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マリーゴールド

作者: えるす

「お疲れさまでーす」


「桜木君お疲れさまー」


 デパートの一角にある、惣菜屋のバイトを始めておよそ1ヶ月。

ようやく仕事が板についてきて、遅番を終えたところで帰宅の途につく。


 僕、桜木義隆は今年の4月から華やかなキャンパスライフを送っている・・・予定だったのだが現実は厳しく、現在一浪中で勉強とバイトに明け暮れる日々を送っている。

一人での生活に早く慣れておこうと、実家から百キロほど離れている希望の大学のそばに引越してきたので、友達や知り合いとほぼ会うことがないのが寂しいが仕方ない。

 最初は少し緊張した従業員出入り口を悠々と通り抜け、今日の夕食を何にしようか考えながら歩き始める。

 一人暮らしを始めると、親がいるありがたみというのを痛いほど感じるものだ。

バイト先は家から徒歩15分ほどの距離で、途中にスーパーやコンビニもあるので食には困らない。


「今日はほとんど惣菜の売れ残りなかったし、コンビニ弁当でいいか・・・」


 そう、たくさん売れ残りが出たときはもらえることがあるのだ。

あいにく今日はほぼ完売となったため、適当に済まそうと思案する。

そんないつも通りの1日を過ごそうと思っていた矢先。


「こんばんは」


 ふいに横からかけられた女の子の声が「いつも通り」をかき消した。

肩ほどまであるサラサラと綺麗な黒髪に白いワンピース、薄明かりでもわかるほどの透き通った白い肌。

男が十中八九は可愛いと答えるであろう容姿の女の子。

彼女どころか女友達と言える知り合いすらほとんどいない僕だが、面識がある可能性を考え言葉を選ぶ。


「えーと・・・どこかで会ったことありましたっけ?」


 見た目は15、6歳といったところで明らかに年下だが、一応敬語で対応する。

すると女の子は質問には答えず、予想だにしないことを言う。


「迎えに来ましたよ、義隆君」


「・・・は?」


 自分でも間抜けだと思うような変な声が漏れた。

自分の名前を知っている不気味さもさることながら、発言の意味がまるで理解できず思考を停止したくなった。

しかし女の子は追い打ちをかけるように、言葉を畳みかける。


「私、死神なんです!」


「・・・」


(あーそうか。暖かくなってきたからちょっと頭がおかしな人が増えてきたんだな・・・)


そう自分に言い聞かせ、納得するように頷く。

これが男だったらすぐに無視して逃げただろうが、少しだけつっこんでみる。


「へえ、今時の死神は足がちゃんとあるんだな。鎌はどっかに忘れてきたのか?」


 小馬鹿にするように聞いてみる。


「それは人間が勝手に作り上げたイメージです!まあ死神って言っても、私が直接何かするわけではないので安心してくださいね。義隆君の『その時』が来たときの案内人みたいなものですから」


 こりゃだめだ。

どうしたものかと思案する。


「んーどうしよっか。警察に行くにしてもなあ・・・」


 独り言みたく呟いてると


「だーかーらー、私は死神なんですって!」


 設定を変える気はないらしい。

このまま無視してもよかったのだが、とりあえず普通の質問をしてみる。


「君、名前は?」


 僕の名前を知っているんだから、こっちも知る権利くらいあるだろう。


「名前・・・?んーと、なんだっけ??」


 やばい、これは強敵だ。

半ば諦め気味に次の質問をする。


「じゃあ住所は?まさかホームレスってわけじゃあるまい」


 なんだか迷子の子供を保護した警備員の気持ちが、少しわかったような気がした。


「住所?ええと、どこだっけ・・・?」


 まあ予想通りの答えである。


「じゃあなんで僕の名前を知ってるんだ?」


 一番知りたいことを聞く。


「んー、なんでだろう??」


 女の子は人差指を口に当て、空を見上げて自問自答する。

こうなると何を質問してもまともな答えが返ってきそうにないので、ダッシュで帰ろうと思った時。


「まあ今日はとりあえず報告に来ただけだから、また時々様子を見に来るね。それじゃあおやすみなさい」


 言いたいことだけ言って、嵐は去って行った。


「なんだったんだ、あれ」


 イタズラにしちゃどこか雑だし、まさかナンパ・・・?

いやそれはないな。

あまりにも謎が多く、考えながら歩いていたら、弁当を買う予定だったコンビニを通り過ぎてしまった。

慌てて引き返し、無事夕飯を手にしたところで家路につく。


 いつもより少しだけ遅い夕飯を食べながら、引き続き答えが出そうにない疑問に思考を巡らせる。

何故僕の名前を知っていたのか?

あの子が本当に死神だった場合、僕はもうすぐ死ぬのか?

そもそも死神なんてものが存在するのか?

正直もうあの子に会いたいとは思わないが、本人に聞かない限りわかりそうにない。


(会話が出来ないわけじゃないし、今度また会ったときに手がかりになりそうなこと聞いてみるか・・・)


 会いたくはないが、多分また会える。そんな気がしてならない。

味なんてわからない弁当を食べ終える。

 夕食後に勉強を始めるが、いまいち捗らない。原因はわかってる。

今日は風呂に入って早めに寝ることにしよう。

布団に入ってもすぐには寝付けなかったが、ずっと目を瞑っていると次第に意識は遠のいていく。

あの子との1、2分のやりとりが全てに感じた1日が終わった


-------------------------------------------------------------------------------------


(朝・・・か)


 明るくなった窓をぼんやり見つめ、陽が昇ったことを認識する。

あまり眠れた気がしないが、重い体を起こし洗面所に向かう。

 朝食の準備・・・(といっても、コンビニで買ったおにぎりとインスタントの味噌汁だけ)をしながらも昨日の出来事を反芻する。


(なんだったんだろうな、あれ・・・)


 何か手がかりはあるだろうか、とPCを立ち上げる。

インターネットのトップには、ちょくちょく見かけるようなニュース記事が立ち並ぶ。


『てんかんか?車が歩道に突っ込み、死傷者多数』

『M病院、麻酔の量を誤り、心臓手術の少女昏睡状態に』

『高校教諭また痴漢。今度はあの有名校』


 こういう自分で気をつけても防げない事故は、運が悪いとしかいいようがないよなあ・・・。

そんな事を思いながら、ニュース記事を読み漁る。

ざっと目を通したところ、手がかりになりそうな記事はない。

どうしようかと悩み始めてすぐ、そういえばと一つの可能性が思い浮かんだ。


「もしかしたら女子高生の間で、ああいうイタズラが流行っているかもしれないな」


 早速適当な検索ワードを打ち込む。だが何回か試してみても、それらしき情報は出てこない。

変に頑張るのが無駄に思えてきた。

それによく考えたら、ストーカーっぽくはあるが今のとこ実害があるわけでもないし、たまに様子を見に来ると言ったものの、また会うと決まったわけでもない。

ポジティブに考え、気持ちを切り替えた。

今日はバイトも休みなので昨夜できなかった分、勉強に精を出すとしよう。



「んー・・・」


 二時間ほど経っただろうか。

軽く伸びをして、コーヒーを胃袋に流し込む。


(気分転換に本屋にでも行って、ついでに昼も済ませるか)


 そう思い立ち、すぐに支度を済ませる。

玄関を出ると、柔らかい陽光が降り注いでいた。

足取りも軽やかに、歩いて十分程の本屋に向かう。

バイト先とはほとんど逆方向にあるので、帰りに寄れないのは残念だが、これだけ近い距離なので文句は言えない。

少し歩いたところで大きな公園が見えてくる。ここの公園を通り抜けるとちょっと近道できるのだ。

そして公園の入り口にさしかかったところで、あの声が聞こえた。


「こんにちは」


 出た。

透き通るような白い肌、白いワンピースに映える綺麗な黒髪。

自称死神は、昨日の今日で早くも現れた。

忘れかけていたところだったが、見事に心を折られる。


「あー今、出た!とか思ったでしょ?失礼だなあ、私はお化けじゃなくて死神なんだから」


 どっちも似たようなものだろう、と心の中で突っ込んでおく。

しかしそれよりも、少し恐ろしいものを感じた。

今は平日の午前十時半頃。学生だったら、この時間に私服で外を出歩いていることは普通じゃない。

それに昨日出会ったバイト先とは、まるで逆の方角なのだ。

家から出てわずか数分で出会うことが、果たして偶然と言えるのだろうか・・・。


「まだその設定続いてるのか」


 だんまりするのもなんなので、動揺を隠しつつ歩きながら話す。


「設定じゃないってば!」


 すぐに強い反論が返ってくる。

僕は面白半分に話を合わせてみる。


「ところで君の姿は僕にしか見えないのか?もしそうだったら、独り言を言ってる可哀想な青年に見られるんだけど」


 まともな答えが返ってくるとは期待しないで聞く。


「んー、なんて言えばいいのかな。見えているけど見えていない?」


 昨日みたいに知らない、わからないよりはマシだったものの、答えにならない答えが返ってきた。

だがすぐに女の子は言葉を続けた。


「普段は意識できないって言うのかな?ほら、すっごい影の薄い人っているじゃない?あれみたいな感じかな。さっき義隆君が言ったみたいに、私と話しているところを第三者が見たときは、ちゃんと見えているみたいだから安心してね。」


 想像してたより具体的な回答に少し驚く。


「へー、随分具体的な設定を作ってるんだな」


 存分に皮肉を込めて言う。


「まあ信じてくれなくても、私が死神だという事実は変わらないからいいですよーだ」


 あ、拗ねた。

正直ちょっと可愛いと思ってしまった。


「あっ!」


 そろそろ公園を通り抜けようかというところで、女の子は公園の隅にある花壇に駆け寄った。

色とりどりの花が咲く中、ちょこんと座り、綺麗なオレンジ色の花を指差し話し始めた。


「この花知ってる?マリーゴールドっていうんだよ。私が好きだった花なんだ」


 好きだった?

そんな言葉を飲み込み、女の子の次の言葉を待つ。


「でね、この花を好きになった理由がね。今思うと笑っちゃうんだよ。もちろん花自体が綺麗っていうのもあるんだけど、自分と同じ名前だったから、ってちょっとおバカな感じだよね」


(!?)


 やっとパズルのピースを一つ見つけられた気がした。

どう見ても日本人だし、ハーフってわけでもなさそうだから、マリーってことはないだろう。

つまりこの子の名前は「マリ」っていう可能性が高い。

そして好きだった、ということは死神は元々人間だったということか・・・って何を真面目に考えているんだ僕は。


「それでマリはいつ頃からこの花が好きなの?」


 できるだけ自然に会話する。


「マリ?誰それ?」


 しかし見事にかわされてしまった。


「あーだめか。ちょっとカマをかけてみたんだけどな。・・・死神だけに」


 最後はちょっと小声で言った。


「あはは、義隆君おもしろーい」


 予想外にも褒められてしまって、逆に恥ずかしくなってきた。


「でもマリ・・・マリ、か。いい名前だね、それ。君って呼ばれるのもなんだし、それが私の名前でいいよ」


 なんとも軽いノリで、自分の名前を決めてしまった。

まあ本人の了解も得たし、これからはそう呼ばせてもらおう。


「さてと、義隆君の用事を邪魔しちゃ悪いし、そろそろ帰ろうかな」


 まるでこれから僕が何をしようとしていたのか、知ってるような素振りで話すマリ。表情はどこか満足気だ。


「いや、別に邪魔ってほどじゃないけど」


 昨日はもう会いたくないと思っていたはずなのに、自然とそんな言葉がついて出る。

すると彼女は少し驚いた表情のあと、満面の笑顔で答える。


「ふふっ、義隆君って優しいんだね。でも昨日みたいに嫌われないうちに帰るね」


「そっか」


 マリの笑顔に、いいようのない感情を覚える。


「じゃあまたね」


 軽く手を振りながら小走りで去るマリに、僕も手を振り返す。

数秒の間、ぼんやりと彼女の去った方向を見つめ放心状態だったが、首を振り正気を取り戻す。

 予定通り本屋に行ったあと、適当に昼食を済ませ、まっすぐ家に帰る。

再び淡々と勉強を始めるも、午前中ほど捗らない。


(今日はだらだらして過ごすか・・・)


 一人ごちて、撮りだめしておいた番組を見ることにする。

寝不足なのもあってか途中寝落ちしてしまい、起きたらすでにいい時間だった。

この時間から何かする気にもなれなかったので、軽く腹に何か入れて風呂に入り、再び眠りにつく。

あれだけ寝たあとなのに不思議なほど寝つきはよく、意識はすぐに遠のいていった。



--------------------------------------------------------------------------------------


「お先に失礼しまーす」


「お疲れさまー」


 パートのおばさんと調理場を交代する。

今日のバイトは早番だ。

早番はごみ捨てや掃除等の閉店作業をやる必要がないので楽なのだが、売れ残りの惣菜をもらうことができないのが残念である。


(今日もマリ、会いに来るのかな)


 エプロンを取るだけの着替えを済ませ、そんなことを考える。

薄暗い従業員専用通路を抜け、外への扉を開けると陽光が差し込み、まだ日が沈んでいないことを主張する。

無意識に一昨日マリと出会った場所に視線を向けるが、彼女はいない。

しかし視界の外から聞き慣れた声が聞こえた。


「こんにちは。お仕事したあとだからお疲れさま、のほうがいいのかな?」


 マリだ。相変わらず同じ白いワンピース姿である。

仕事したあとに知らない女の子とはいえ、労いの言葉をかけられるのがこんなにも嬉しいものだと初めて知った。

だが男とは素直じゃない生き物だ。


「また来たのか。それよりも年頃の女の子なんだし、違う服を着たほうがいいんじゃないか?」


 軽く茶化しながら、家の方角に歩を進める。


「死神だから着替える必要が無いの!」


 マリはぷくっとわざとらしく頬を膨らませて言う。

ああそういえばそうだった。彼女が自称死神という設定をすっかり失念しかけていた。

それとほぼ同時にふと思った。


「なあマリ。百歩譲って・・・いや百億歩くらい譲って、マリが本当の死神だとしたら僕はもうすぐ死ぬってことなのか?」


 マリが死神だというのを全然信じていないはずなのに、自ら発した死ぬと言う言葉に、自分でゾクっとしてしまう。


「んーとそれがね、私にも義隆君にいつ『その時』が来るのかわからないんだよね。数分後かもしれないし、数ヶ月、数年後かもしれないの」


「へ?なんだよそれ。現実の死神は随分いい加減なんだなあ」


 軽くあしらう。

マリじゃないが人間が勝手にイメージした死神だと、数日以内には死んでしまう、というのが多い気がする。

マリと出会ってから三日目。漫画やゲームならもう死んでいてもおかしくない・・・ってまた本気で考えてしまった。

 確かにドクロ姿に鎌を持っている、というのはよくあるイメージだが、現実世界に現れた自称死神は普通にお喋りして、喜怒哀楽もはっきりしている普通の女の子である。

いくらなんでもそりゃないだろう、と自分に言い聞かせる。


「マリ以外にも死神はいるのか?いつからそうなったんだ?」


 しかしまだまだ謎だらけの彼女に、質問を浴びせかける。


「ん・・・私以外にもいるのかはわからない。私がわかっているのは私が死神で、義隆君を迎えに来たということ」


 少し悲しそうに、いつもより小さい声で話す。

じゃあ、と次の質問を投げかけようとしたところで、マリが遮った。


「・・・あの!あんまり答えられない・・・死神に関する質問はしてほしくないかな。なんだか胸が苦しくなるから・・・」


 さらに表情を曇らせて、弱々しく話す。

こんな人間らしい死神がいてなるものか。

できれば彼女のことは悲しませたくない。だが信じるということは、彼女が死神で僕はもうすぐ死ぬ可能性が高いということだ。


「そっか、ごめん」


 さすがにここは素直に謝っておく。

何か他に話題はないかと考えるが、沈黙状態のまましばらく二人歩き続け、気まずい雰囲気が漂う。

いつもはお喋りなマリも、しゅんとしてだんまりだ。

そうだ、と僕が沈黙を破る。


「あのさ、マリは僕に何か聞きたい事とかない?僕がマリに聞いてばっかりなのも悪いからさ」


 彼女は俯いていた顔を上げ、ちょっと驚いたように僕のほうを見る。


「聞きたい事、か。義隆君はさ、運命って信じる?」


 好きな食べ物は?とかベタな事を聞かれると思っていたので、一瞬戸惑う。

正直運命という言葉は信じる、信じないというより、言葉自体あまり好きじゃなかったりする。


「難しい質問だな・・・。どちらかというと信じてないかな?未来っていうのは、その時の選択で幾重にも枝分かれしているものだろ?」


 なるほど、といった表情で数回頷くマリ。


「ちょっと話が逸れるかもしれないけど、生きていくってことはそれだけで常に、ありとあらゆる何かを選択しているってことだからな。人は神の意思で動いているわけじゃない、自分の意思で動いているんだ」


 少し話が難しかったのか、目をパチパチさせて彼女は首を傾げる。


「まあ自分の選んだ道を信じて進むしかないってことさ。その先に何が待ち受けていようと、それは運命なんかじゃなく、ただ一つの事象に過ぎないってことさ」


 自分でも驚くくらい饒舌に語った。少し気恥ずかしい気分だ。


「へえ、義隆君ってリアリストなんだね。でも神の意思って言ってたけど、神の存在は信じてるのかな?」


 するどい突っ込みが入る。

自分でも全然気づかなかったので、自問自答して考える。


「あー、まあ神って抽象的なものだし、ピンチの時だけ信じるかな」


 適当なことを言って、切り抜けようと試みる。

すると彼女はムッと顔をしかめ、いじけるような声で言った


「死神の存在は信じないくせにー。でも自分の選んだ道を信じて進む、か・・・いい言葉だね」


 後半再び、少し俯いて呟く。


「でも選択の余地がない場合だってあるんじゃない?ほら、生まれつき手足が無かったり、病気だったりとか」


 今度は厳しい突っ込みが入る。

運が悪かったとしか言い様がない。しかしこう答えるのは何か違う気がする。

僕はいい答えがないかと、必死に思考する。

だがすぐに助けが入った。


「あはは、ごめんごめん。ちょっと意地悪だったね。でも義隆君って真面目なんだねー」


「え?」


 シリアスだった空気は、彼女の笑い声によって吹き飛んだ。

でもいつものマリに戻って安心した。


「お仕事とか勉強で疲れているのに、変なこと考えさせて本当にごめんね」


「いや、大丈夫」


 僕はそう答えながらも、彼女の質問に対する答えをまだ探していた。


「さて、と」


 マリが立ち止まり、帰るんだなということを感じさせる。


「僕も嫌な事ばっかり聞いてたみたいで悪かった。じゃあまたな」


 驚くほど自然にそんな言葉が出る。

彼女は今日一番の笑顔で僕の言葉に返す。


「うん、またね義隆君!」


 昨日みたいに小走りで駆けていくマリ。


「・・・」


 ふと思う。

バレないよう尾行して、彼女の正体を探ってみようか?

だが思考とは裏腹に、体が彼女の駆けていった方向に向かおうとしない。

怖いのだ。彼女が死神などと信じていないくせに、もし尾けていって人間ではないとわかる「何か」を見てしまうのが。

そうこうしてるうちに、彼女の姿は見えなくなった。


(・・・今日はまっすぐ帰ろう)


 様々な感情が渦巻く中、僕はまた彼女の言った『選択の余地がない場合』の答えを探しながら、家路についた。


--------------------------------------------------------------------------------------


「お疲れさまでしたー」


「お疲れさまー」


 すっかり慣れたやりとりを済ませ、仕事場を去る。

今日はそこそこ売れ残りが出て、結構な戦利品を確保することができた。

しかしそれよりも、僕の頭の中はマリの事を考えていた。


(今日はまだ現れていないし、多分また外に出たらいるんだろうな)


 多分と言っておきながら、期待のほうが大きい気がするのはなぜだろうか。

従業員通路を通り抜け、扉を開ける。

立ち止まり周りを確認してみるが、マリの姿は見当たらなかった。

別に会う約束をしているわけでもないので、仕方ないと歩き出す。


「まあ毎日様子を見に来るとは言ってなかったしな」


 納得するよう自分に言い聞かせる。


「・・・」


 ここ最近、時間にしたら数分だろうがマリといるときは、物凄く密度の濃い時間を過ごしているということを実感する。


「あいつ、普段は何してるんだろう」


 藍色に染まった空を見上げ呟く。

ぼんやりと考え事をしながら歩いていると、自宅のアパートが見えてきた。

あと数十メートルで着くというところで、横の細い路地から突然白い何かが現れた。


「はぁはぁ・・・こ、こんばんは、義隆君」


 いつもの白いワンピース。マリだった。

走ってきたのか、膝に手をついて軽く息を切らしてる。


「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって」


 ドクンドクン。

走ってもいない僕の心臓が、早鐘を打つ。

まるでデートの待ち合わせに遅れてきたみたいな台詞に、動揺を隠せない。


「いや、別に待ち合わせしてたわけじゃないだろう」


 できるだけ冷静を装って言う。


「あ、そっか。あはは、私っておバカだね」


 息を整えながら、自嘲気味に喋るマリ。

もう家は目と鼻の先なので、どうしようかと思案する。

自称死神とはいえ、この時間に年頃の女の子を一人暮らしの家に誘うのは躊躇われる。


「なあ、バイト先でもらってきた惣菜があるんだけど、よかったら一緒に食べるか?」


「え?」


 当然の反応。

すぐさま言葉を付け足す。


「いや僕の家でってわけじゃなく、そうだな・・・前会った公園のベンチとかでならどうだ?」


 少しの間、僕の顔を不思議そうに見つめ、すぐに笑顔になる。


「うん!まあ私は死神だから食べても食べなくても、どっちでもいいんだけどね」


 イタズラっぽく言う。


「あ、でもそれって義隆君の夕飯じゃないの?」


「僕は割と少食だから気にすることないって」


 マリの言葉を遮り、早速公園に向けて歩き出した。飲み物は持ってなかったので、途中にある自販機でペットボトルのお茶を二つ買った。

公園に着くと適当なベンチを探す。ここの公園は何度か来ているが、夜に来るのは初めてで、どこか新鮮さを感じる。

ベンチに座ると、早速かばんから戦利品のパックをいくつも取り出した。


「わーすごい。これ義隆君が作ったの?」


「このコロッケとか揚げ物は大体そうかな?まあ作ったって言っても、冷凍してあるのを揚げるだけだけどな」


 バツが悪そうに答える。

割り箸を渡すと、マリは早速コロッケに手を伸ばした。


「いただきまーす。んー美味しー」


 本当に美味しそうに食べるマリを見て、思わず嬉しくなる。

もう少し見ていたかったが、何か言われる前に僕も違うパックを開け、胃袋を満たす。


「こっちの煮物はパートのおばさんが作ったやつなんだけど、これも絶品だぞ」


 自分が食べていた煮物のパックを差し出し、勧める。

マリは滑りやすい里芋を器用につまみ、口に運ぶ。


「ホントだ!これも美味しいね」


「だろ?」


 ここ最近、一人で食べることがほとんどだったので、誰かと会話しながらの食事がこんなにも心満たされるものなのか、と思い知る。

・・・違う。ただの友達と一緒に食事したってこんな気持ちにはならない。

二人で勧め合っているうちに、元々一人分だった惣菜はあっという間に二人の胃袋に収まった。


「どれも美味しかったー。ごちそうさまでした」


 割り箸を片付けて、きちんと手を合わせる。表情はとても満足気だ。


「こんな美味しいものが、たまにタダで食べられるなんていいバイトだね」


「まあそれが目的でこのバイトを選んだわけじゃないんだけどな。マリもバイトするなら、こういう飲食系が合ってそうだな」


 笑顔が似合うマリなら、きっと看板的存在になるに違いない。


「んー、いつかできたらいいな・・・」


 どこか遠くを見つめて呟く。

・・・。

しばらく沈黙状態が続く。だけど昨日みたいに、嫌な空気の沈黙ではない。

僕が先に沈黙を破る言葉を発する。


「なあマリ。怒らないでほしいんだけど、マリは本当に死神なのか?」


「・・・うん」


 小さく一言。

死神の存在なんて信じてないし、信じたくない。

しかし短い付き合いだが、マリが嘘をつくような子だとも到底思えない。

そんな思いがこの質問をさせた。

マリの話が全て本当だと仮定して、話を続ける。


「その、変えることはできないのか?未来というか、僕が近いうちに死んでしまうという出来事を」


 運命、という言葉はもちろん避けて聞く。


「わからないけど・・・多分、無理」


 大丈夫かな?とマリの様子を窺うが、昨日みたいに嫌という感じではなく、どこか寂しそうに答える。

また昨日みたいな雰囲気になりかけていたので、冗談っぽく言う。


「漫画とかだったら死神を消す方法があるんだけど、マリが来たことによって僕が死ぬってわけじゃないみたいだから、僕の傍に現れなくなっても何も変わらないだろうしなあ」


 すると急に声のトーンを上げて、彼女は聞き返してくる。


「死神を消す方法?そんなのあるの!?」


 漫画の話だというのに、予想以上に食いつかれてしまった。


「昔流行った漫画でさ、死神が人間に恋をすると消えるってあったんだよ」


「・・・え?」


 困惑した表情に変わり、わずかに間を置いて続ける。


「それは困るよ。もしそれが本当だったら、私消え・・・わーなんでもない!なんでもないからねっ!」


 後半、物凄い早口でまくし立てながら、手を前に出しぶんぶん振る。


「・・・」


 いや、そこまで言えば、普通ギャルゲーの主人公でもない限り気付くだろう。

自惚れているつもりはないが、マリが僕以外の人に死神としてついているとも思えない。まして関係ない人と、喋ったりすることがあるとも思えない。

つまりそういうことだ。

今まで必死に認めようとしなかった感情が揺らぐ。

なんて言おう。なんて言えばいい?

懸命に言葉を探していると


「もし死神を消す方法があったら・・・義隆君は私の事、消しちゃうのかな?」


 イタズラっぽく言う。

あれ?もしかして冗談だったのか?


「マリは僕を迎えに来ただけなんだから、消しても意味ないじゃないか。だから消さないよ」


 真面目に答えてしまった。


「あはは、そうだったね。でも消さないって、言ってくれて嬉しいかな」


 もし、の話なのに本当に嬉しそうに笑う。

そんなマリの横顔を見ていると、ふいに立ち上がった。

ああもう帰るんだな、そんな予感をさせる仕草。


「さて、と。今日はご馳走様でした」


「こんなのでよければいつでも持ってくるぞ」


 さすがに売れ残りがもらえないときは、毎日二人分だと金銭的にきついが、そこは強がってみせる。


「じゃあまたね、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 軽く手を振りながら去る彼女に、僕も手を振って応える。

いつもみたいに小走りで駆けていく。

そんなマリの姿を、僕は見えなくなるまで見送っていた。


--------------------------------------------------------------------------------------


「ありがとうございましたー」


 今日も遅番のバイト。閉店まであと30分ほどなので、客もまばらになってきた。

調理場の掃除や片付けを手伝いながら、レジ作業をこなす。

仕事こそきちんとこなすものの、ソワソワしっぱなしだ。

もはや日課になりつつある、マリとの会話。今日は外に出たらいてくれるだろうか?

そんなことを思いながら、仕事が終わるまでの時間を消化する。


 店内に音楽が流れてきた。閉店時間だ。

ゴミ出し等の閉店作業を手早く済ませ、いつもの挨拶を交わしてから足早に店を去る。

少し緊張しながら外への扉を開け、周りを確認するが彼女はいなかった。


(今日もここにはいないか・・・)


 落胆を隠せず、とぼとぼと家路につく。


(まあ途中でまたひょっこり現れるさ)


 そんな期待と少しの不安を抱きながら歩き続けるが、どんどん自宅アパートまでの距離が迫る。

とうとう昨日出会ったアパート前の細い路地も通り過ぎ、目の前まで来た。

少し立ち止まり考える。


(まさか家の中にいるなんてことはない・・・よな?)


 再び歩き出し、自分の部屋の前まで来たところで、ポケットから鍵を取り出す。

中に居たっていい。いてほしい。

鍵を回し、ゆっくりとドアを開ける。中は当然真っ暗だ。

電気をつけ、大して確認するところもない狭い部屋、風呂場とトイレも一応確認したが、彼女はいなかった。


「・・・」


 自分の行動が滑稽に思えてきて、少し冷静になる。

とりあえず晩飯でも食べるかと準備しようとするが、今日は残り物がもらえなかったのに何か買ってくるのを忘れてしまった。

また買いに行くのも面倒なので、仕方ないとばかりに買い置きしてあるカップ麺で、適当に済ませることにする。

食べ終わると日課の勉強を始めるが、どうも身が入らない。


「ふう・・・」


 ある程度区切りがついたところで、風呂に入ってリフレッシュを試みる。があまり効果は見られなく、TVをつけて適当な時間を過ごす。

もしかしたら部屋を訪れるのでは?と思い、時々玄関のほうに視線を向けるが、いつも通りチャイムやドアを叩く音は聞こえない。

いつもより少し夜更ししたが、結局この日はマリに会うことがないまま床に就いた。


--------------------------------------------------------------------------------------


 今日も今日とて、遅番のバイトである。

勉強しているよりも、仕事をしているほうが気が紛れるので、ある意味助かる。

それでもやっぱりマリの事を考えてしまう。

昨日は彼女と出会ってから、初めて丸一日現れることはなかった。

出会ってまだ4、5日だというのに大げさかもしれないが、たった一日現れなかったことに一抹の不安を感じた。


「お疲れさまです」


「お疲れさまー」


 無難に仕事を終わらせ、お土産片手に帰宅する。

なんとなく予感はしていたが、外への扉を開けてもやはり彼女の姿は無かった。


「どうしちゃったんだろうな」


 呟きながら歩き出す。

もしかしたら、僕が死ぬという出来事が無くなったんだろうか?

それで彼女は消えたか、どこか別の人についた。

 運命などというものを認めたくないので、半信半疑ではあるが仮説を立てる。

しかし結局のところ、まだ謎だらけのマリ。

どこに住んでいるのか?そもそも家があるのか?普段は何をしているのか?

探したくても探しようがない。

だがもし、このままずっとマリに会えなかったら、僕はきっと後悔する。


(どうすればいいんだ・・・どうすれば会える?)


 答えがあるのかもわからない答えを探す。


「・・・っと」


 ぼーっと考えながら歩いていたら、危うく信号を無視するところだった。

再び思案する。

明日はバイト休みだし、適当に外を出歩いてみるか。

何もしないよりは絶対いい。うんそうしよう。

よし、と心に決めた時だった。


「義隆君」


 優しい声が後ろからかけられた。

一日聞かなかっただけなのに、どこか懐かしささえ感じる。

僕は振り向きざまに、その声の主の名前を呼ぶ。


「マリ!」


 喜びを隠せず、少し大きな声を出してしまった。

いつも通りの白いワンピース、透き通るような白い肌に、サラサラの美しい黒髪。

しかし表情はどこか浮かなかった。

僕は心配になって咄嗟に尋ねる。


「どうした?何かあったのか?」


 更に少し表情を曇らせるマリ。


「うん・・・突然なんだけど、私もう帰らなくちゃいけなくなったの」


「えっ?な、なんでだよ?」


 動揺を隠せず、声がうわずる。


「理由は・・・ごめんね、言えないの」


 頭の中が軽いパニック状態になる。

どうすれば、なんて言えば彼女を引き留められる?

そればかりが頭を駆け巡るなか、残酷にも彼女は言葉を続ける。


「義隆君、ありがとうね。死神としての仕事は全うできなかったけど私、義隆君と出会えて本当に楽しかったよ」


 だめだ、そんなのだめだ。

駄々をこねる子供のように首を振る。

何か言わなければ、と冷静さに欠けたまま喋る。


「なんとか、なんとかならないのかっ?」


「うん・・・本当にごめんね」


 踵を返し、歩き出すマリ。

行ってしまう。恐らくもう二度と会えない。

伝えなければ。大切なことを。

遠ざかる彼女を追いかけ、手を取る。


「!?」


 冷たい、とまではいわないが、明らかに生きている人間の体温じゃない。

だけどそんなことどうでもいい。マリが死神であろうがなかろうが関係ない。


「マリ、君の事が好きだ!だから、お願いだから・・・」


 精一杯の想いをなんとか伝えるが、次の言葉が出てこない。


「ありがとう義隆君。でも、もうだめ・・・時間がないの」


 振り返った彼女の頬に、透明の滴が流れ落ちた。

泣きながらも懸命に笑顔をつくる姿に、胸が締め付けられる。

しかし無情にも彼女は握った手を振り払い、僕に背を向け歩き出すと、暗闇に溶けるように消えた。

比喩などではない。

本当に「消えた」のだ。


「嘘だろ・・・」


 マリが本当に死神だった事よりも、消えてしまったことに絶望する。

僕はただただ立ち尽くす。

すると突然後ろのほうから妙に鈍く、大きい音が聞こえた。

エンジン音がどんどん迫る。

咄嗟に振り返る。

目の前には眩いばかりのヘッドライト。

その刹那、僕の視界は暗闇に包まれた。


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 夜の病院を歩いている。

手には一輪のオレンジ色の花。

今は何時頃だろうか。どこかに時計くらいあるだろうが、いちいち探す気にもなれない。

ロビーから看護師の話す声が聞こえてくる。


「あの心臓手術受けた子、6日ぶりに目を醒ましたんだって」


「本当に!?よかったわねえ、両親もきっと喜ぶわ。早速明日の朝、連絡しないとね」


 僕は歩みを止めることなく、迷わず目的の病室へ向かう。

階段で2階に上がると、廊下は薄暗く静まり返っている。もう深夜なのかもしれない。

 自分の足音だけが聞こえる廊下を歩くと、やがて目的の病室の前に辿りついた。

スライド式のドアをゆっくり開けると、淡い月明かりが部屋の中を照らしていた。

その月明かりを頼りに部屋の中を進み、ベッドに横たわる少女の傍に立った。

少女は目を閉じ、少し苦しそうに呼吸しているのがわかる。

僕は手に持っていたオレンジ色に輝く花を、少女の枕元にそっと置いた。

すると気配に気付いたのか、少女は目を開けた。


「私の好きな花、覚えていてくれたんだ・・・」


 マリーゴールド。

彼女の名前を知るきっかけになった花。忘れるわけがない。

会ったら言いたいことがたくさんあったはずなのに、言葉が出てこなかった。

代わりとばかりに、彼女の手をそっと握る。


「あの時の返事、まだしてなかったから、ちゃんとしないとね」


 先ほど苦しそうに呼吸をしていたのが嘘みたいな笑顔。


「私もね・・・私も大好きだよ。義隆君」


 泣いちゃだめだ。

情けないところを彼女に見られたくなくて、思わず顔を逸らす。

僕は必死に堪えながら、重い口を開く。


「マリ、ごめん・・・ごめんよ」


 自分でも驚くくらい情けない涙声。

許しを請うように、握っていた手に少し力を込める。

彼女はそれに応えるように手を握り返してくれる。


「うん、大丈夫だよ。大丈夫だから・・・」


うんうんと頷き、全てを受け入れるような笑顔で僕を見つめる。

僕は精一杯の優しい声で、あの言葉を告げた。








「マリ、僕は君を迎えに来た」




ハッピーエンドにしたかったけど、話の流れ的にこうするのが一番しっくりくるのでやむを得ず・・・。

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