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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
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第16話 不公平な取引



 オットーとエピテス姉弟が捕らえられた翌日。

 屋敷の一室でタナトスは護衛のヤトと共に片割れの弟の方の尋問を始めた。姉の方は組織の者とカイル主従が同じように尋問をしている。姉弟を一緒にしないのは反抗された時に面倒なのと、別々にした方が聞き出した情報の精度が上がるからだ。

 オットーはヤトに折られた両腕を添え木と包帯で固定していて見るからに痛々しい風体だがそれ以外は元気そうだ。と言っても理力は腕が使えないと上手く制御出来ないので逃亡も出来そうにない。それでも反抗心は折れておらず、腕を折ってくれたヤトの顔を睨みつけている。


「それだけ元気なら話せるな」


「ふん、話をしたいなら顔ぐらい見せろやオッサン」


「俺は25歳だ。オッサン扱いはまだ5年は早い」


 どうでもいい事にこだわるタナトスにヤトは若干の呆れを感じた。

 それはさておきオットーの要求を無視して顔を見せないタナトスは尋問を始めた。


「ここに来た目的は?」


「叛徒の首を取って姉さんと一緒に見習い卒業してセンチュリオンになるため」


「どこの街で情報を得た?」


「北のスパルトの街で騎獣を交換した伝令が親父と話してたのを聞いた」


「ここに来たのは己の意思か、それとも誰かの命令か?」


「俺達が自分で決めた事だよ。師匠や親父は赦さなかったけどな」


 スパルトの街はトロヤと王都との中間点に位置する大きな都市だ。王都へ伝令に向かうなら必ず通って食料などを補給する位置にある。そこでこの街の反乱の情報を得たという事か。

 これはタナトスもある程度は予想していた事だ。王都に情報が伝わり鎮圧部隊が派遣されるにはまだ早いし、休暇中だった二人のセンチュリオンの最後も伝わっているのに見習い二人は幾らなんでも少なすぎる。むしろこの姉弟の向こう見ずな突撃の方が予想出来なかったぐらいだ。

 そうなるとこの二人から得られる情報は無いに等しい。タナトスから見てオットーもその姉も貴族出身の礼節が染み付いているので、実家に安否を伝えて身代金を取る事も出来るが、今はそこまで資金難ではない。若いので姉弟ともに兵士の慰み者にしてもいいが、あまり下劣な行為をして組織全体の評価を下げるのも困る。

 少し考えた末に姉弟をコルセア親子同様、プロパガンダに利用する事にした。≪自由同盟≫の思想に共感して自ら軍門に下ったと、組織の工作員や雇った詩人に広めさせる。騎士の中にも階級社会に不満を持つ者が現れれたと広まればこの国はまだまだ揺れるだろう。


「お前達は捕虜としていてもらうぞ。意見は聞かん」


「おいなんだよそれは?処刑も身代金要求も無しかよ。舐めるんじゃねーよ!腕が治ったらぜってーお前の首を取るからな!!」


「その前に僕を倒さないと無理ですからね。それと貴方達のフォトンエッジは僕が持ってます」


 懐からフォトンエッジを出して見せつけるとオットーは悔しそうに顔を歪めた。ヤトはこの時点でオットーをケツの青い未熟者と判断した。騎士ならフォトンエッジでなくても剣の心得ぐらいある。なら適当に武器を手に入れて腕を頼りに挑めば良い。そういう発想に至らない時点で戦うに値しない素人だ。

 しかしこれから心身ともに鍛えれば化ける可能性も無いとは言い切れない。そこでヤトは一度タナトスと部屋を出てから一つの提案を持ちかけた。


「タナトスさん、僕に彼の身柄を預けてくれませんか?」


「どういう事だ?」


「鍛えて斬り甲斐のある騎士にしたいんですよ」


「いやそれは―――」


「ですが、このまま捕虜にしても腕が治ったら閉じ込めておくのも苦労しますよ。普段は僕が上手く戦力として使えるように誘導します」


 タナトスは腕を組んで考える。確かに捕虜にすると言ったが、今は怪我をしていて理力が使えないから大人しいだけで、治ったらどうなるか分からない。そしてただ監禁するより流した噂を補強するように人目のある場所でこき使った方が有用なのは確かだ。

 問題はあのクソガキが大人しく言う事を聞くかどうかだが、そこは出来ると言ったヤトの実力を信じるしかない。駄目ならヤトの手で人知れず消えてもらうだけなので楽と言えば楽だ。

 結論が出た所でタナトスは申し出を受け入れて部屋に戻る。

 ヤトは待たせていたオットーにフォトンエッジを見せて返してほしいか尋ねると、彼はイライラして短く「ああ」とだけ呟く。


「では腕を直して僕に一太刀入れたら返してあげます。ただしタダではダメです」


「何だよ金でも取るのかよ?」


「戦場で貴族の首一つ取れば挑戦権一回です」


「……俺に反逆者になれって事かよ!!ふざけんな!!」


 当然ながらオットーは拒否を示すが、嫌なら姉の分も含めて捨てると言うと途端に勢いが鈍る。

 どうもこの国の騎士にとってフォトンエッジは何よりも大事な物として扱うらしい。割と剣を雑に扱うヤトにはよく分からない価値観だ。

 というか数日後には自分から反乱軍に身を投じた弑逆の騎士として勝手に謳われるのだから、断っても同じ事なのは内緒だ。


「顔を見られたくないのならタナトスさんみたいに胡散臭い覆面でもすればいいじゃないですか」


「えっ、俺胡散臭いの?」


「えっ、なんで自覚無いんですか?」


 タナトスは胡散臭い呼ばわりされて、その上自覚が無かったのを指摘されて露骨に落ち込んだ。

 ヤトでさえ顔を隠すような輩は胡散臭いか怪しいと思うのに、この男は自覚が無かったのか。それにはヤトも素で驚いた。


「おいこら何漫才やってんだよ!―――――ったく、本当に返すんだろうな?」


「僕は使えませんし、飾って楽しむ趣味のありませんから」


 使えないのも飾る趣味も無いのは本当だ。そして与えられるのは挑戦権だけで、そのまま返すとは言っていない。おまけに両者の力量差は相当に離れており、その差を短期間で埋めるのは極めて困難だった。それでもチャンスがあれば飛びつかずにはいられないのが幼いオットーの悪い所だ。

 結局彼はヤトとの取引に応じた。傷が癒えるまで暫くは大人しくしているが、完治すれば≪自由同盟≫の魔導騎士として戦いに身を投じる。



 その日の昼。にわか雨が降って来たのでヤトとクシナは屋敷の一室でダラダラしていた。

 そこに疲れた顔をしたカイルといつも通りの顔をしたロスタがやって来て、ヤト達の隣に座る。

 カイルは行儀悪くテーブルに顔を突っ伏して気の抜けた溜息を吐いた。クシナが鼻をひくつかせて顔をしかめた。


「なんか臭うぞ」


「ごめん、ちょっと姉の方の騎士の尋問で色々あってさ」


 謝るカイル。ヤトも彼の身体から漂う僅かな臭気に気付いた。これは便の臭いだ。

 カイルが言うには姉のエピテスが強情だったから前日と同じようにくすぐりの拷問に切り替えたが、加減を誤って脱糞させてしまったらしい。臭いはその移り香というわけだ。


「何事も練習ですから次は失敗しないように気を付けましょう」


「うぃー」


 これでこの話はおしまいだ。誰も捕虜になった少女の事を気に留めない。

 翌日もエピテスへの尋問は行われて、態度を変えない場合はやはり拷問に切り替えた。ただ、日を追うごとに精神的余裕は無くなり態度は軟化してきており、十日もすれば実に素直になってくれた。

 むしろ素直になり過ぎて問題が起きてしまった。

 現在エピテスはメイド服に身を包み、掃除中のロスタの後をヒヨコのように付いて一緒に屋敷の掃除をしていた。

 彼女は拷問に屈して精神を病み、幼児のような心になった時に世話をしていたロスタを母親と思い込んで慕っていた。医者の話では一時的な精神異常なのでその内治るらしいが、確証は無いし数日後なのか数年後なのかも分からない。

 それでも屋敷の亜人達には意外とこの光景は好評だった。何故かと言えば憎しみと恐怖の対象である魔導騎士が幼児のようになってしまえば、憐憫に浸れて歪んだ優越感を満足させられた。

 反対に変わり果てた姉の姿を知ってしまったオットーは怒り狂って、宛がわれた部屋で喚き散らしていたが、未だ腕が治っておらずどうする事も出来なかった。この事が後々まで尾を引くのだが、仕方の無い事だろう。



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