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俺、養ってって言ったよね!?  作者: 黒絵曜
第一章 黄金の町モルディアナ
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黄金の町モルディアナ

「ここがあたしの街、モルディアナなのー!」


 まず顔を上げれば、空に向かって伸びた尖塔が見えた。

 その周囲に、レンガ造りの建物が立ち並んでいる。

 色鮮やかな赤い屋根に、白い屋根。

 石できちんと舗装された道がまっすぐと続いている。


 人々の喧噪の声。

 賑わい。

 商談の声。

 営みの音。

 忙しなく走り回る馬車。


 ……そこだけ見たら、とても立派な街であったと、俺は惜しみのない賛辞の言葉を贈っていたであろう。

 けれど。



 ――異様。



 モルディアナという街は、その一言に尽きた。

 なぜならば、街のあちらこちらには様々なポーズをした、領主カトリーヌの巨大な銅像が建てられている。


 投げキッスをしているカトリーヌ。

 胸の前でハートを象り、こちらに微笑みかけるカトリーヌ。

 一糸まとわぬ姿で胸だけを両手で覆い隠している挑発的なカトリーヌ。

 床に這いつくばってお尻を突き出しながら上目遣いで誘いかけるカトリーヌ。


 ……そのどれもが何かしらの蠱惑的なポーズをとっている。

 しかもその全部が輝くような純金だ。


「どう、美しい眺めでしょー? 気が済むまで目に焼き付けておくといいのー!」

「へぇ、ここが人間の街なんですねー! すごーい!」


 トアさんがきょろきょろと物珍しそうに眺めている。

 そうか、彼女は家出してきたばかりだから人里見るのは初めてなんだっけ。

 これはだいぶ頭おかしい部類だし、普通の人間の街をこんなんだと思ったらダメだ。


 しかし俺もこの光景には、開いた口が塞がらない。

 だってこいつの悪趣味な銅像のせいで、せっかくの綺麗な街並みが景観を大きく損ねている。本当に勿体ない。


 ……それにしても、この悪趣味な銅像を建てるためにいったい領民からどれだけ税金をむしり取ったのだろうか。

 首都モルディアナの闇を垣間見たような気分である。


「それと、くれぐれもあたしの銅像に手は触れないでねー」

「触ったらどうなるんです?」

「そりゃあ決まってるの。良くて一生奴隷堕ちか、悪ければ死罪なの!」

「し、死罪!?」


 うわあ、このクソ幼女やっぱおっかねぇ。

 だからこれだけの人だかりで、あの銅像の周りに不自然なくらい空白が出来ているのか。しかもその側には見張りの衛兵がぎらぎらと目を光らせているし。

 街がおかしければ、そこを束ねる奴はもっと狂ってやがる。


「カトリーヌちゃん。それはいくらなんでもやりすぎじゃないですか?」

「そんなことないのー。だって、この銅像は私そのものなのー」


 あたしは国の宝なのー、とカトリーヌは胸を張る。


「あたしの美を曇らせたり、傷つけるようなことは許されざる罪なの」


 まああたしが美しいから触れてみたいって気持ちは分からないでもないけど、とカトリーヌは身体をくねらせながら言う。


「その身を以って、罪をあがなわせる以外に道はないのー」


そんなに自分のことが大好きなら、今すぐ死んだ方が世のため人のためではなかろうか。


「も、もしもの話ですよ」


 トアさんが青ざめた顔でびくびくと声を震わせて、言う。


「もし、わたしがうっかりカトリーヌちゃんの銅像を触っちゃったら……わたしのことも、その……し、死刑にするんです?」

「うん。トアちゃんの首をギロチンでチョキンっ! と斬っちゃうの!」

「ひえっ」


 怯えて身を縮こまらせるトアさんに、カトリーヌはからからと笑った。


「うそうそ、冗談なの。トアちゃんはとっても可愛いから許してあげるのー。けどそこのお兄さんは死刑なのー!」

「……」


 こいつ、さっきから言わせておけばムカつく奴だ。

 どうせこんなやりたい放題が許されているのも金と権力があるからだ。

 俺はカトリーヌから遠ざかりたい一心で、トアさんの手を取った。


「トアさん、もう行こう」

「え?」

「宿を早めに押さえておかないと部屋が埋まってしまう」

「あ、はい……」


 踵を返して立ち去ろうとすると。

 カトリーヌが今初めて俺の存在に気づいたとでも言わんばかりに、目を見開いた。


「宿なら心配する必要ないの。あたしの屋敷に泊まればいいのー! 部屋もたくさんあるから、好きな部屋を選んでいいの!」

「いいや、大丈夫だ」

「別に遠慮する必要ないのー。二人ともタダで泊めてあげるの」


 カトリーヌは引き下がろうとしない。

 ただの旅人に、途中で偶然一緒になっただけの俺たちにどうしてここまで執着するのだろうか。

 一体何を企んでる? 気に入られたにしても、ちょっと好意が行き過ぎてないか。


「これ以上、タダで世話になると悪いからな」

「そんなの気にすることないのにー。まあ、気が変わったらあたしのお屋敷をいつでも訪ねてくるといいの!」


 かと思えば、あっさりと引き下がった。

 意外だ。

 こいつの性格からして、まだまだしつこくつきまとってきそうだが、拍子抜けだ。


「ありがとな、領主さん。じゃあな」

「ばいばーい! あっ、宿なら東通りのルルティエってところがご飯も美味しくてオススメなの! あたしからの紹介だっていえばいろいろ融通してくれるのー!」


 元気たっぷりな声を背に浴びながら、俺たちは人混みの中へと歩き始めた。

 反対側の西通りへと。


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