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東人剣遊奇譚  作者: 卯月
第四章 囚われの魔
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第12話 タルタスの情勢



 剣闘奴隷解放から一日が経った。

 ≪タルタス自由同盟≫が最初に取り掛かったのが二百名の増員になった組織再編と屋敷を起点にした拠点構築だった。新入りの二百名は剣闘士として訓練を受けているが、元の経歴はバラバラで修めた技能はまるで違う。その中から本業に戻すべき者と兵士として働いてもらう者に分けてから、それぞれの技能に合う班を編成して班長には元からいる同志を据えた。急ごしらえだが取り敢えず急場は凌げる。

 こうして手早く組織の態を整えて次に取り掛かったのが街に残った貴族や有力者への挨拶回りだ。勿論ただ挨拶して顔を覚えてもらうような甘ったれた事はしない。

 百人の兵で貴族の邸宅を包囲して、後ろに岩竜クロチビを座らせてから貴族に金や武器を要求。断ったら屋敷の一部を破壊して今度は倍の金額を提示した。こうすると大体の貴族や富豪は喜んで財貨を差し出してくれた。他に不当に低く扱っている亜人の奴隷の自由を求めて首輪と鎖を外した。

 たまに頑として拒否して攻撃を仕掛ける者も居るが彼等がどうなったかは知らない方が良いだろう。怒れる戦士は恐いものだ。

 この時に得た大金は武器の調達や≪自由同盟≫の生活資金として景気良く街にばら撒かれた。さらに街で新規加入する同志の募集を行い、亜人の兵士以外にも人間兵を受け入れた。これには元剣奴から反発があったが≪自由同盟≫の理念である『不当な差別の廃絶』を掲げられては内心はともかく黙るしかない。勿論新入りには差別心を持たない事を誓わせて、もしそれを破った場合処刑もあり得ると前もって説明された。

 こうしてさらに二百人の新入りが追加されて人員増強に目途が立ち、それなりの規模の集団となった≪自由同盟≫だったが、まだまだ問題はやるべき事は多かった。

 まずこの街を影響下に置いても他の街や別の領地とは敵対関係にあるのは如何にも拙い。先日逃がした貴族が他の貴族に援軍を要請して戦になるかもしれない。一つの街や小さな土地なら兵が百人居れば上等な部類だが、それが寄り集まって五百も兵が集まれば出来立てほやほやの同盟軍では厳しい所がある。周りを敵に囲まれた状況では雑多な軍でも不用意に相手をして戦力を削りたくはない。

 それ以前にタルタス王政府がこの事態を重く見て、迅速な解決を考えて千の兵と十のセンチュリオンでも派兵しようものなら、一瞬で≪タルタス自由同盟≫は瓦解する。どうにかその前に状況を優位に動かす必要があった。

 実はタナトスはその事を前々から考えていて、剣奴解放の翌日には行動を始めていた。

 その事をヤトが知ったのは屋敷を乗っ取ってから三日目の昼飯時だった。

 昼時、コルセアの屋敷改め≪タルタス自由同盟≫トロヤ本部の庭でヤトとカイルはタナトスと輪になって昼飯を食っていた。

 この面子で飯を食うのは意外と珍しい。クシナが居ないのはペットのクロチビに食事をさせに森に狩りに出かけているから、ロスタは配膳と後片付けに追われている。

 雑穀パンと具だくさんのスープは素朴な味ながら中々美味い。温かい食事はそれだけで士気が向上する。解放奴隷にも食事は好評だった。

 ヤトはスープを一口飲み終えてから何気なくタナトスに尋ねる。


「次の戦はいつ頃でしょうか?面子もありますから国も貴族も黙って見ているとは思えませんよ」


「さてな。ただ、しばらくは無いと思うぞ。言っておくがこれは楽観視してるわけじゃない。もう手を打っておいたから我々が戦う必要が無いという意味だ」


「えっ?いつの間にそんなことしたのさ」


「昨日の朝にだ」


 タナトスの手の速さに二人は舌を巻く。ついでにその打った手とやらを聞いてみた。


「それにはまずこの国の王族や貴族の力関係から説明した方が分かりやすいな」


 タナトスは先にスープを飲むように促した。長い話になるから先に食事を済ませろという意味だった。

 全員が手早く食事を終えて話を聞く場を整えた。


「タルタスの現王はジュピテルというクズのロクデナシでな―――――」


 第一声からして酷い始まりだった。

 ジュピテルという王は現在65歳の老齢で、そろそろ死期が迫る歳だ。となると次の王になるのはその息子、宰相にして第一王子プロテシラが次の王座に就く予定だ。そこまでは順当なのだが、彼には娘は数名居るが後継ぎとなる男児が一人も居ない。正確には数人生まれているが全員が夭折していた。

 タルタスは女王を認めていなのでプロテシラ王子の後は娘ではなく、彼の弟が王座を引き継ぐことになる。これが厄介な所で、ジュピテル王は子沢山で成人した王子だけでも七人居る。その残る六人が未来の王座を狙って昼夜を問わず影に日向に熾烈な蹴落とし合いを繰り広げていた。それに無数の貴族が王になった時におこぼれに与ろうと各王子たちを支援したり他の王子の陣営を妨害していた。おまけにプロテシラ王子は弟を王にする気はサラサラ無く、孫の一人に自分の後を継がせるともっぱらの噂だ。


「ここまでは余所の国でもよくある権力闘争だ」


「そうですね。で、続きを」


 ヤトに促されたタナトスは話を続ける。

 王子は長男を除いて六人居るが、中でも頭一つ抜けて力を持っている者が三人いる。財政官を務める第二王子ディオメス、王軍を任された第三王子イドネス、切れ者と評判で貴族間の調整役で人気の高い第五王子オーデュスだ。

 この三人が兄の跡を狙って鎬を削り、多くの王侯貴族が表向きは仲良くしつつ裏では殺し合いも厭わない。ちなみにこの街の領主のコルセアは第二王子のディオメスと距離が近い。ただし保険として他の王子ともそれなりに繋がりを維持していた。


「そこでだ。俺はコルセアの名と印章で第三王子と第五王子に臣従する誓いの手紙を第二王子の不利になる情報と一緒に送っておいた」


「王宮が騒がしくなりそうですね」


「そう言う事だ。ついでにこの近辺の貴族や木っ端の貴族にはコルセアが調べて交渉材料に使おうとしていた家中の不祥事の情報を送り付けたから、しばらくは時間を稼げる」


 不祥事というのは大方当主やその息子が正妻や子供に黙っていた私生児の事だろう。貴族にはよくある話だ。


「でもそれが本当にコルセアの寄越した手紙だって認めるかな?」


「コルセアや息子が死んでいないのは逃げ出した者達から知るはずだ。認めなくても頭の良い奴ほど心に疑いが生まれる」


 タナトスは自信満々に唇を釣り上げて笑う。悪だくみはお手の物らしい。

 コルセアの殺害を目標に入れず確保にしたのも今の状況を見越しての事と言うわけだ。おまけに息子のブリガントも自由を奪って生かしてある。頭が良く猜疑心の強い者ほどこれが何かの陰謀か欺瞞ではないかと考えてしまう。それを確かめるには兵を挙げるよりまず情報を得ようと間諜を送り込む。情報を精査するにも時間がかかる。


「本当に奴隷の反乱かどうか、そして俺達≪自由同盟≫の事を知ろうとまず情報を探りに来る。そいつらにはあやふやな情報を持ち帰ってもらい、さらに混乱させてやるよ」


「王国の介入は心配いらないようですが、センチュリオンはどう動くと思います?」


「あいつらは国王の直属だからそう簡単には動かん。ただ、中は色々と生臭いから派閥の点数稼ぎで数名が勝手に来るかもしれん」


 どうもこの国の騎士団は一枚看板ではないようだ。尤もそれはある意味当然の事で、センチュリオンの出身はタルタス全土にわたり、それぞれの地元の領主と縁が切れていない。彼等とのしがらみや己自身の立身出世から率先して王族と関わる魔導騎士も多く、王の直属と言いつつイマイチ纏まりに欠ける武装集団だった。

 と言う事はセンチュリオンがこの街に来る可能性はそこそこある。ヤトにはそれが分かっていれば十分だった。


「まあそれでも情報が王都に流れるまでかなりの時間がかかるだろう。その間に俺達は俄か兵を一端の軍隊に仕立てなきゃならん。お前も手伝ってくれるか?」


「僕は用心棒であって教官は務まりませんよ。仮想敵として揉んでやるのが関の山ですが」


「それで十分だ。なるべく死なないように頼む」


 タナトスはヤトの背中を叩いて屋敷の中に入った。便利扱いは困るがしばらく仕事も無いので暇潰し程度に付き合ってやることにした。



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