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俺、養ってって言ったよね!?  作者: 黒絵曜
第一章 黄金の町モルディアナ
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冒険者パーティからの追放。



「あなたがその気なら……あたくしを嫁として迎えてくれませんか?」



 俺はスカーレット団長の言葉が理解出来ず、まじまじと彼女の顔を見つめてしまう。

 彼女はスカーレット・アイゼンシュタイン。

 《暁の旅団》という冒険者パーティを立ち上げ、その団長を務めている。


 燃えるような赤い髪を黒いリボンで結い上げ、妖艶な笑みで俺を見つめている。

 いつもは堅牢な鎧と、いかつい兜に全身を包んでいるが、今日は珍しくよそ行きの薔薇色のドレスで着飾っている。

 だからか今の彼女は、出るべきところがしっかり出た豊かな体型が露わになっている。

 たわわに実った胸は、ちょっと動いただけでも零れ落ちてしまいそうだ。


 男なら誰でも撫でまわしたくなるような尻と、しゃぶりつきたくなるようなむっちりとした太ももが剥き出しになっている。

 つまり、スカーレットはとても無防備だ。

 それでも気の強そうな外見のせいか、どこか人を寄せつけ難い雰囲気を放っていた。


 そんな彼女から、俺は告白を受けている。


「ええ。あたくしもそろそろ身を固めようかと思っておりまして」


 気のせいだろうか、スカーレットから熱っぽい視線を向けられる。

 上気した頬。

 潤んだ眼差しで、俺を見上げてくる。


 しかもお互い息のかかる距離だ。

 なんとなく間近で顔を合わせるのが気まずくて目を逸らすと――壁をどんっと鳴らされた。これは何が何でも逃がさないという意思表示の壁ドンであろう。


「多少行き遅れてしまいましたが、それでもあたくしは価値のある女だと思いますの。自分で言うのもなんですけど、容姿もそう悪くありません。それに見合うだけの実力と、財力もあります。……どうでしょう? いい話ではありませんこと?」


 スカーレット・アイゼンシュタインといえば冒険者界隈で、その名を知らない者は誰一人としていない実力者だ。

 平民出の俺とは違い、元はどこかの有力貴族の出らしい。


 らしい――というのは彼女に昔のことを尋ねると、不機嫌な顔になるから誰も尋ねられないでいる。

 最初は貴族の令嬢という、争いごとから最も遠い立ち位置にいたため誰からも期待されていなかった。

 荒くれたちはスカーレットを嘲笑った。

 彼女に近寄る者がいても、スカーレットの財産目当ての者がほとんどだった。


 だがスカーレットはその全てを実力で黙らせた。

 彼女には剣という素晴らしい才があったからだ。社交界で踊るよりも、前線で剣を振っていた方が性に合っていたらしい。

 誰よりも先に魔物たちの先陣に斬り込み、目にも止まらぬ神速の剣で敵の守りを切り崩す《真紅の剣姫》スカーレット・アイゼンシュタイン。


 彼女の一騎当千の活躍により、5年という短期間でAランクにまで上り詰めるという異例の快挙を成し遂げた。

 それが《暁の旅団》だ。

 彼女の元に才能ある冒険者たちが集められ、選りすぐりの精鋭たちで構成されている。

かくいう俺も数年前スカーレット団長に才能を見い出された一人で、《暁の旅団》で盾役を務めていた。


 彼女のおかげで今の俺があるといっても過言ではない。

 そのスカーレットが、俺に婚約の申し出をしてきたのだ。

 誰もが羨むような相手。その誘いを無下にする者は誰一人としていない。男である限り、誰もが喜んで飛びつくであろう。


 勿論、俺の返事は決まっている。



「断る」



 スカーレットは驚きに大きく目を見開いた。

 信じられないこと言われたとばかりにしばし立ち尽くす。


「まさかこのあたくしの誘いに、まったく動じないとは……さすが《不動のテオドール》と呼ばれ、前線で鉄壁の守りを維持してきただけありますわね」


 鋭い洞察力、明晰な状況判断能力。

 スカーレットは内心の動揺を押し殺し、表面上だけでも立ち直って見せたかのように取り繕っている。

 移り行く戦況に素早く順応していく様は見事だ。

 さすが《剣姫》の名を冠するだけのことはある。


「無数の敵に囲まれようとも、無数の攻撃に晒されようとも、あなたはそうやって臆せず前線であたくしたちを守り続けてきましたわね」


 けれどあたくしがその鉄壁を打ち砕いてみせますわ、とスカーレットは人差し指を突きつけてくる。

 灼眼が、挑みかけるように俺を射貫いた。


「お尋ねします。あたくしの何が不満だというのです? あたくしには魅力がないとでも?」

「いや、お前はたしかに魅力的だ。財力も、名声も、美貌も。お前のような女に求められて、惹きつけられるものがなかったといえば嘘になる」

「では、なぜです?」



「簡単だ。お前には――バブみがない」



「ば、バブ……なんです?」

「歳下でありながら母性を見い出せる女性……有り体にいうなら、歳下のママだ。だが俺はお前に甘えたいとは思わない。俺の母親になってお世話してもらったり、面倒をみてもらいたとは思えないんだ」

「え、えっと。つまり?」

「ようするに、俺はお前を、異性として見ることが出来ない」

「はぁぁぁっ!?」


 スカーレットが絶句した。さしもの《剣姫》も俺の言葉には驚愕を隠せなかったらしい。


「さっきから意味不明にもほどがありますわ。そうやって、あたしをからかって楽しんでるんだとしたら悪趣味ですわよ!」


 悪趣味か。

 それはちょっと聞き捨てならないな。

 俺はいつだって真剣なのに。


「悪趣味だというならば、スカーレット。他にも男がいながらも俺に声をかけてくるお前がそうじゃないのか?」

「ど、どうしてそれを――」


 言いかけて、はっと口をつぐんだ。


 スカーレットは男癖が悪く、複数の愛人を囲っている。それが原因で実家から追い出されたらしい。

 そんな噂をギルドの酒場で耳にしたことがある。有名人であれば根も葉もない噂が出回ることなんて珍しくもない。スカーレットの人気に嫉妬するものたちが、彼女を貶めるためにそういう悪評をばらまいたりなんてよくある話だ。


 数ある噂のひとつで適当にカマをかけただけだったが、彼女の反応を見る限り、どうやら本当のことだったらしい。

 いつものスカーレットならば何食わぬ顔で、否定してみせただろう。

 だが心が乱され、隙が生じている今だからこそしでかしてしまった失態だ。


「そう。そういうこと。……なら、話は早いですわね」


 スカーレットは何を考えてか、俺の腕を掴み、自らの胸元に誘導すると、ぐいぐいと押し付けてくる。服の上からだというのに、その柔らかな感触が手の平に伝わってくる。

 彼女に恥じらいはなかった。自分の武器が何であるかを理解しきったような顔だ。


「あたくしがこうすることで、喜ばぬ男はいませんでした。もちろん抵抗したりもしません。あなたが望むならこの先だって――」

「そんなお前だからこそ、俺が選ばれたのもその他大勢の一人として選ばれたようにしか思えないんだ。本当はお前、俺のことなんてどうでもいいんだろう?」


 畳みかけるような俺の言葉に、スカーレットの顔が歪む。

 こんなことを言うのはとても胸が痛むし、俺としても気が進まないのだが、変に後腐れを残しておきたくない。

 今後より良い関係を保つためにも、丁重にお断りしておくべきだ。


「そんなことはありません! あなたを愛しているの!」


 だがスカーレットは折れない。

それどころか涙を流し、俺に抱き着いてくる。何が何でも逃がさないと言わんばかりに。


「分かってくれ。俺はお前に興味を持てないんだ」

「他の男たちとは今すぐ別れます! あなただけを見ると誓います! 他に望むことがあれば何でもいたします!」


 思わず、耳を疑った。


「……今なんでもするっていったな。その言葉に嘘偽りはないか?」

「ええ、あたくしに出来ることなら何でも」


 スカーレットの期待のこもった眼差しが俺に突き刺さる。まるで肉を目の前にぶら下げられたオークのように。

 なるほど、彼女は本気のようだ。

 では、彼女が俺にふさわしい存在であるかを見極めさせてもらうとしよう。


「じゃあ、俺を養えるか」

「…………は?」


 スカーレットが凍りつく。


「こちらの条件は三つだ。一日三食はほしい。次に、一日の小遣いは30万スノーベルからだ。そして俺は何が何でも働かない」

「え、あ……その。テオったら、こんなときに冗談なんておよしなさい。笑えないですわ」


 スカーレットは顔を引きつらせながらも、笑い飛ばそうとする。

 もちろん冗談じゃない。俺は本気だ。

 スカーレットが俺との婚約を真剣に考えているように、俺も彼女に養われることを真剣に考えている。


 そもそも俺が冒険者をやっているのは女の子のヒモになるためだ。そのために冒険者として名声を上げてると言っても過言ではない。

 働かなくともお金に困ることはない、三食昼寝つきの生活。

 養ってくれる女の子が、優しくて包容力があってお金持ちでバブみがあって巨乳で、あわよくば美少女なら文句はない。


「何でもするんだろう? ならこのくらい簡単に出来るはずだ」

「その、いくらなんでも、おかしいですわ! 普通、逆です。女が男を養うなんて話、ありえませんわ!」


 まったく、嘆かわしい。

 古い価値観や慣習に囚われたまま、そこから身動きが取れないとは時代遅れにも程がある。

 俺は最後の確認のために、口を開く。


「お前に、その覚悟はあるか?」

「……っ!」


 スカーレットは力なく俯いた。唇をぎゅっと噛みしめ、震えたまま何も言わなくなってしまった。

 どうやら沈黙が彼女の答えのようだ。やはりスカーレットも俺にふさわしい存在ではなかった。

 答えもはっきりしたことだし、明日も早いから部屋に戻りろう。

 明日には廃墟の村に棲みついて、近隣の村々に被害を出すオークの討伐依頼もこなさないといけないのだから。


 だが、問題はスカーレットだ。今の彼女の状態では、まともにクエストをこなせるかどうかも怪しい。

 俺の一件を引きずったことで、悪影響を及ぼすようなことになったら申し訳が立たない。

 戻る前に、優しく慰めの言葉をかけておくべきだろう。


「安心してほしい。今日のことは誰にも言わないし、《暁の旅団》の一員としてこれからも努力は惜しまない。お前とは今後とも仲良くしていきたいと思っている」


 それでは失礼する、そう言い残して部屋を立ち去ろうとしたときだった。


「……ざけんな」

「ん?」


 スカーレットが何事かをぼやいた。声が小さくてよく聞き取れない。

 振り返る。


「すまん。もう少し大きな声で頼む」

「ふざけんじゃ、ないですわよぉっ!!」


 風を切り裂く音を聞いた瞬間、神速の刃が迫る。


「なっ……!」


 俺は身体をひねり、紙一重のところでスカーレットの剣から逃れた。

 それでも完全に逃れることは出来ず、刃が頬を掠めてうっすらと血が浮かび上がる。


 俺が彼女の剣に対応できたのも、《真紅の剣姫》と謡われる彼女の剣さばきを間近で見慣れていたからだ。もし初見であれば俺はスカーレットに心臓を貫かれ、絶命していただろう。


 けれど、そんなものはどうでもいい。

 問題は、スカーレットが俺を殺すつもりで剣を抜いたことだ。


「お、おい。スカーレット! これは何の真似だ!」

「お黙りなさいっ!」


 ぴしゃりと、切って捨てられる。


「落ち着けって! 話し合えばわかり合えるはずだ!」

「屈辱ですわ! 屈辱ですわ! 屈辱ですわ!」


 しかも怒りに任せて、やたらめったに剣を振り回し始めた。

 机や本棚や壁、何か重要そうな書類が細切れになっても構わず切り刻んでいる。

 ……駄目だ、とても話し合いなんて出来る雰囲気じゃない。


「そもそも、あなたを雇ったのはこのあたくしよ! なのに、ここまで一方的に謂われるだなんて! 恩を仇で返すだなんて! 恩知らずにも程があるわ! あなたみたいなクズ男、こっちから願い下げですわ!」


 スカーレットは目を鋭く吊り上げながら叫ぶ。


「団長として命じます。テオ、あなたは今日をもって《暁の旅団》から追放処分と致します! もう二度と冒険者をやれるだなんて思わないことね!」

「……は?」

「もう二度とあたくしにその面を見せんじゃないですわ! もし約束を破ったらぶっ殺します!」

「え、ええええっ!?」



 ――かくして俺は《暁の旅団》を追い出され、無職となった。


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