俺、養ってって言ったよね!?
「ほほ。ようやっと来よったか」
道中、予想していた妨害もなく順調に門に辿り着くと、そこには笑顔で手を振るヴァンがいた。しかも無傷だ。
その隣には奴の荷馬車がある。
「まったく、あまりにも遅いものだから待ちくたびれて老衰するかと思ったわい」
「嘘つけ。じいさんがそんなことでくたばるタマかよ」
「当たり前じゃ。儂はあと百年は生きるからの」
ヴァンは豪快に笑う。
まったく、この爺さんはいつ見ても老いを感じさせない。
若者よりも若者してるんじゃないのかとさえ思うときがある。
「ほれ、ぼさっとしておらんでさっさと乗らんか。モルディアナを離れるんじゃろ」
「ああ、助かる」
俺たちはヴァンじいさんの勢いに促され、荷馬車に乗り込んだ。
荷馬車が走り出し、次第にモルディアナの街が遠ざかっていく。
辺りの風景も変わり、今では深い森に包まれている。さきほどまでの人々の喧噪とは打って変わって、鳥や虫たちのさざめきが聞こえるようになった。
その光景に安堵したのか、どっと身体が重くなるのを感じた。どうやら今頃になって疲れが押し寄せてきたらしい。
無理もないと思う。
トアちゃんと出会ってから、休む間もなく色々なことが立て続けに起こった。息をつく間もない冒険の連続に、ずっと神経を張り巡らしていたのだ。
だから、少し眠ろう。
道中、何かトラブルが発生してもヴァンじいさんがいる。
荒事となれば俺よりも腕が立つし、頼りになる。任せても大丈夫だろう。
そのくらいのワガママは許されるはずだ。
眠る前に、隣に座るトアちゃんへ顔を向けると、目があった。
やはりトアちゃんは可愛い。
こうして正面から見ているだけでも、その実感が湧き上がってくる。
美少女で優しくて包容力があってバブみもあって、貴族の娘で、おっぱいもでかくて、財産も持っていて。
まさに絵に描いたような、俺の理想の女の子だ。
そして彼女こそ、俺を養ってくれる運命の相手だ。
「養いませんよ」
「……何も言ってないが」
「ええ。ですが、なんかそう言わないといけない気がしたんです」
むう、俺の考えが分かるとかこれもう両想いでは?
「あの、ティーさん」
気づけば、トアちゃんの頬がほんのりと朱に染まっている。
何かを躊躇うように視線を泳がせながら、遠慮がちに口を開いた。
「その、さっきのあれは、どういう意味なんですか」
「あれって?」
「ほ、ほら。カトリーヌちゃ……さんと戦う前に、わたしのこと……言ってくれたじゃないですか」
「ん? 何かトアちゃんに言ったっけ、俺」
「なんで分からないんですか。とぼけないでください」
ぷっくりとトアちゃんが頬を膨らます。
「いや、本気でわからないんだが」
とぼけるも何も。
そもそもトアちゃんが何を言いたいのか分からない。
「だって、あんなに。大声で、か……かかかかかっ、かわいいって言ったじゃないですか」
「ああー……」
そういえばそんなことをいっぱい叫んだな。
あのときはカトリーヌにムカついていて色々と叫んでいたけど、思い返すと恥ずかしいこと言いまくってたな、俺。
「あれは、その……どういう意味、なんですか?」
どういう意味って言われてもなぁ。解説に困るというか何というか。
強いて言うならそのままの意味でしかないんだけど。
けど、なんというか、本人を前にしてそれを改めて説明するのは気恥ずかしい。
だから、誤魔化すことにした。
「ごめん……あのときはつい勢いで。頭に血が昇っていたし、俺もよく分からない」
「そう、ですか」
ちょっぴり残念そうに顔を背けてから、ぽつりと漏らした。
「かわいくはないですよね。えへへ、変なこと聞いてごめんなさい」
沈黙が下りた。
心臓をわし掴みされたような衝撃。
その言葉と仕草は、俺から考える力を奪うには充分だった。
ぼっ、と火を噴いたように顔という顔が真っ赤になる。。
「……そういうとこだぞ」
「え?」
「何でもない。疲れたからもう寝る」
これ以上トアちゃんを見ていられなくなり、俺は椅子に深く身体を傾けたとき、前で馬を操っているヴァンが声をかけてくる。
「坊主。これだけは聞いておきたいんじゃが」
「なんだ?」
ヴァンは俺たちにとても良くしてくれている協力者だ。
正直疲れすぎていて今すぐにでも寝たいのだが、勝手に巻き込んでしまった形になってしまった以上、奴には知る権利がある。
「トアさんのこと、ちゃん呼びするようになったんじゃな」
「っ!」
ヴァンの指摘に、俺たちの身体が強張った。
そういえばそうだった。
あまりにもカトリーヌに腹が立つからずっとその勢いでトアちゃんをちゃん呼びしてしまっていた。
自分でも気付かない内にそんなことをやらかしてしまうだなんて。
「一夜の間に、そこまで仲が進展するとは。儂と別れた後、一体何があったか興味が尽きないのう」
ヴァンがくつくつと面白そうに笑っているが知ったことか。
俺はもう色々疲れた。
誰が何と言おうと、今度こそ寝る。寝るったら寝るんだ。
固い決意で目蓋を閉じようとしたとき、
「ティーさん、ありがとうございます。ほんとうにお疲れ様でした」
耳元で、そっとトアちゃんの囁き声がした。
それだけで全ての労苦が報われるような思いを味わいながら。
俺は眠りに落ちた。
ここまで読んでくださった方、誠にありがとうございました。
ここまでの物語、楽しんでくれたでしょうか?
もし楽しんでもらえたなら、一作者として幸いでございます。
物語そのものに決着がついたわけではないし、まだまだ彼らの物語は続きますが、これにてひとまずの完結です。
もし気が向いたら、この続きを書くときが来るかもしれません。
そのときはまたよろしくお願いします。




