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俺、養ってって言ったよね!?  作者: 黒絵曜
第一章 黄金の町モルディアナ
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戦いの後に

「まだ息があるか。見かけによらず意外と頑丈だな、こいつ」


 驚くべきことに、カトリーヌはまだ生きていた。

 微かではあるが、薄い胸が上下しているのが見て取れる。

 吸血鬼の生命力の高さには、驚きを通り越して呆れてしまう。

 きっとこいつが万全の状態だったら、俺も勝てていたかどうか分からない。


 ……けど、なんとか勝利した。


 しかしまだ安心は出来ない。奴にトドメを刺すまでこの戦いは終わりじゃない。

 俺は奴の使っていた短剣を拾う。

 短剣の切っ先をカトリーヌの首元に狙い定めたそのとき、


「神よ、この者たちに癒しと安らぎを与えたまえ――」


 トアちゃんが手を組んで、祈りを捧げる。

 元々の自然治癒能力と、トアちゃんの治癒魔法が加わり驚異的な速度で身体が再生していく。

 カトリーヌの顔の腫れがみるみると引いていくことだ。

 驚くべきことに、トアちゃんの治癒魔法の範囲には俺だけでなく、カトリーヌも含まれていた。


「何のつもりだ?」


 そいつは君に危害を加えるつもりだった。そんな奴を生かしておくのか、と。

 トアちゃんは治癒魔法の手を止めることなく、穏やかな声で言う。


「たしかに彼女は――いいえ、彼は悪いことをしたと思います。でもだからといって、ティーさんが手を汚す必要はないと思います。そんなことをしたら彼と同じに成り下がってしまいます」

「そうは言ってもなあ……俺たちは奴の秘密を知ってしまったんだぞ。このままにしておけば必ず復讐してくる」


 なんか根に持ちそうなタイプだし、今回の一件で俺たちのことを執念深く地の果てまで追い回してきそうだ。


「こいつの邪魔が入ったら、君のお母さんを探すどころじゃない。今後の憂いを断つためにも、ここで殺しておくべきだ」


 極めて理に適ったことを言ったつもりだったが、トアちゃんはなかなか首を縦に振ろうとはしない。


「その心配はありません。彼はきっと反省していると思います」

「そ、そうか?」


 俺にはとてもそんな殊勝な奴だとは思えないんだが……


「罰なら十分受けていると思います。ティーさんが彼を懲らしめてくれましたし。それと……わたしの血を飲んだことによる後遺症がしばらく残り続けるでしょう」


 そこでトアちゃんは一旦言葉を切ると、懐から箱のようなものを取り出した。

 あれはヴァンからもらった写し身の箱だ。

 ……一体何をするつもりだ?

 トアちゃんはそれを構えて、倒れ伏すカトリーヌをぱしゃっと撮った。

 それも一枚や二枚じゃない。何十枚も撮影している。


「そして、わたしたちは彼の弱味を握ることが出来ました」


 そう言って、トアさんは何十枚もの写真を得意げに見せつけた。

 そこにはカトリーヌの素顔が、醜い小男の顔面がばっちりと映っている。


「ははあ、成る程……たしかに目に見える形で証拠を握ることが出来たというわけだ」

 

 もし何かあればカトリーヌの弱味をばらまけばいい。

 しかし写し身の箱にこういう使い道があるとは。

 俺なんてトアちゃんの可愛い姿を収めようくらいしか考え付かなかったのに、そこにいち早く気づいたトアちゃんはとても賢いなあ。


「あとは街を出ても、こいつらに追われないよう、手を打っておくべきだな」


 正直こいつのやったことを考えるとまだ物足りないくらいだが、トアちゃんがそう言うならそれで納得しておこう。

 領主殺害の罪で指名手配されて、王国から追われ続けるのもなんか嫌だし。

 それによく考えたら、こいつに後遺症が残るってことは、このまま素顔を晒し続けるということだよな。

 想像すると笑えてくるし、良い気味だ。

 むしろこんなどうしようもないクズに情けをかけるトアちゃんマジ天使だと言わざるを得ない。


 そうして倒れ伏すカトリーヌの前で、あれこれと工作を仕掛けていたときだった。


「侵入者はどこだ!」

「カトリーヌ様は無事なのか!」


 どたどたと下の階から騒がしい足音がする。

 長居しすぎた。衛兵たちが殺到してくる前に脱出するべきだろう。


「脱出するぞ」

「はい!」


 トアちゃんと一緒に窓に駆け寄る。

 窓の外にはバルコニーが見えた。ここから屋根を伝って、庭に降りれば脱出できるはずだ。

 夜はとうに明け、燦々と太陽が照りつけている。

 まだ俺たちの顔と名前は衛兵どもには知れ渡っていないはずだし、街に逃げおおせればこっちのものだ。

 俺たちを助けてくれたヴァンをこれ以上、待たせる訳にもいかない。


 最後に俺は一度だけ振り返り、倒れ伏すカトリーヌを見やる。


「おい、命拾いしたな。カマホモ野郎」


 当然、呼びかけても反応はない。静かに、浅い呼吸を繰り返している。


「今回はトアちゃんの優しさに免じて見逃してやるし、秘密も黙っておいてやる。だが、また俺たちの邪魔をするなら容赦しない。ありもしないことを言いふらしてやるから覚悟しとけ」


 それだけを言い残すと、俺はバルコニーに走り去った。


 これでもカトリーヌが懲りずに何か仕掛けてくるなら、今度こそ俺がトドメを刺す。

 たとえそれでトアちゃんが悲しむことになっても。

 彼女を守るためなら俺はどんなことだってする。



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