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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第六章 迷い子の帰還
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第11話 若き英雄



 小雨の上がった戦場をカナリアはグロースとフェンデルを伴ってふらふらと歩いている。

 傍から見れば年老いて呆けた老婆を心配して、孫二人が付き添っているようにしか見えない。

 もちろんそんな事は無く、カナリアは生存者を探し、死んでいた場合は神官として簡単な弔いの祈りを捧げている。こうしておかないと、未練を残した死者の魂が不死者として起き上がり彷徨ってしまうので、疎かにするのはとても困る。

 後はエルフの二人が土の精霊に頼んで地面に穴を空けてもらい、そこに亡骸を入れて土を被せた。本当はもっと埋葬に手を掛けたいが戦場でそこまでする余裕はない。

 生き残った人類種連合軍の戦士達はこのまま勢いを駆って、魔人が支配する領域に進軍する手筈になっていた。

 連合軍の指導部はそれぞれの種族の王達を選出して、方針を立て、それぞれ調整や問題の仲裁を行っている。寄り合い所帯の連合軍には色々としがらみもあって、中々苦労が絶えないと噂を聞く。

 さもありなん。元より異なる価値観や文化形態を成す多くの種族を一つに纏めているのだ。問題の十や二十は余裕で出てくる。

 個人主義者の多い獣人族は個々の技能は優れているが集団の統制には向かず、士気は高くとも比較的緩い繋がりを保って纏まっているに過ぎない。

 かと言って集団を作る人族とて、諸王はそれぞれの猜疑心から後ろを気にして、総力戦を仕掛けるまでは至らない。魔人族から仕掛けられた戦でもあり、自衛の戦い以上の金や人を出し惜しみしている臭いも感じられる。ただし、軍に参加している兵の主力は人族が担っているので、発言力はそれなりにある。

 ドワーフは戦に意欲的ではあるが、彼等は人族以上に頑固で自分達だけで戦おうとして軍勢を組織している。もちろんギーリンのように、自ら他種族に混じって上手くやっている者も多いが、どちらかといえば少数派に数えられた。しかし連合軍で用いる武具の半分はドワーフが無償て提供したので、義理は果たしていると言えよう。

 そしてこの戦いに最も意義を見出し、戦いを主導するのがエルフ族だ。エルフにとって魔人族は不倶戴天の仇敵のようなもので、不死の魔人王アーリマの掲げる世界制覇の野望を挫くために、一騎当千の戦士達を各地に送り出して華々しい活躍を挙げている。

 若いエアレンド達もそんな同族の武勇伝を聞きつけて、ならば我々も、と無理を言って魔人との戦いに参加した。

 結果は散々なものだったが、それでも仲間に助けられて緒戦をどうにか生き延び、貴重な経験を得られた。戦士の多くが初陣で命を散らす事を思えば、武運は強い方だろう。

 今もまた祈りを済ませた若い人族の戦士の遺体を一人埋めた。自らもこうなっていたかもしれないと思うと身震いしてしまう。

 三人は戦場を巡り、一通りの埋葬を済ませた所で、フェンデルが戦士達が固まって遠巻きに何かを眺めているのに気付いた。


「何かありましたか?」


「あー、クソ外道の魔導師がいつもの病気になったのさ」


 グロースは牛人戦士の返事に既知感を感じて、彼の視線の先を追う。そこには昨日見た男の姿があった。


「あれはバグナスか」


「何だろう……肉を切り分けているように見える」


 種族的に視力の良いグロース達には、バグナスが何かの肉を切り分けて壺に押し込んでいる様子に見えた。

 フェンデルは嫌な想像が頭をよぎる。こんな戦場で狩りの動物を腑分けしている事はあるまい。何の肉を切り分けているか、大体の想像が出来てしまった。


「神官の婆さまの仲間なんだろ?ちょっと言って目立たない所でやるように言ってくれねえか」


 強面の猿人戦士がカナリアに頼む。厳つい顔に似合わない穏当で紳士的な対応だった。

 仲間の事もあり、頼まれた以上は応えねばならないので、三人は万遍の笑みを浮かべて肉の解体作業をしているバグナスの元へ行き、カナリアが水筒の水を彼の頭にぶっかけた。

 バグナスの手が止まり、至福の時の邪魔をされて笑顔から怒りに表情が変わっても、振り向いた先にカナリアの皺だらけの顔が見えて、ちょっとバツが悪そうに目を逸らした。


「バグナスや、前にも人目のある所でそれはやっちゃだめと言ったわよね。約束をもう忘れちまったのかい?」


「いや、これはだな……鮮度が命だから手早く処置しないとと思って………分かった、悪かったよ!!」


 先程の悪の魔導師然とした不気味さをすっかり投げ捨てて老婆に謝る姿は、悪戯を咎められて必死に怒りを鎮めようとしている悪ガキにしか見えなかった。

 すっかり毒気が抜けてしまった場で、フェンデルが恐る恐る腑分けされて、内臓及び眼球や脳を取り除かれた肉の残骸を見ると、所々に特徴的なヒレがあった。

 見覚えがあるヒレの付いた肉は、間違いなく自分やグロースを倒した魔人だったモノのなれの果て、という事になる。

 つまりあの魔導師は独力で自分達を容易く倒した魔人を討ち取ったのだ。


「どうした駆け出しエルフ、そいつに興味を持ったのか?」


「えっ、いや、なぜ魔人の肉を切り取っているのかと思って……」


「おー!それはだな、こいつら魔人の臓腑や神経は質の良い魔道具の材料になるんだよ。特に俺が研究している生体兵器の命令伝達系に使用すると、明らかに反応速度が速くなったり、複雑な命令も理解する判断力が高まってな。他にもゴーレムの動力炉なんかに使う珠玉は、こいつらの心臓を加工したモノにすると、魔人が固有に持つ念動力や魔法に近い能力を発現させる事も分かってるんだ!いやー魔人ってのは結構利用価値のある良い生物だぜ!!」


 相手が興味を持ったと思って、バグナスは大喜びで自分のやっている事をまくし立てて、勢い余って切り取った魔人の脳や心臓を見せつける様には、少し尊敬してたグロース達も呆れ返った。

 彼は戦友に囲まれていても、理解者には恵まれていないと二人は察した。


「いい加減およしなさい、バグナスッ!」


「分かった、分かった!そんなに怒るなよ」


 カナリアに怒られて渋々臓器を壺に戻して、壺も全て羽織ったマントの中に放り込んだ。

 取る物を取り終えた魔人アンタレスの死体は、流石に敵とはいえ皆が気の毒に思い、略式ながら手順を踏んで葬られた。

 こうして戦場での簡単な葬儀を済ませていると、エアレンドやギーリンと合流した。

 エルフの三人は互いに初戦を生き延びた事を喜び、同時にギーリンやカナリアに助けられて生き残れたと知って、それぞれ礼を述べるが、二人は戦友を救うのは当たり前の事だと言って、礼を受け取らなかった。

 さらにシングとレヴィアの負傷コンビもやって来て、互いの無事を確認した。

 右肩の折れたシングはすぐにカナリアに治療を頼む。

 もう一人の焦げの目立つレヴィアは随分と不機嫌なまま、杖を手にバグナスへと詰め寄った。


「こぉらぁ陰湿バグナス~ッ!!よくも不良品の杖をボクに渡したなっ!!雷がめっちゃ痛かったぞ!」


「あ~?お前出力調整せずに最大威力でぶっぱなしたんじゃないのか?そいつは軽く使うだけなら、ちょっと痺れる程度で済むように作ったんだぞ」


「なーんだ、そうだったんだ………ってどっちにしてもボクが痺れたらダメじゃん!!」


「いいじゃねえか別に。エンシェントエルフは頑丈なんだから、ちょっとぐらい痛いのは我慢しろ」


 まったく悪びれないバグナスに、レヴィアは怒り心頭で杖を向けてか細い雷を放った。何だかんだ言っても仲間に全力で攻撃はしないし、確かに威力を落とせば自身が喰らう痛みはかなり弱まった。

 そして雷を受けたバグナスは何ともなく、反対にレヴィアをせせら笑う。


「俺が対策を何もしてないと思ったのかよ。雷避けの魔道具はちゃんと用意してあるぜ」


「へぇ、じゃあこれならどうだ!」


 そう言ってレヴィアは杖をふんぞり返った陰湿魔導師の腹に叩きつける。物理攻撃には対応していなかったバグナスは膝を着いて咳き込んだ。

 この醜態にはエアレンド達が仲裁すべきではないかとギーリンに提案しても、彼はよくある事だと軽く流してしまう。

 よくある事で済ましてしまうのは流石に無いと思っても、頭目のシングや最年長のカナリアも止めもしないので、結局見ているしかない。

 まだ若く、生まれ育った森を出て間もない三人のエルフにとって、世界とはかくも未知に溢れていると実感した一日だった。

 そしてこれは彼等にとって三千年もの間、決して忘れられない、五人の英雄達のまだまだ未熟な時代のワンシーンでもあった。



「これが我々の初陣であり、戦争を終結に導いた英雄達との最初の出会いでもあった」


「魔人を討つと息巻いていた私達の鼻っ柱は簡単にへし折られてしまったが、代わりに素晴らしい戦友と巡り合った」


「今となっては何もかもが懐かしい」


 エアレンド達の言葉で昔語りは一旦締められた。

 カイルは数千年前の伝説の出来事を当事者の口より直接語られて、興奮を隠せない。村人の大半は既に聞かされた話なのか反応が薄いものの、初めて聞く若いエルフはカイルと同じように目を輝かせて、老人のお伽噺を食い入るように聞いていた。

 ヤトとクシナもご馳走を食べながら饗宴を盛り上げる演目程度に、老人たちの昔語りを楽しんで聞いている。

 ロスタはというと、最初は給仕を担っていたのに老人の話が始まった頃には微動だにせず、ただ話に聞き入っていた。さしものメイドゴーレムも創造主の情報となると、優先順位が変わるらしい。

 そして今宵の昔語りはここで終わり、続きはまた明日の夜に持ち越しとなった。



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