴史に名を残す天才発明家だった。
その結果、生み出された特許使用料金だけで、ニューヨークの1ブロックを買収できる富豪になったのだ。
専用のジェット機や離陸路を所有し、彼が動けば街全体の株価が上昇するとさえ言われた。
だが、妻が死んでしまうと同時に、S博士は持っている資財を売却し始めた。
会社や持ち家に限らず、特許所有権、車、美術品、借用書に至るまで全てを手放してしまう。
そして助手のKと、買っておいた廃村の小屋に二人で引っ越したのだった。
食事はパンとスープ、それにチーズが少々といった生活ぶり。
ごちそうといえば、偶に腐ったワインを飲む程度。
屋根からは雨水が、たれ落ちてくるが修理する様な余裕はなかった。
全ての財産を投入し、たった一つの研究に二人は何年も打ち込んだのである。
10年後、一通の手紙が届くと、S博士は部屋から出てこなくなってしまった。
心配したKは、彼の元を尋ねた。
「どうしたのですか、博士」
「Kか。それは……いや、なんでもない」
「そうはいきません。もう、貴方とは何年も苦楽を共にしているのです。今更、悩みの一つや二つ、打ち明けられないなんて無しにしましょう」
「そうか、そうだったな」
S博士は大きく頷き、例の手紙を取り出した。
「私が今までやってきた研究結果の報告をして欲しいと、裁判所から通達が来ているのだよ」
「もう少しで完成するという、あれですか」
「ああ、そうだ。だからこそ私はここを離れたくはない。何としても研究を続けたい。だが、国からの命令なので断れそうもないのだ」
Kは真剣に悩んだ末、一つの提案をした。
「それでしたら、私が行くというのはどうでしょうか」
「どういう事だ?」
「私が博士になりすまし、その報告会に顔を出します。私も博士と同じ事をしてきましたので、説明するぐらいなら出来ます」
「なるほど、入れ替わるのか。幸い、Kとは体格も似ているしな」
「毎日、同じ事をして、同じ物を食べているのですから当たり前でしょう」
「そういえば、トイレに行くタイミングも似てきたな」
「はい、一心同体で頑張ってきましたから、そんな所まで似てしまったのですね」
二人は笑った。
そして、まずは着ている服を交換し、次に髪型も変えた。
「それでは行ってきます。博士はご研究に勤しんでください」
「ありがとう」
外見は瓜二つとなったKは、S博士のふりをして研究結果を報告しに行ったのである。
久しぶりに酔って口が軽くなったS博士は、これまでの事をバーテンと話していた。
「しかし、気になることが一つありますね」
「何がですか?」
「S博士、貴方はそんな大金を使ってまで、一体何の研究をしていたのですかい?」
「私は研究なんてしていませんよ」
「していない? でしたらKさんと、10年間も何をしていたというのです?」
「私と全く同じ行動を、何年もして貰う事が目的だったんです。それだけのために、貧乏な生活に我慢してきたんですから」
「何故?」
「私は、どうしても外見がそっくりの人間が欲しかったんです。防犯カメラに写っても、見間違えられるぐらいに。……今頃、妻を殺した罪で刑務所にいるKも、そう感じている事でしょう」
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