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俺、養ってって言ったよね!?  作者: 黒絵曜
第一章 黄金の町モルディアナ
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ヴァンからの贈り物。

「初めまして、ヴァンおじさま。わたし、トアっていいます。これからよろしくお願いします」

「お、おおう……これはどうもご丁寧に。儂はヴァンだ。昔、テオと一緒に冒険者をやってたんじゃ。よろしくのう――ってもう食べておるし!?」


 よほど食べたいのを我慢していたのだろう。ヴァンの言葉を全て聞き終える前に、トアさんが肉に貪り付いている。

 この子は一体? とヴァンが困惑しきった目を俺に向けてくる。


「まあ……なんというか、俺たちもこの街に来てからというもの色々あって、な。トアさんに悪気があったわけじゃないんだ。許して欲しい」


 俺はこれまでの出来事を全てヴァンに話した。


 《暁の旅団》から追い出されたこと。追い出された先で、トアさんに助けてもらったこと。

 このモルディアナの街に足を踏み入れてからおかしなことが起こっていること。

 などなど、全てを話した。


 勿論トアさんの身の上や、竜人だって話は伏せている。

 ヴァンは信用できる男だが、トアさんに関わる話は俺の判断だけで勝手に話していいとは思えなかったからだ。


「ふむ、そんなことが……」


 全てを聞き終えたヴァンは顎鬚を撫でつけながら、難しそうな顔で「むぅ」と唸っている。

 その横でトアさんは「お肉のおかわりをください!」と店主に追加注文している。

 どうやら食べるのに夢中で話を聞いてなさそうだ。

 まあお腹が空いているのに連れまわした俺が悪いし、ヴァンの奢りだから痛くもかゆくもないんだけどな。


「ひどい話だろ。スカーレットの奴、俺を追い出すだなんて」

「あほう。そんなのどっちもどっちじゃ」


 ヴァンは疲れたようにこめかみに手を当て、呻いている。


「たしかにあの娘っ子(スカーレット)は手癖が悪い性質ではあったが、よりにもよってテオに手をつけようとするとはのう」

「なんだ、じいさんはあいつの手癖のこと、知ってたのか?」

「そりゃあ儂も色々とあったからのう」

「うげぇ……じいさんそれマジか」


 スカーレットの守備範囲は意外と広いらしい。

 なんか節操がないというか……聞きたくなかったなぁ、身内のそういう生々しい話は。


「勘違いするでない。勿論断ったわ」


 ヴァンが鼻を鳴らす。


「儂のようなじじいを相手にするな。若いのだから自分をもっと大事にしろと説教してやったわい。そしたらスカーレットのやつ、顔を真っ赤にして怒り狂いおったわ」


 へえ、スケベじじいだからてっきり誘いに乗ったと思っていたがちょっとだけ見直したぜ。


「じいさんもそれで追い出されたクチか?」

「違わい。儂が《暁の旅団》を抜けたのは別件じゃよ」

「別件って?」

「ふふふ、気になるかのう?」

「あ、やっぱいいや」

「そう言うな。ほれ、これじゃよ」


 ヴァンが取り出したのは四角い箱のようなものだった。


「その箱がどうかしたのか?」

「ただの箱と侮るなかれ。写し身の箱というものなんじゃ」

「写し身?」

「まあ、見ておれ。いいか、動くなよ。そこでじっとしておれよ」


 そう言ってヴァンは写し身の箱を顔の高さに構えると、ぱしゃっと音を立てて光り出した。

 箱の側面からするすると音を立てて、紙が出てきた。しかしまっさらで何も書かれていない。


「白紙みたいだが……」

「そう急かすな。現像するまで時間がかかるんじゃ」

「現像?」


 その言葉通り、時間が経つにつれて紙に何か絵みたいなものが浮かび上がってきた。

 そこには人相の悪い大柄な体格の男――つまり俺がいた。


「なんだこれ? 俺が映ってるぞ!」

「ふふふ、すごかろう!」

「空間を切り取っている……空間魔法か?」

「そんな高度なものじゃないわい。こうやって箱に魔力をちょっと籠めるだけで、目の前のものを一枚の紙に映すことができることが出来るのじゃよ。記録魔法みたいなものじゃな」

「へぇ……よくこんなの見つけたな」

「遥か東の都に足を運んで、やっとのことで手に入れた掘り出し物じゃよ。いやあほんと手に入れるのに苦労したわい」


 自慢げに写し身の箱を見せびらかして、ヴァンは白い歯を見せて笑う。


「そうじゃ。坊主さえ良ければ、これをやろう」

「え? いいのかよ。それ苦労して手に入れたんだろう。そんな大切なものを――」

「いいんじゃよ。儂と坊主の仲じゃしのう。ほれ、ここで会ったのも何かの縁ということで、受け取れ」


 そう言って、ヴァンから写し見の箱を受け取る。

 ああ……昔からこのじいさんはそうだった。

 ふらりと誰にも何も告げずに何か月も空ける放浪癖があった。


 いきなり帰ってきたかと思えば骨董品や珍しいものを持ち帰ってきてはみんなに惜しげもなく振る舞う気前の良さを見せたり、異国の土産話をしたり、謎のおっさん扱いされながらも、なんだかんだでみんなから好かれていた。

 俺もその一人だ。


「これで美しい女子おなごとの思い出をいつまでも記録し放題というわけじゃ」

「やっぱりすけべじじいじゃないか」


 前言撤回。

 俺の中で上がっていたヴァンの株が下がっていく。


「何を言う。坊主もこの箱があったら、トアさんを記録したいじゃろ? 撮りまくりじゃぞ」

「うっ……」


 たしかにそれは考えないでもなかったけど、なんか見透かされるのは悔しい。

 この箱は家宝として末永く大事に使わせてもらおう。

 ちらりと横目でトアさんを見やると、すっかり幸せそうな顔でお肉に夢中になっていた。


「このにんにく?っていうお野菜美味しいですね! お肉と一緒に食べると、とてもご飯が進みますー!」

「そんなに気に入ったなら、持ち帰る? 焦がしニンニク持ち帰れるみたいだけど」

「いいんですか! わーい!」


 嬉しそうなトアさんは可愛いなぁ。

 こんなに喜んでくれるとこっちまで幸せになってくる。

 金出すの俺じゃないけどな!


「それにしても坊主。おぬしちょっと見ない間に変わったのう」

「変わった? 俺が?」

「うむ。なんだか以前よりも表情に活力が漲っておるような気がするのじゃ」


 ヴァンはにやりと笑う。


「まるで止まり木を見つけた渡り鳥のように、落ち着いて見えるわい。何か自分を変えるきっかけでも見つかったのか?」


 ヴァンの奴、相変わらず鋭い。

 伊達に長いことじじいをやってるわけじゃないな。

 俺はトアさんを見ながら、言う。


「目覚めたんだよ……」


 両腕を空高く広げて、恍惚に酔いしれる俺を見て、ヴァンは眉間にしわを寄せた。


「目覚めた? 何の話じゃ?」

「俺の人生は暗闇そのものだった。けれどトアさんと出会うことで、生きる意味を見い出すことが出来たんだ。生きることは素晴らしい。世界はこんなにも美しいことがあるんだとそう教えてくれた。彼女こそ無味乾燥な俺の人生に、救いの光を当ててくれた天使だ」

「……お、おう?」


 ヴァンは何言ってんだこいつって顔で俺を睨んでから、トアさんに視線を移す。


「トアさん……つかぬことを聞くが、あやつに何かしたか?」

「いえ、何もしてないですよ。というかティーさんって元からあんな感じだったんじゃないですか?」

「いや、昔はもっと真面目であんなこと言うやつじゃなかったと思うんじゃが……」


 おい、じじい。人聞きの悪いことトアさんに言ってんじゃねーよ。

 見りゃわかるだろ。俺は今も昔も真面目だ。


「嫌だったら、あやつに遠慮せず言っていいんじゃよ? もし言いにくければ儂が代わりに言ってやるが」

「いえ、大丈夫です。ティーさんはときどきおかしなこと言いますけど、悪い人じゃないんですよ」


 トアさんはなんて良い娘なんだろう。

 こんな俺に嫌悪感を抱いていないどころか、良い人だなんて褒めてくれるとか天使かな?


「ティーさんはわたしのこと気にかけてくれますし、現に悪い人たちから何度も守ってくれたんですよ」


 悪い人たち?

 ……ああ、そうだった。こんなところで思い出話に花を咲かせている場合じゃない。

 今すぐモルディアナから脱出しなければ。


「おい、ヴァンじいさん。街の外に出る荷馬車を探してるんだが場所を知らないか?」

「それなら儂の荷馬車がある。おぬしらは知り合いだし、特別に100スノーベルでいいぞ」

「げっ、金取るのかよ」

「何を言う。昔教えたであろう。人を動かすにはまずカネが要ると。ほら、払うのか? 払わないのか?」

「しょうがねえなあ」


 まあ飯奢ってもらえるし、馬車代くらい安いものだ。

 硬貨を取り出そうと懐に手を突っ込もうとしたとき、トアさんの声がそれを遮った。


「待ってくださいティーさん。そのお金、わたしに払わせてください。さすがに悪いですからね」


 そうしてトアさんがローブの中から取り出したものに、俺とヴァンは言葉を失う。

 まばゆい光を放つ、金と銀の宝石が両手いっぱいに握られている。


「ちょっ、トアさん!? それ一体どうしたの?」

「えへへ。家出するときお屋敷から持ってきちゃいました。ほんのちょっとだけしか持ち出せませんでしたけど」

「ほんのちょっとって……」


 俺は鑑定士じゃないから分からんが、たぶんそれ一生遊んで暮らせるだけの額はあるぞ。


「もしかしてこれではまだ足りませんでしたか? それなら――」


 トアさんが指をぱちんと鳴らすと、側頭部に隠されていた竜の角がぽんっと露わになった。

 あまりのことに、俺とヴァンがぎょっとなった。

 

 そうか、竜人というより普通の女の子みたいだと思っていたけどそうやって竜の特徴を隠していたのか。おそらくあれは幻惑魔法か何かの類……ってそんな悠長なこと言ってる場合じゃなくて!


「わたしの角を折ってください。竜素材ですし、きっとお金になるかと。もしこれで足りなければわたしの鱗を――」

「トアさんストップ! いいから早くそれしまって!」

「お嬢さん、悪いが儂にこれは受け取れん。あと約束してほしい。今後それを人前で軽々しく見せてはいかんぞ」


 声を潜めながら、俺とヴァンで必死に言い聞かせる。


「は、はあ……わかりました」


 トアさんは首を傾げながらも、幻惑魔法をかけ直して角を隠した後、おとなしく財宝の山をしまってくれた。

 店内を見回してみたが、客も店主も目の前の料理に夢中でトアさんの異変に気づいた様子はない。ほっとする。

 もぉー、なんなのぉ。怖いよ~、この子怖いよ~。


「坊主、すまんかった。やっぱり金はいらん。昔なじみのよしみでタダでいい」

「すまない……恩に着る」


 この場にいたのがヴァンで本当に助かった。本当に良い奴だよ、お前は。

 とにかく。

 ハプニングだらけで一時はどうなることかと思ったが、これで悪趣味な街ともおさらばだ。


「じゃあ、出発は明日の早朝でええかの?」

「いや、じいさん。今すぐ出たい」

「この時間にか? もうすぐ夕暮れだし、明日にすればよかろう」

「いや、一刻も早くこの街を出たいんだ。上手く説明出来ないが……この街はヤバすぎる」

「そうか。でも残念ながらそれは無理じゃ」

「無理ってどういうことだよ、じいさん」

「儂も出来ることなら坊主の要望に応えてあげたい」

「なんだよ、はっきりしねぇな」


 ヴァンは歯切れの悪さに、苛立ちを隠さずにはいられない。


「領主から封鎖令が出ておる」


 ――ヴァンの口から飛び出た言葉は。

 重々しい響きを伴って俺たちにのしかかってきた。


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