私と隅田と図書室のお茶会Ⅱ
ざ―ざ―!なにか読者の人が波のようにひいていく音がする(´・ω・`)「恋愛話じゃないの?」「バカ!」「ウソつき!?」御批判等はお近くの妖怪ポストかこちらでも受け付けております(滝汗)それでは御茶会第二幕始ります(〃^ー^〃)
「四組の藤池」
「それは、また意外な…根拠はあるのか」
「藤池の事知ってるよね?」
「時々合同授業の時顔を見るぐらいだ。変わったやつらしいな。必ず香水で先生方に説教されてて『先生香水は俺の洋服ッス』なんて真顔で答えてた」
隅田の話ではクラスの女子には滅法人気がなくて、彼の席から女子が机ごと離れて、ミステリーサークルみたいになっているとか。
「香水がきつい印象がある」
女子が離れるのは香水のせいばかりとは思えないが。藤池のつき合っている女性がどんな人かは知らない。でも彼に彼女が買い与えた香水は今のところ見事な虫除け効果を発揮しているようだ。
「藤池は確かに香水をつけているが、あれはどう考えても男性用だと思う」
隅田の言う通り藤池は今朝も男性用の香水をつけていた。
あれはゲランのブルーじゃない。
だから私は素通りした。だけど途中で未来が言った。
「あいつ社長婦人とつき合ってるんだよ」
セレブという言葉を聞いて確かめたいと思った。階段で藤池を捕まえて私は彼に聞いたのだ。
「藤池あんた、彼女の香水つけて学校来た事ある?」
「あるよ」
そう彼は答えた。
「抱きあったりした時の残り香を最初は想像したんだ。でも、それだと朝あいつが使う自分の香水で消えてしまう」
藤池は私に言った。
「『会えない日は私の香水を身につけていてね』って彼女が言うんだ」
「…だから、やつの彼女という線も考えたんだけど、朝車で藤池を降ろすだけで彼女は降りないし…直接学校で音無君と接触があるのは藤池かと…お金持ちの女性ならゲランを使っている可能性は高い。でも香りを校内に持ち込んだのは藤池。音無君はそれを藤池の香りと考えるのが自然だと思う」
隅田が寒そうにして自分の左腕を右手でしきりに擦る仕草をしている。
「音無、私は藤池カップルがとてもキモいのだけれど…鳥肌が立って来た」
私は構わず話を続ける。
「停車中の社長夫人を見て一目惚れした、という線は捨てがたい。何と言っても女性だし。でも下駄箱か何処かで音無君が彼女の香水をつけた藤池に接触しても『彼女の香りだ』とは思わないだろう。音無君は香水には…」
「詳しいとは思えないし、そんな音無君私は嫌だ」
「隅田が言った初恋の女の子の香りとゲランは、どうしても符号しない、それに」
「それに?」
「図書室で隅田が睨んでいたのは車じゃなくて藤池だった」
「本当は窓辺で車に乗り込む藤池を見ていたのは音無君で、私はいつも横でそれを眺めていたんだ」
「そうなんだ」
「あいつ、懐かしい香りがしたんだ」
音無君は隅田にそう呟いた。
「あの子がいつも帰る時に残した香りにとても似ている」
ちょっと待って。
隅田は私に言った。
「残念だけど小野瀬、不正解だよ」
じゃあ誰なの?
「だから初恋の相手だって私は最初に言った」
「初恋の相手って何なの?」
香水が邪魔で像が結べない。
「音無君の初恋の相手は、私も名前も知らないし姿も分からない」
「どういう事…」
「音無君の初恋の相手は死神…そう、死神なんだよ、小野瀬」
「なるほど、死神か。それですべての辻褄が合う」
「小野瀬、私の言った事に疑念を持たないのか?てっきり私はお前に馬鹿にされるものと…」
「先程から隅田が私に話してくれた事を思い出せば、バラバラのピースが全部埋まるんだ」
「そう、なのか?」
隅田は半信半疑といった様子で私の顔を見ている。
「隅田お前は境界線症候群だ」
「なっ!…」
隅田は絶句して次の言葉が出て来ない。
「音無悠斗くんは純朴で他人への思いやりに溢れ、こよなく本を愛する非のうちどころのない少年…異論はあるか、隅田」
「ない」
「対して隅田は、対人関係に於いて好き嫌いが激しく、暴力的ともとれる言動が目立つ。音無君の家で私を襲った時の、まるで先祖帰りしたかのようなプリミティブな化粧」
「変じゃないって言ったのに」
「そして今回の妄言は決定的だ!す!べててお前が言った境界線症候群に当てはまるじゃないか」
「死神の話は私が音無君から直接聞いた話だ!」
「多分音無君はお前から藤池を守ろうとして、とっさにそんな話を思いついたんだろうな」
「私から、藤池を守る?」
「出会った時からお前は音無君に好意と尊敬のを抱いていた。間違いないか?」
「ああ」
「しかしそれは時として常軌を逸していた。音無君を愛するあまり、彼の事を他人とは違う、超越的な才能を持った人とみなすようになったんだ。お前と過ごすうちに音無くんはお前の異常さに気づいた」
「そんな」
「言の葉つかいなどと戯言や、普通に話すとかいう修練にも彼は黙って、つき合ってくれたはずだ。それはお前が彼に対し本気で心配して親身になる姿を見ての事だろう」
「彼は本当に優しい人だった」
「隅田が治療者で音無君が患者、そのような立場をとる事でお前に正常さを認識してもらいたかったんだ。全て友情からくるものだ」
「友情、か」
「だけど、お前はいつからか音無君に異性として好意を抱くようになった。そこまではどうだ、隅田」
「そこしか合ってない気がする」
私の推理に一点のぶれも曇りもない。音無君は藤池に惹かれていた。しかし叶わぬ恋だ。同学年の彼ら二人が学校で出くわしたとしてもなんら不思議はない。
『いい香りだね。何つけてるの?』
『ああ、これ?ゲランの…』
実は私はまだ藤池の彼女がつけている香水の銘柄を聞けてはいないのだが。
「そんなやりとりがあったのだろう。初恋の相手が死神なんて話はカムフラージュで、あんたの手が到底届かないような女を創造したんだ」
「実は…私、中ニの時に音無君に告白をしたんだ」
隅田の口元から溢れでた呟きに私は耳を疑う。
「で、結果は見事にふられた訳だが。その時に音無君が言ったんだ」
「ずっと忘れられない女の子がいるってさ」
『多分その子は死神だと思う』
「小野瀬お前の言う通りだ、お前本当にすごいな…でも」
隅田は静かに立ち上がると両手で机を力まかせに 叩いた。
「音無君は女の子の告白を断るのに、いい加減な嘘で誤魔化したりする奴じゃない!」
隅田は目に涙を溜めて言った。
「私の気持ちに対して彼は正直に答えてくれたんだ。今まで誰にも打ち明けなかった秘密を教えてくれた」
「隅田、ごめん」
私は隅田に詫びた。
「少し度が過ぎたよ、謝る」
「この通り謝る」
私は頭を下げた。
隅田はそんな私を制するように右手を軽く上げた。
「跳躍力あるなあ」
「跳躍力?」
「話題が思わぬ方に跳ぶ、まるでバッタみたいだ。音無君もそうだった」
「音無君も」
「彼の場合は羽根があるんじゃないかと思ったくらいだ、私は、いつもとり残されて戸惑うばかりだ」
隅田が読んだばかりのハリーポッターの話をしていると、いつの間にか舞台は中世の英国の森で。
一糸纏わぬ裸の女たちが目に見えぬ森の神に身を委ね抱かれている。
樹の枝や地上に張り出した樹木の根に麻薬を塗りつけ自らの股間にすりつける。
女たちは森に入り込んだキリスト教徒たちに狩られ火炙りにされた。
「音無君私はハリーの話がしたいの!」
『魔女や魔法使いって何で箒に股がってるの?って隅田が聞くからさ』
「戸惑う私を見て、彼は笑顔で満足そうに頷くんだ、さっきの小野瀬みたいにさ」
「すみません、今日って図書室やってない?」
突然ドアが開いて女子生徒が顔を覗かせる。うちのクラスの子だ。
「貸し出しや返却なら構わないよ」
立ち上がって隅田が応対する。他にあるのか図書委員の仕事って。
「鼬をこっそり飼っている少年の話なんだけどタイトルが難しくて」
「鼬を神様みたいに崇めているんだね」
「そう、それそれ、前に同じクラスの音無君が勧めてくれたんだけどタイトル忘れちゃって」
「題名は【スレドニ・ヴァシュター】だ。ちょっと待ってて」
隅田は書棚から素早く本を見つけると入り口で待っている女子に手渡した。
「ありがとう」
「その作品は短編集の中の一作なんで題名だけ探しても見つからない。ちなみに併録の【刺青奇譚】【イースターの卵】もオススメしとくよ」
女子生徒は隅田にお礼を言って立ち去った。
「あんな可愛い子にスレドニ・バシュターか」
「可愛いけど、残酷な話が好きだって言ってたわ」
「なら上等なアクセじゃないか。音無君は気前がいいな」
「ビアスにしないとこがセンスあるわ」
席に戻って来た隅田は私の前に一冊の本を置いた。
【夜の鳥】
「どう読む名探偵」
「音無くんの大切な本」
「それだけか、浅いな」
隅田の鼻から空気が抜ける音を聞く。
「傾向」
「全部いうな!」
私は隅田を制して音無君の部屋を思い浮かべる。
彼が大切にしている本や作家の名前が彼の蔵書の中で光だす。
「夜の鳥、ダミアンのヘッセ、ウィーアード・テールズに掲載していた時代のレイ・ブラッドべり、七十~八十年代末までのスティーブン・キング、まどみちお、金子みすず…」
全ての作品が線で結ばれる。
「子供」
『絵本は好きで何度も読んだけど、児童文学みたいなのは馴染める作品が少なかった。何故かって言うと、大概そうゆうのって、大人が子供のふりをして書いたものか、過去のノスタルジィなんだ。もう子供の心なんてないのにさ』
「子供の心か」
『どんなに恐ろしい話でも、話の中に子供なんか登場しなくても、子供の心がある作家というのがいるんだ。とても数は少ないけどね』
その中でも彼が取り分け大切にしていた本が【夜の鳥】だ。
家庭環境に問題を抱える少年ヨアキム。ヨアキムと自分しか見えない。普段は洋服箪笥に隠れている。夜になると子供部屋に現れる赤い目をした黒い鳥の物語。
悠斗くんはヨアキムを自分と同じと言っていた。少年時代の彼は一体どんな風景を見ていたのだろう。
「小野瀬、私は死神なんて信じていないよ。たとえそれが彼の言葉であったとしても、私は幽霊やモノノケなんて見ないし、見たとしても認めない」
「私もそういうのは、ちょっとね」
「ただ音無君の世界では、それはあるものだし、私の世界にはそれはない…それだけの話なんだ」
私は唸った。
「そんなに難しい話じゃないんだ、小さい頃の彼の話は聞いた事があるか?」
「体が弱かったって、音無君のお母さんが話してた」
隅田は頷いた。
「小学校に上がるまで、ずっと病気がちだったらしい」
悠斗君は普段普通に生活していて、ある日突然食べ物や水分を全く受けつけなくなってしまう病気だった。
風邪を引いたわけでも、食あたりしたわけでもないのに、突然強烈な吐き気に襲われる。
その日に食べたものは全部吐いてしまう。
異の中の物を全て吐き出しても吐き気は収まらず吐き続ける。
体中の毛穴から汗が止めどなく吹き出して脱水症状を引き起こす。
「まだ幼い子が…さぞ苦しかったろうな。体力を消耗し尽くした頃になると高熱をだして意識が混濁するんだ、そんな事がしょっちゅうあったらしい」
「悠斗君は何の病気だったの」
「多分、アセトン血性嘔吐症。乳時期から幼年期の子供に特に発症例が多い病気で、体内でアセトンという毒素を大量に作り出してしまう病気なんだ」
「アセトンって何なの?」
「身近な物だと除光液なんかに使われているのがアセトンだな。あんなもの一口でも飲んでみろ、それが大量に体内で作られるんだ。アセトンが体内に入ると食べ物や水は一切受けつけなくなってしまうらしい」
悠斗君の体は突然体内で毒素を作ってしまう。
「痩せていて、神経が過敏な子供がかかりやすい病気という以外、原因はよく分からないらしい」
家庭環境に問題がある子供に発症例が多いとも言われているらしい。
「当時の音無君の家の家庭環境は…彼に聞いた限りではお世辞にも子供にいいとは言えなかった」
悠斗君は元々産まれた時は未熟児で体も小さくて弱かった。
悠斗君の父方の祖母に当たる人はあまり性が良い人ではなかったらしい。
悠斗君が産まれるとすぐ実家からやって来て家に居座り、母親から悠斗君を取り上げてしまった。
祖母が体調を崩して実家に戻るまで、悠斗君は祖母の事を「お母さん」と呼んでいた。
家のお金も全部祖母が管理するようになり、悠斗君に好きなものを欲しいだけ買い与えた。
病気がちなのは全部お母さんのせいにして責めた。
これでいさかいが起きない訳がない。
祖母が実家に戻った後もご両親の仲は険悪なままだった。
悠斗君のお父さんは悠斗君のために一人部屋を用意した。多分お父さんにはお父さんの考えがあったのだと思う。
夜はいつまでも眠れなかった。毎晩ひどい耳鳴りに悩まされた。一人でドアを閉められた子供部屋は本当に怖かった。階下では両親が言い争う声がいつも聞こえていた。
「音無君はよく朝起きると耳鳴りと目がチカチカしていたって言ってた」
『子供の時の僕は世界と全くチューニングがあってなかった』
「予兆もなしに具合が悪くなるなんて、お母さんも気が気でなかっただろうね」
「予兆というのは実はあるらしいんだ。気分が悪いとか目眩とか、それを幼い子供は大概は上手く伝えられない。悠斗君にも発作のサインはあった」
「発作のサイン」
「突然目の前に現れる女の子だ」
「それが死神?」
「規則性があって、その子が目の前に現れていなくると、必ず発作が起きて死線をさ迷うような体験をした、だから音無君にとってその子は死神なんだろうな」
「でもそれは、きちんと説明がつけられる事なんだ。オカルトまがいの話じゃないんだ」
隅田に言わせると、全て発達児童心理学の範疇で説明が可能らしい。
「幼年期の子供の脳は未発達で善悪や幻想と現実の境界がない」
「これだけの条件が揃えば、私や小野瀬だって子供の時何か見たかも知れない」
「香水の香りはどうなの?」
「女の子が現れた時、そして目の前から居なくなった後も、周囲には花のような香りが残っていたそうだ」
それがゲランの香りに酷似していた…不吉の前兆か。
「幻覚というのは香りを伴うものなのかな?」
「稀にだけど、ないわけじゃないらしい。素晴らしい森の風景画や果物の絵を見た時に匂いを感じたり」
「でもそれは触媒となる絵画のイメージがあってこそでしょ?死神と花の香りはそぐわない」
「確かに、初めて音無君がその幻覚を見た時に、近くに花壇とか花があったのかも知れない」
その可能性は否定出来ない。先日訪れた悠斗君の家の庭には庭木や花が沢山植えられていた。
「アセトン血性嘔吐症って高熱を伴う病気?」
「感染症の場合は熱が出る事も」
「悠斗君は常に感染症だった?」
「…それは、分からないけど、弱い子なら風邪もしょっちゅうひくんじゃないかな」
「発作の頻度は?」
「一週間にニ、三回は具合が悪くなったって言ってた」
「その度に発熱か、多過ぎるな」
「その当時の事は、音無君のお母さんにでも聞いてみない事には詳しくは分からない」
そこから隅田の歯切れが悪いのも仕方ない事だと思った。
「死神…その女の子は鎌を持っていたのかな」
「…音無君の話では鎌を持っていたらしい」
「全然分かんないや」
私は頭を掻いた。私頭悪いのかな。
「何が分からないんだ、小野瀬」
「隅田は小さい子供だから幻覚を安易に見る事は可能だと言った」
「確かに言った。俗に言う『目には見えないお友達』というやつだ」
「善悪や現実と空想の境界線が無いなら、生と死はどう?死という概念は、幼児期の子供にはあるかな?」
「あるはずかない、それらは全て脳の発達や経験によって得られるものだからな」
「では、何故死神なんだろう。何故鎌なんて持っているんだ」
死の概念が具現化したのが死神なら、死神の鎌は魂を肉体から切り離す道具。死に対する恐怖の象徴的なものなんじゃないかな。
私はその疑問を隅田にぶつけて見た。
「昔から人間の死は、肉体が魂から切り離される事と考えられてた、それが死神のビジュアルイメージに繋がってると思うんだ。なんで年端もいかない子供だった悠斗君がそれを見れたのかな」
「人間の脳は簡単に自分自身を欺く」
切り返しが早い。
「昔読んだ本や映画の結末が記憶と全然違ってる事ってない?音無君のもそれ。女の子が現れる度死にかけた記憶、それに後から死神や鎌の記憶が追加されただけ」
小野瀬の指先が【夜の鳥】の表紙を撫でている。
「私はこの本に出てくるマルブリッドみたいになりたかったんだ」
マルブリッドという少女はヨアキムが密かに思いを寄せる少女だ。
彼女はいつも家の前の路上に立っている。
心臓が悪いマルブリッドのお母さんが、いつも彼女を窓から眺めている。
マルブリッドを溺愛する母親の視界より遠くへ行く事を禁じられている。
ヨアキム少年の日常は過酷だ。大学を出て教職についたお父さんは学校に行くのが怖くて家に引きこもっている。
お父さんが教職についたら、今度は自分が目指す仕事に就く勉強を始める約束だったお母さんは、今も大嫌いな仕事を生活のために続けている。
家の中は争いが絶えない。ヨアキムは心配する。「もしかしたら、お父さんが家を出てしまうんじゃないか」と。
夜になると箪笥から黒い鳥が出てくる。最初は一羽だったのに数は日増しに増えて行く。鳥の声が怖くて煩くて眠れない。
一歩でも学校や外の世界に出たら。
「お前の父さんは頭がおかしい」
そう言って苛められる。
物語の終盤になっても何一つ解決なんてしない。
ヨアキムは他の子供たちに脅かされてスーパーで万引きをさせられる。
万引きしているところをマルブリッドと彼女のお母さんに見られてしまうの。
ヨアキムは絶望的な気持ちで夜窓を見ている。
北欧の街に雪の降る夜。
窓の外の街灯の下にマルブリッドは立っている。
ヨアキムは外に出てマルブリッドの側まで駆け寄る。
マルブリッドは黙ってヨアキムの手を握る。ただ、それだけ。
「あの場面が涙が出るくらい好きなの」
「隅田、あんたはマルブリッドのお母さんか、二人でいると何をしでかすか分からない力持ちのサーラだよ」
「違う違う、私はマルブリッドよ」
違う違うって。
「あの物語は私の記憶ではあそこで終わるはずだった、だけど違ってた」
「最後はサーラの台詞で終わるんだ。覚えてる?」
「忘れてしまったみたい」
「思い出せ」
「えっと…ねえ、ヨアキム」
「私たち秘密を解き明かすクラブを作らない?」
そうだ。だから私は、あんたを追い込むつもり。悠斗君の恋の香り。それを辿りここまで来た。
悠斗君は隅田に「幼い頃に出会った死神を思い続けている」と打ち明けた。
隅田は私の前で「幻想に過ぎない」と切り捨てた。おそらく彼の前でも。
「隅田、あんたは神様って信じる?」
「随分、唐突ね」
私は「唐突ではない」と首を振る。
「隅田は幽霊やモノノケの類いは信じないと私に言った」
「確かに、そう言った」
「死神は幽霊やモノノケではなくて神様でしょ?神様は信じる?」
「神様は」
隅田は僅かに口ごもる。
「私の祖母は、母方のだけど、とても信心深い人で、私の事をとても可愛いがってくれたんだ。母の実家は関西で、おばあちゃんの家は京都にあった。京都から出て来る度に、私に可愛いお守り袋を手渡してくれた『いつも、あんたの事を神さんにお祈りしてる。これ以上ええ子にも可愛い子にもならんでいい。今でも充分ですけど、悪い事がありませんようにな』」
「悠斗君から聞かされた死神の話は流暢に淀みなく否定したのに、自分が信じる神さんは否定できるか?と聞かれると言い淀む」
別に責めたい訳じゃない。
「隅田、あんたは正しいと思う、けど」
「けど、何だ」
「初恋だったって言うくらいだから、悠斗君にとってもお前じように大切で、神聖なものじゃなかったのか?今の口ぶりだと、私に話したのと同じ事を幽斗君にも」
「言ったよ」
隅田は顔色一つ変えないで言った。
「そんなのまやかしで本当の恋じゃないってな」
「悠斗君傷ついたんじゃないのか」
「ああ、だけど私の立場になってもみてくれ、私は彼が幼い頃に見たっていう死神だか幻覚だかわけのわからないものに負けたんだ」
「私の質問への答えがまだだ」
「私の立場なんか関係ないって事か」
「その通りだ」
「まったく」
隅田は苦笑しながら、その後ぽつりと呟く。
「虫のいい話だけど、音無君がいなくなってしまった時から…神様なんていないんだって時々思う」
「音無君が見た何かだけ否定したかった?」
「そうだな、多分プライドとか体裁が悪いのとか繕うために」
「隅田は悠斗君が他の人に変な人と思われないようにって言ったけど、私があんたなら多分ほっておく」
はっとした顔で隅田が私の顔を見る。
「別に私がそっち側の人間にならなければいい。私が彼を理解しているなら、死神の妄想?初恋?それだって音無くんの一部なら好きになるよ、私はね」
そして多分私は間違っている。
「隅田が正しいんだと思うけどね」
結果隅田のおかげで悠斗君は孤立を経験する事なく学生生活を送る事が出来たのだから。
「死神って何処の宗教の神様なんだろうな」
「さあ、死なんてそこら中に転がってるものだからな」
「少なくともキリスト教では死神という神様はいなくて、死神の役目は天使がするらしい」
「なら悠斗君が出会ったのは天使かも」
「可愛いかったり、美しく神々しい天使に魅了されたというなら、まだいい」」
死を手土産にやって来る死神と知っても、なお…そうなのかな?悠斗君。
「悠斗君は最後に会えたのかな」
隅田は返事をしなかった。
「隅田、神様を否定するならむしろ神様肯定した方が近道だよ」
「どういう事だ」
「神様を信じて疑いを持たず神様を探して。肉体が滅んでも探し続けて。希望を捨てずに」
「言ってる意味が分からんが」
「希望や望みは潰えたり折れたりする事の方が多いから、神様が存在しない証拠にぶち当たるかも」
「なるほど」
「そしたら星ぼしを訪ねて…神様のような存在に出会えたら、そいつを殺すの。充分殺し終えたなら最後に自分と自分の中の神様を始末すればいい」
「悪魔かお前は」
「悠斗君のお勧め本に書いてあったよ」
「私が音無君の見たものを否定した時」
「音無君は悲しんだ?」
「いや、ただ一言だけ私に言った」
『隅田は、みすずの【星とタンポポ】読んだ事がある?』
見えぬけれどもあるんだよ、見えないものでもあるんだよ
「これ以上ない美しい言葉の引用での反論、てやつだな」
「しかも星に喩えるか」
「きれいな言葉が心に沁みて嫌になる」
私と隅田は笑うしかなかった。
「隅田」
私はこれだけは隅田に、どうしても言いたかった。
「何故手を握らなかった」
「小野瀬」
「マルブリッドになりたかったなら、何故悠斗君の手を掴んでくれなかった」
そしたら彼は、多分死なずに済んだかも知れない。
「具合が悪かったり倒れそうになった時くらい、辛いとか…側にいてとか…言ってもよかったんじゃないのか」
「それは…」
「どうせ『私全然平気だか気にしないで』とか言ったんだろうな」
隅田は小さく頷いた。
「でもそんな事が出来るなら、私もあんたも今ここでこんな事してないよね」
「そうだな」
「約束があるから、なんて理由で具合の悪い隅田を置いて帰れるような人じゃなかった」
また頷く。
「選択の余地すらなく、あんたが大切だからだよ、隅田澄香」
隅田が鼻を啜る音がする。
「私のせいで、私なんかのために、なんて思ったら悠斗君が悲しむと思う」
「うん」
運命とか、あの坂道で事故に合う確率とか私には分からない、けど。
「悠斗君は自分で選択したんだ。学校に残る事も帰り道も、お前のせいじゃない」
「小野瀬」
「なんだ」
「最初に言ったお前の言葉と、今お前が言った事…矛盾してないか?」
「両方私の本音だよ」
裏も表もない、私の気持ちだ。
「私は何者でもない、 ただの傍観者だ、だから分かる事だってあると思う」
「そうか、小野瀬、ありがとうな」
私は時計の文字盤に目を落とす。しんみりした空気は苦手だ。
「哀れな男を待たしているんだった」
私たちは自然と目の前に置かれた鍵に目が行く。
「これは、持ってていいもんじゃないと思う」
きっぱりとした口調で隅田は言った。
「小野瀬、もうすぐ夏休みだな、予定空いてる日はありよな?」
「あるけど何で?」
「海にでも行くか」
「女2人でか?」
「ああ、江ノ電に乗って鎌倉か湘南なら、そんなに遠くないはずだ」
捨てるなんて出来ないだろうし悠斗君のお母さんに返すのも、と隅田は言うのだ。
「海にでも流してやろう」
隅田は言った。
「鰯の弔いだ」
「この鍵鰯に似てる?」
「音無君の好きな、みすずの詩だよ」
「知ってる」
「癪にさわる女だ」
隅田はいつもの隅田に戻っていた。
「それから、お前は明日から放課後私と図書委員の仕事を手伝え」
「なんで私が!」
隅田は立ち上がると貸し出しカウンターに向かって歩いて行く。
そこから持って来た小さな段ボールの箱を目の前に置いた。
「なんなの、これ」
「栞だ。これに音無君が言ってた本の紹介文を書こうと思う」
箱の中には色とりどりのリボンがついた栞が入っている。
「音無君の名前は入れない。彼は照れ屋だからな」
「それを私に手伝えと?」
「私一人でやるつもりだったが、あんたにも手伝わせてやる」
隅田は私に向かってやわらかな微笑みを浮かべて言った。
「私に出来るのはせいぜいこのくらい、そしてこれが私があんたに科す罰だ」
「まあ、気が向いたら来てやるよ」
「ああ、頼むよ」
私は隅田にお茶の礼を言うと席を立つ。
「隅田、私やっぱりお前は虫が好かない」
「ほう」
隅田の眉が片方つり上がる。
「でも」
私はそっぽを向いたまま隅田の胸を指さした。
「もう会えないと思ってた人に会えた」
音無君はそこにいた。
「私もだ」
「悠斗君に会わせてくれてありがとう」
「こちらこそだ」
隅田と別れた後私は三階の階段を降りて昇降口へ向かった。
大分隅田と話しこんでしまった。
「悠斗君がヨアキムで死神は彼のスレドニ・ヴァシュタ―か」
死神が彼の初恋の少女だったとは。
とっくに帰っただろうと思ったけど藤池は昇降口にいた。
愛とか人を思う気持ちが純度が高まると人は死に近づくというお話で(´・ω・`)あほ!テ―マとかばらしてんじゃねえ!?(o゜∀゜)=○)´3`)∴御茶会参加ありがとうございます(〃^ー^〃)次回また・・お読み下さってありがとうございますm(_ _)m六葉翼