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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第六章 迷い子の帰還
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第14話 決戦の舞台裏



 人類種連合軍から離れた八人は、魔王領バアルを慎重に進み、今はまばらに岩の転がる丘にいた。高所は景色がよく見えて気分が良い。

 これまでに五日をかけて敵地を踏破して、どうにか一人も離脱者を出さずに済んだのは実力があっての事だが、運を味方に付けられたのが大きい。

 道中は無人の荒野というわけではなく、日に数度は巡回するオークやゴブリンから身を隠した。避けられぬ時には、音も無しに亜人を殺害して事なきを得た。

 これが人族であったら、交代の時間になっても姿を現さない同僚を不審に思うが、知性と秩序に欠ける亜人なら、どうせ怠けていると思われて放っておかれる。

 そういう意味ではゴブリンなど巡回も出来ない種族なのだが、わざわざ魔人が見回りをするのは数が足りないし、直接的に戦う方が効率が良い。

 結果、優れた斥候技能を持つ集団は、警戒はしてもある程度安全の保障された行軍により、魔人王の居城を視界に納める距離にまで接近していた。

 その八人は火を焚かないよう、保存用のパンと干し肉で腹ごしらえをしながら、丘の対面に鎮座する、小さな丘の上に築かれた白亜の城を観察する。


「どんな醜悪な城かと思ったら、魔王ってのは案外、人と美観が変わらんらしい」


「想像よりだいぶ小さいが、中々に作り込まれた良い城だの。まあ、戦うための城ではないようだが」


 バグナスの拍子抜けした感想に、ギーリンが城の造詣に深いドワーフとして一言付け加えた。

 眼前の城は一面大理石で築かれており、屋根が丸いドーム状の型式を除けば、人族が築くような城と大差が無い。

 城を囲むような外壁は無く、代わりに水堀があるだけ。二階のテラスには緑の生い茂る庭園が設けてある。

 ギーリンの言う通り攻城戦を想定した造りでもない。大きさも中規模で、どちらかと言えば王の居城というより、避暑地の離宮のような城に見える。

 こうした攻城戦を考慮しない造りは、魔人族にはさして珍しくない。彼等にとって己自身の強さこそ最も信頼出来る拠り所だ。堅牢な城で過ごしたところで安寧は得られない。

 城は強さと権威の象徴にあらず。人族のように下位の魔人や亜人を従えるような心理的効果は無い。

 だからあの白い城は純粋に住みやすい住居として建てられたのだろう。


「問題はあの城に魔人王がちゃんと居るかどうかだよ。ここまで来て留守は、ちょっとガッカリするさね」


 カナリアが外見上最年長者として、これまでの行軍で酷使した腰を叩いて、起こりうる可能性を指摘する。

 一大決戦と勇んで城に行っても、肝心の魔王が居なかったら拍子抜けどころの話ではない。

 一応ここに来るまでに、第三軍を迎撃に向かう魔人の軍勢とすれ違い、そこに魔人王アーリマが居ない事は確認した。

 別の場所に出かけていたら、もうどうしようもない。そうなったら最悪、城だけ完膚なきまでに破壊して、魔王城を落とした事実を掲げて人類種の士気を上げる次善策に切り替えるよう、第三軍長ミューゼルに命じられていた。


「神官殿の指摘は杞憂ですな。拙者には、あの城から魔王の息遣いが感じ取れます」


「シングの直感を疑うわけじゃないけどホントに?」


 レヴィアが半信半疑とばかりに、リーダーの厳つい竜頭を覗き込む。

 頭ごなしに否定しないのは、ここの一党がシングの直感に危機を脱した事があるからだ。卓越した戦士の勘は笑って流せるほど軽くは無い。

 それに一党は一度アーリマと交戦経験があり、シングはその時に瀕死になりながらも、魔王に傷を負わせた。何かを感じ取っている可能性はある。

 いずれにせよ、城に乗り込まねば始まらない。エアレンドは城に魔王が居ると仮定して、仲間と共にこれからの段取りを決めていく。



 一時間後、段取りと準備を終えた八人は二班に別れた。

 外に留まって陽動を仕掛けるのがエアレンド、グロース、フェンデルの三人。城に潜入して魔王の首を獲るのはシング達五人の担当だ。

 城の規模からすると、さして多くの魔人は残っていないだろうが、それでも魔王と戦うまでは出来る限り戦闘は減らしたい。よって三人が外で騒いで、留守を守る者の注意を引き付けねばならない。


「さて、我々も出来る事をやろうか」


「信頼して任された以上は報いよう」


「共に勝利と栄光を!」


 三人のエルフはそれぞれの拳を合わせて武運を願う。

 手始めに周囲に居る草木の精霊に頼み、背丈が五倍程度の木人形を一体作り出す。

 一体しか作らないのは、この辺りは魔人の領域ゆえに精霊がかなり少なく、三人がかりで協力してやっとだから。

 さらに作った木人形の手に人の頭ほどの石を持たせて、城目がけて石を投げた。

 石は遠く離れた城の壁に当たって跳ね返って、ゴロゴロと転がる。


「流石に魔人王の城となると石程度ではビクともしないか」


「どうせ私達は陽動だ。嫌がらせ程度でも、こちらに注意を向けさせれば十分さ」


「周囲の警戒は私がやっておくから、どんどんやってくれ」


 弓を構えたエアレンドが周囲を警戒して、二人は木人形に命じて嫌がらせのような投石を続けた。

 投石が十を数えた頃、城で大きな動きがあった。

 城から数百は居ると思われる、黒くヌラヌラした毛並みの魔犬ガルムと共に現れた、三つ首のケルベロスに跨った烏賊面の魔人が三人を睨みつける。


「貴様らか!!魔王様のおわす城に石を投げる不届き者がっ!今更命乞いしても、このタルヴィードが絶対に許さんぞ!!」


 魔人の怒声が三人の耳にまで届いた。エアレンド達にとって狙い通りの展開になったが、アレが居残りの全軍かどうかは怪しい。

 もう少しつついて増援がいるかどうか確かめるために、さらに石を二つ三つ投げて、庭園と林立する像の一部を壊した。

 無視された挙句に大事な城を壊されたタルヴィードは怒り心頭だ。もはや言葉は無用と悟り、統率の取れた魔犬軍団を突撃させる。

 数百匹のガルムを見ても三人は慌てたりしない。投石機としての役目を終えた木人形に火を付けて突撃させて、手当たり次第にガルムを蹴り飛ばし、燃やして怯ませた。

 それでも単なる薪が動いているだけでは魔犬を数頭倒すのが精々だったが、人形はあくまで時間稼ぎと目くらましに過ぎない。隙を晒した犬の頭に矢が刺さり、二十頭近くが即死した。

 さらに地面から草が伸びて動きを止め、半分以上体の燃えた木人形が倒れたため、運の悪いガルム十頭以上が下敷きになって圧死した。

 何もしないうちに一割が死に、不甲斐ない猟犬を罵倒したタルヴィードが一瞬目を離せば、既にエルフ三人は忽然と姿を消していた。

 次の瞬間、石の杭が地面から生えて、何頭ものガルムの腹を突き破った。さながら百舌鳥の餌のような串刺しだ。

 また別のガルムは唐突に平原が沼地に代わり、パニックを起こして何も出来ないまま沈んだ。


「臆病者のエルフめ!姿を見せて堂々と戦え!!」


 タルヴィードの言葉に従ったのか、彼の騎乗するケルベロスの首三つを、三人が同時に矢で射抜く。

 即死したケルベロスの上に乗る烏賊魔人に、嘲りにも似た笑みを向ければ、触手を震わせて自ら突撃を敢行した。

 ここで突然エアレンド達の姿が消え、暫くするとそれぞれ離れた場所から現れて、ガルムを次々殺してはまた消えてしまう。

 度重なる撹乱に心を乱されたタルヴィードは体色が真っ赤に変わり、地団駄を踏んだところで状況は好転しない。

 戦場で大きな隙を作れば、次に来るのは敵の無慈悲な攻撃しかない。触手や胴体に矢が何本も突き刺さって、青い血を流した。

 そして魔王城の方から轟音が鳴り響き、何故か地中から空に向かって太い光の柱が登っていき、光から巨大な球体が生まれて消える、不思議な光景が見えた。


「あれは!?まさかこいつらは陽動で、敵は既に魔王様の所に!!」


 一瞬で血の気が引いたタルヴィードは矢を全て引き抜いて、突然姿を消してしまった。

 エアレンド達は空の光珠に気を取られ、魔人が消えても再度思考を巡らせるのに数秒を擁する下手を打った。

 あんな魔人でも魔王の元に居たら戦友達の邪魔になる。この場で確実に殺さないといけない。

 三人は急いで魔人の居た場所に行き、邪魔なガルムを殺しつつ何かしらの足跡を探す。

 幸い烏賊魔人は出血が酷く、血を辿れば捕捉は容易い。おまけにここは平原で、歩けば草も倒れるから、エルフにとって見えているのも同然だ。

 グロースは弓の弦を引き絞り、血痕と城の方角に倒れる草の先、魔人の背に矢の狙いを定めた。

 限界まで力を溜めた指から矢が放たれ、風に乗り、見えずとも鏃が魔人の背を貫いた感触を得た。

 魔人がどれだけ強くとも、戦場で背を向ければただの的にしかならない。彼なりに魔王への忠節はあったのだろうが、今回はそれが裏目に出たと言うべきか。

 ともあれ敵は減らした。後は時折、城の地下から昇る光を警戒して、魔犬どもを確実に減らしていけば良い。爆音や地震が度々起こっているのも気になるが今はそちらに気を回している余裕はない。

 それに三人は周囲で威嚇するガルムの唸り声以外に、音が増え続けるのを察知した。

 周りを見渡せば城のある西以外の北、南、東の三方を囲むように亜人が展開している。


「ふん!タルヴィードは討たれたようだな!」


「仕方あるまい。奴は海魔四天王の中でも最も格下!!」


「たかがエルフにやられるとは魔人の面汚しよ!」


 亜人の先頭に立つ三人の魔人らしき者がたった今討ったタルヴィードの死体を見て、何か格好をつけている。

 蛸っぽい顔と何本もの触手をうねうねしている魔人、ヒトデのような触手を持つ魔人、何かよく分からない太いミミズのような頭の魔人だ。


「あれも一応魔人でいいのか?」


「海魔って言ってるから、あのミミズみたいなのは海鼠や雨虎なのかな」


「亜人を率いているから敵だ。二人とも油断しないように」


 内陸で見かけるのは珍しい海洋系魔人の姿に、気の緩んだ二人をエアレンドが締め直す。

 魔人を一人討ったとはいえ、残り二百頭のガルムに、ざっと三百は居るトロルやオークと三人の魔人が追加された。

 依然として多勢に無勢は変わらない。しかし彼等は逃げる素振りや怯えた様子を見せない。ここで足止めしなければ、大切な戦友達の邪魔になる。例え命を落とそうとも、ここを譲るつもりは欠片も無かった。

 三人はこの場所を死地と定めて矢を番えた。



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