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俺、養ってって言ったよね!?  作者: 黒絵曜
第一章 黄金の町モルディアナ
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オークとの遭遇戦


「くそっ、スカーレットの奴。ふざけたことを抜かしやがって!!」


 俺はだだっ広い草原をひとり、酒瓶を片手で煽りながら歩いていた。


 周囲は峻険な山脈に囲まれている。

 辺りには人影ひとつ見当たらない。

 夜空を見上げれば、山々の隙間からお月様が顔を覗かせている。


 《暁の旅団》のメンバーに何かを尋ねられるのも嫌で嫌で、顔を合わせたくないばかりに、持ち物の回収も忘れ、夜は魔物が活発化するから出歩くのも危険だという常識すらどうでもよかった。

 だからついつい勢いで居留地にしていた街から飛び出してしまったが、早くも後悔している。


 持ち物なんてわずかばかりの所持金が入ったサイフと狩猟用ナイフ、大盾と鎧しかない。

 近くからフクロウの鳴き声や、獣の遠吠えも聞こえてくるし、なんだかすごく心細い。

 自分がひとりなんだってことを否応なしに意識してしまうし、魔物に襲われでもしたら生き残れる自信がない。


 ……どうしよう、今すぐにでも居留地に引き返そうか?

 せめて日が昇るまでは人のいる場所に留まっていた方がよかったのではないか?

 なんて考えが頭をよぎるけれども。


「いやいや、それはねーわ」


 忘れ物をしたから荷物を取りに戻りましたっていうのも間抜けだし、もし誰かと顔を合わせてしまったら気まずいってもんじゃない。それにうっかりスカーレットと鉢合わせようものなら今度こそ殺されかねないし、戻るのだけはありえない。


「これからどうするかな……」


 少しだけ酔いの冷めた頭で、今後の身の振り方を考える。


 どこか適当な街に行って、別の冒険者パーティに移籍しようか。

 俺がしたことといえば、先頭で盾構えて立っているだけだ。

 いつの間にか《不動のテオドール》なんて二つ名が出来上がっていたけれど、その異名にあった働きを出来ているかは自分では分からない。


 ……実を言うと最初は魔法使いとしてやっていくつもりだったが、俺に魔法の才能はなく、使えるのは初級魔法の《火炎球(フラム)》だけだった。

 なので仕方なく、人よりも頑丈だった身体を生かすべく盾役として切り替えたのだが、これがここまで上手くハマるとは思わなかった。


 それともいっそのこと田舎の故郷に帰るのもいい。

 実家に帰って畑を耕しながら、冒険者の経験を生かして村の警備をするのもいいな。

 ……長いこと家を空けていたから両親にたっぷり説教される方が先だろうけど。


「父さん、母さん、やっぱりあんたらの言う通りだった。冒険者は甘くなかった」


 俺は冒険者なんて危ない仕事を一生続けるつもりはない。収入は不安定だし、危険と隣り合わせだし、いつ命を落とすか分からない職業なのだ。

 俺は何の不自由もない楽な生活を送りたいだけなのだ。


 一流冒険者として名を売って、女の子にモテること。どこぞの金持ちの令嬢に気に入られてヒモにな って、夢の三食昼寝つきの生活が手に入る。

 嫁さんは貴族の娘で、優しくて包容力があってバブみに溢れていて巨乳でさらに美少女なら文句はない。


 ……旅立ちの日、そんなことを両親に話したら、思いっきり怒られたっけ。

 夢を見すぎだとか、寝ぼけているとか、馬鹿は死んでも治らないとか。

 あんまり頭ごなしに否定するから、腹が立って家を飛び出したんだっけ。


「……懐かしいな」


 そんな夢を思い描いて都会に来たまではいい。

 けれど現実はそう上手くいかなかった。俺にふさわしい相手を見つける前にスカーレットに追い出されてしまったわけだし、本当についていない。

 ぎりっ、と歯ぎしりをして藪をかきわけたとき――


「ん?」


 藪草の向こうに、村が見えた。


「……村? こんなところに?」


 俺は細長く伸びる畑を眺めながら、歩く。

 木製の柵に囲われた、木造りの家々。

 石造りの古ぼけた井戸。

 家畜小屋に、収穫物を収納する納屋。


 こう言うと、何の変哲もないありふれた村の風景だが……民家には灯りのひとつもありゃしない。

 屋根には苔がびっしりと覆いつくされているし、家屋や小屋が倒壊しているし、荒らされた形跡があちこちにある。


 畑の作物も枯れ果てており、しなびた植物が首をもたげていた。

 当然そんな廃墟と化した村に、人など住んでいるはずもない。

 しかも霧が立ち込めているせいか、村中が不気味な雰囲気に包まれている。


 ……なぜこの村が見捨てられたのか。


 考えられるとすれば風土病によるものか、盗賊の襲撃か、はたまた魔物の襲撃か、作物の不作が祟って村を捨てるしかなかったのか。

 色々と理由は考えられるが、原因は分からずじまいだ。


「今夜はここで過ごすか」


 あまり気は進まないが、雨風をしのげるだけでも儲けものだろう。

 その前に、魔物が住み着いてないとも限らないし、安全確認のために民家を全部見ておく必要がある。

 そう思ったとき。


「おや、そこにいるのは人間ブヒね」


 瓦礫の盛り上がる音に、振り向く。

 倒壊した家屋に身を潜めていたのは、オークという魔物だった。

 緑色の肌、豚のような醜い顔、荒い鼻息、猪のように鋭く反り返った二本の牙。

 俺二人分は優にあろうかという巨体が、俺のことを見下ろして笑っていた。お前なんていつでも踏み潰してやると言わんばかりに。


「オークだと?」


 さてはこいつ《暁の旅団》に討伐依頼が出ていたというオークだな。

 たしか近隣の村や、通りかかる馬車を襲ったり、何人もの冒険者がこいつに挑み、返り討ちにされているという。


「ふむ、近くに仲間がいるかと思ったが、どうやらオマエ一人だけブヒね。群れからはぐれのたブヒ? それとも見捨てられたブヒ? なんであれこのオイラからは逃げられないブヒよ」


 普通、魔物は喋らない。本能だけで動く者に襲いかかってくる。

 だが、こいつには知性がある。

 人間の言語を理解し、また自らも言語に堪能なことからそれは明らかだ。


「上位種……オークバロンか」


 俺の舌打ちに、オークバロンは満足そうにニヤリと笑う。

 盾を取り出し、身構えたそのとき。


「ねぇー、ダーリン。お願いがあるんだけどぉ~。アタシあの人間欲しいなぁ~」


 オークバロンの後ろの瓦礫から、二体目が姿を現したではないか。

 胸のあたりが膨らんでいるということは雌型、オークバロネスか。まさかつがいだったとは。

 これはまずい! 上位の魔物二体も囲まれているだなんて! 最悪だ!

 とにかく、隙を見て逃げ出さねば。


「まさかハニー、あの人間のオスに発情してるブヒ? オイラというものがありながら、あのオスの子を孕みたいブヒ?」

「もぉ、やぁだぁ~。あんな地味で冴えない人間のオスなんか好きになるわけないじゃなぁい」


 は? なんだこいつら。

 なぜだか知らんが無性に腹が立つぞ。


「そもそもぉ、ダーリン以外のオスを好きになるわけないじゃなぁ~い。そうじゃなくてぇ、ほらぁ。今日はアタシたちが出会ってからぁ、666日目の記念日じゃなぁい。だからぁ、あの人間の肉を食べたいなぁって」

「ああ。それは良い考えブヒね。やはりオイラのハニーは頭が冴えているブヒ」

「なぁにぃ、ダーリンったら今頃アタシの良さに気づいたのぉ?」

「いいや、初めて出会った頃から気づいていたブヒ。オイラには勿体ないくらいの、最高の彼女だって」

「まぁダーリンったらぁん……そんなに褒めてもまだお乳は出ないわよぉ」


 なぜだか知らないが勝手に盛り上がって、ブヒブヒと鼻息を荒げながら抱き着き合って、二人だけの世界に入り込んでいる。

 う、うぜぇ。

 なんで俺はこの世の地獄みたいなやり取りを見せつけられてるんだろう。こんな仕打ちを受けなきゃならないほど悪いことをしでかしただろうか……

 って、やつらはイチャつくのに夢中で俺のことを見てない。今が逃げ出すチャンスだ。


そうっと音を立てないように立ち去ろうとしたけれど――


「おっと、逃がさないブヒよ」


 どんっ! と俺の退路を阻むように、目の前に馬鹿でかい肉切り包丁が飛んできた。あれで斬りつけられたら俺の腕なんて紙細工のように両断されてしまうだろう。

 ……畜生、見てやがったか。

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