うたた寝
模擬演習を終えた累は、寮へ戻るクラスメイトを尻目に、ボンヤリと周囲を散策していた。
昼食をとりに行く彼らと違って、口から栄養を摂取する必要がないのだ、自室に用はない。
とはいえ、身体は休息を欲していた。
いつも通り、さっさと部屋に戻って休もうかとも考えたのだが、テーブルに積まれた書類を見てしまうと、落ち着かない気持ちになるのだから仕方ない。
発生したノクスロスの被害状況や、犠牲になった魔法士の割合……なんて報告を見るだけで陰鬱としてしまう。新たに補充された人員を紹介される度に、その代わりに欠けた人間がいる事を意識せざるを得ない。
であればいっそ、このまま部屋に戻らず、どこか適当な木陰で休んでみるのも楽しいかな、なんて思い付いたのだ。
足の赴くまま、訓練場の森を出て、校舎から離れた木立へと歩いていく。
晴れた日差しは草木を照らし、柔らかい風が吹き抜けていて、とても気持ち良い。
夜とは違って、鬱蒼とした雰囲気もなければ、蠢く穢れの気配もない安心感に、ほっと落ち着く。
あー、なんだかこれなら休めそう……と、道から少し逸れた大木の根元に腰を下ろした。
すると思いの外、心地が良くて。
小鳥の囀りに耳を澄ましているうちに、意識は遠退いていた……。
***
「…………ちょっと……だけだもん……」
「それが……ってんだよ…………」
微睡みの中で、誰かの声が聞こえてきた。
「……だって…………いーじゃん…………」
「…………ずるい……私だって……」
基本的に、起きてる時も寝てる時も、累の周囲から人がいなくなることはない。
誰かの気配が側にあったところで、特に気に掛ける程のことではないのだ。
だから、少しうるさいと思いつつも、再び眠りに落ちようと……したのだが……、
「おいおいっ、だから……っ」
「ちょっと……ウチが先に見つけたのに……」
「ダメだよっ、累くん起きちゃうって……!」
「……ほら、既成事実をね――」
「――…………既成事実……?」
あまりの騒がしさに、流石の累でも、眠り続けるのは困難だった。
聞こえて来た言葉を反芻しながら、ゆっくりと瞳を開ければ、
「あ、累くん……?」
「きゃあっ、起きたっ……!」
「あはっ……お、おはよー……」
驚いた顔のニイナと、飛び退るニイナの友達2人に、目を瞬かせる。
そして、
「遅ぇよっ、起きるならもっと早く起きろっ!」
状況が把握できず、ボンヤリと前を見つめる累の頭を、すぱーんと叩いたのは和久だった。
「……ったー……寝てただけなのに何故…………?」
寝ぼけた頭には激しすぎるツッコミに、一瞬で覚醒した。……いや、させられた。
ため息とともに欠伸を噛み殺し、背もたれにしていた木の根元に座り直す。
少し目を閉じただけかと思ったが、チラリと見えた太陽は傾き始めていた。一瞬で深い眠りに落ちていたらしく、疲労感は結構スッキリしている。
「……自然の中で寝るって、アリだね……」
「何しみじみ呟いてんだよっ。こんなところでマイペースに寝てんなっ」
「えー……誰もいなかったからー……」
何故か呆れ果てたように言い捨てる和久に、のんびりと言葉を返しながら、風で乱れた髪をくしゃりとかき上げる。
「で、どうしたの? みんな揃って」
そう。
目の前には、ヤンキー座りで眉間にシワを寄せている和久と、その奥で気まずそうに苦笑いをするニイナ。そして満面の笑顔のニイナの友達2人……。
いつの間にか4人も集まっていたらしい。そりゃあ騒がしいわけだ。
「お、おはようっ、峯月くんっ」
「はい、おはよー」
「こんなところで奇遇だねぇっ!」
「ホントだね。……えっと、ニイナの友達の……」
「そうっ、覚えててくれた? ウチらは――」
「――肉食系のオオカミだ……」
勢い込んで自己紹介しようとした2人の言葉に、ボソッと呟く和久の言葉が重なった。
「え、オオカミ?」
「近づくとキケ――ぐぇっ……!」
「…………和久くーん? ちょっとこっちおいでねー」
「ウチらと大事なお話しようかー」
「ぉいっ……ちょ、お前ら毎回……っ」
真面目な顔で何かを言いかけた和久の首を、恐ろしく素早い動作でヘッドロックしたニイナのお友達2人。……強い。
戦闘訓練以上に殺気立った眼差しで、和久をずるずると引きずって行く姿を見送る。が、それにしてもこの展開は……、
「……お約束なの?」
「あはははは……」
楽しそうにジャレ合いはじめた和久たちを、微笑ましく見つめる累に、ニイナは困ったように苦笑しただけだった。
そんな彼女は、さっきまでの泥だらけだった制服姿から着替えてきたようで、スポーティな運動着になっていた。ふわふわの髪は、邪魔にならないようにサイドをくぐっているが、何だか幼く見えて可愛らしい。
「訓練中だった?」
「うん、そうだよ、午後からの自主訓練。走り込みしてるところに、累くんが寝てるのを見つけて……」
「あ、邪魔だったかな? ごめん」
「え、違う違うっ。私達の方が、気分転換に毎回色んなところを走ってるから、今日は偶然こっちに……」
焦って首を振るニイナ。
普段から決まったコースや訓練場ではなく、散策がてらその日の気分で動き回っているらしい。
今日も、昼食を食べた後に4人で集まり、基礎訓練の一環で走り出したところだったそうだ。
「私達こそ、せっかく寝てたのに、起こしちゃってごめんね。休んでたんでしょ?」
「あぁ、いや。十分休めたし、ちょうど良かったよ。あのまま寝続けてたら、いつの間にか夜になってたかも……」
「あはははっ、それは寝過ぎだよぉー! ……でも、なんでこんなところで寝てたの?」
「え……うーん……ホラ、いい天気だったから……」
どうしてと言われても、大した理由が無さすぎて困る。適当に歩いてたらココに……と思案していると、
「こんな所で日向ぼっことか、アホか。周りがギャーギャー言ってても図太く寝てるし……もう特技だな」
一通り寝技の練習台にされたらしい和久が、ダルそうに肩をほぐしながら戻って来た。さっそくヨレヨレになった運動着には、砂や落ち葉が残念なぐらいまとわりついている。
「そんなに騒がしくしてた? 全然気付かなかったんだけど……」
「俺たちだけじゃねーぜ? 他に通りかかったヤツらも、ギョッとして二度見してから観察してたわ」
「……僕は昆虫か何かかな……?」
人気の無い木立だと思っていたが、意外と通りかかる生徒がいたらしい。
「ここが女子の人気スポットになったらお前のせいだからな……」
「え、みんな虫好きなの?」
「んなわけねぇだろバーカ…………って、いってぇよお前らっ」
「和久のくせに口が悪いっ」
「お前らは手が早すぎんだよっ、色んな意味でっ!! ……もーいいから、ニイナはさっさとこの2人連れてけよ。一回戻るんだろ?」
鬱陶しそうに話しながらも、掴みかかってきたニイナのお友達2人を相手に、くるくると攻守を入れ替えて立ち回り始めた和久。それなりのスピードの手刀や足技が、2方向から飛んできているにも関わらず、余裕そうに捌いていく様は見惚れるほどだ。
また始まった……と、ニイナと2人で苦笑する。
「ほんと、仲良いよね」
「あははは……そうとも言える、かな……?」
「で、何か行かないといけないの?」
「うん。落し物を拾ったんだけど……」
少し翳りを帯びた表情で、ニイナがポケットから取り出したのは、細いミサンガのようなものだった。
色褪せ、ほつれている部分もあり、結構年季が入っているようだが、可愛らしく編み込まれたハンドメイドらしい。
「これ、柚ちゃんの……だと思うんだ」
「え……それって、ドロップアウトした……?」
「うん、そうなんだけど……理由が無いから……」
離反者たちの事件に巻き込まれたのかも……と続けるニイナ。
その気持ちは当然だろう。親しい友人が不審に思うような退学を、単なる失踪で済ませるのは難しい。
「さっき、向こうを走ってて見つけたんだけどね……見て、コレ。切れてないの」
「うん、切れてないね……それが?」
ニイナが目の前で広げたミサンガは、確かに、綺麗な輪を描いていて、切れた様子も、繋ぎ直したような跡もない。
「これね、柚ちゃんがアンクレットとして、いつも肌身離さず付けてた奴なの」
「…………?」
「願い事が叶うまで取らないって言ってたのに、わざわざ外して、こんな所に落としていくなんて……絶対おかしい」
「それは……確かに変だね……」
こんな細くて軽いアンクレット、荷物にもならないだろう。わざと落として行くにしては、意味深すぎる。
「……まぁ私の勝手な憶測なんだけどね……でも、とりあえず紺碧師団に相談しておこうと思って」
「うん、それがいいよ」
大事そうに握ったそれを、再びポケットへと戻したニイナ。そして未だ和久に食らいついている友人に声を掛けると、連れ立って事務局のある建物へと向かって行った……。
残念そうに手を振るニイナのお友達2人に、笑顔で手を振り返した累は、
「……結局、あの2人の名前を聞きそびれた……」
「聞かんでいいぞ」
腰に手を当て、盛大に溜息を吐いた和久に止められたのだった。
久々の更新は、凄い精神的ハードルが上がりますね……汗
体調を崩したのと、プロットの再構築で更新が滞ってしまい、申し訳ございませんでした><
まったり更新で続けてまいりますので、思い出した時にでも読んで頂けましたら幸いです。