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第二幕:プロローグ(とある2年生の話)




 魔法庁附属魔法学校・紺碧校、本科2年。


 特別棟に部屋を与えられている、ラウド・シャルマは今、目の上のたんこぶに悩まされていた。


「なんでまたお前がいるんだ……」


 本科1年目から生徒会に入っているラウドは、家柄・才能共に最上クラス。おまけに見目も良い。そりゃあ誰もが一目を置き、憧れと尊敬の念を持って接してくれていた。


 今日だって午前中の訓練規定を完璧に終え、特別棟の自室で洗練された昼食をとる……。それはそれは非の打ち所の無い、高貴な身分に相応しいものだった。

 午後は、特別に免除された時間を使って、図書室で静かな空間を楽しもう、と思っていたのに……。


「あぁ、お先にどうもー」


 尊敬の欠片も感じない、緩い挨拶をしてきたのは、図書室の先客……学年が1つ上のだった。


 俺を誰だと思ってるんだ、と怒鳴りたい気持ちを抑えて、ぶっきらぼうに言葉を返す。


「……こんにちは、峯月累さん」

「こんにちはー、いい天気だねー」


 へらりと気安い笑顔で接してくるこの新入りは、珍しくも少し前に、本科の3年に編入してきた特待生だ。ただでさえ選ばれた人間しか入れない特別棟に、編入生が来るという異例っぷりは、学校中の注目を集めていた。


 かく言うラウド自身も、どこの家のご子息なんだ、と気にしていたが、何のことは無い、ただの一芸特化だった。しかも、その成績は微妙という残念っぷり。


 今、特別棟は、そんな程度の編入生に部屋を与えているという、実に嘆かわしい状況なのである。


 まかり間違っても、俺たち他の貴族達と同格だなんて、決して勘違いしてほしく無いものだ。せいぜい、場違いに気付いて萎縮しながら生活すれば良い。


 ……と思っていたのに、ヤツは毎回、会う度にフレンドリーに挨拶してくるのだから気分が悪い。自分より少し目線が高いというのも、いけ好かないポイントだ。

 何をマイペースに生活してるんだよっ、と思い、なるべく近付かないよう無視していたのだが……台無しだ。


「……で。訓練はどうしたんですか、訓練は」

「訓練? 勿論やってきたよ。午後からは自習でしょ?」


 そう言って、本棚を背に立っていたヤツは、パタリと羊皮紙装の本を閉じてこちらに向き直った。

 

 珍しい黒髪黒目に、どこか世俗離れした雰囲気。

 静かな図書室で微笑む姿は、何故か異様に様になっていて、周囲が密かに騒ぐのも理解は出来る。


 そう。優秀でも無いくせに、どこか貴さを感じるのが不愉快なのだ。


「そんなこと知ってますよ。何で個人訓練をしていないんですか、って聞いてるんです」


 敬語を使っておくのは、上流階級の人間としての矜持だ。

 不愉快な相手とはいえ、一応は目上の先輩になる。誰かに足元を掬われかねない、不要な言動を控えるのは当然だ。


 とはいえ、トゲトゲしさは隠しきれていないのだが、ヤツは気にする事なくのんびりと、見当ハズレの返事をしてきた。


「え、いや、午前中頑張ったし……ね」

「〜〜それは規定の訓練でしょう! 名誉ある特別棟にいるんですから、他の生徒の模範となるべく、魔法士としての技術を磨いてくださいよっ。あまり成績がよろしくない、って聞いてますよ?」

「へぇ、よく知ってるねー」


 意外そうに目を丸くするヤツに、しまった、と思う。

 これではまるで興味があるかのような発言じゃないか。


 慌てて訂正する。


「ちがっ、周りが、そういう話をしていたんだ。そう、生徒会で……」

「あぁ、そういえば生徒会なんだっけ? 大変そうだねー」

「……っそういえば、って……生徒会のメンバーくらい、覚えておいた方がいいと思いますけどっ」

「あ、ごめん。ほら、編入してきたばっかりだからさ……」


 思わず口をついた文句にも、でももう覚えたよー、と笑って流すヤツ。

 ほまれある生徒会役員だぞ、このブルーのハンカチが見えないのかっ、と心の中だけで毒吐く。


「その編入したばっかりで1週間も帰省したんですからっ。遅れを取り戻さないといけないんじゃないですかっ?」

「ははは、そんな簡単に取り戻せる程度の運動神経なら、苦労してないよー」

「はぁ!? ユーリカ様が期待しているんだぞっ、光栄に思って励むべきだ!」


 売り言葉に買い言葉。暖簾に腕押しのように緩い空気を崩さないヤツに、苛立ちのまま声を荒げてしまった。

 こんな庶民に言動を乱されるなんて甚だ不本意だったが、向こうが非常識なのだから仕方ない。


 さすがにここまで言えば顔色を変えて慌て始めるだろう、と思ったのだが、


「え、期待? それは困る……」


 ただ困惑しただけのようだった……。その無意味なまでに落ち着き払った態度が、本当に癪にさわる。

 新入りなのだから、もう少しオタオタしてくれれば可愛げがあるというのに。


「困るのはこっちですっ。貴方みたいな庶民でも、一芸特化していれば、簡単に特別棟に入れると勘違いされたら迷惑なんです。特別棟は本来、高貴な身分の者達の為に誂えられているんですからねっ」

「だよねぇ。寮なのに部屋が広過ぎてビックリしたもん」

「ふんっ、どうせ使い切れないんでしょう? 一般棟へ推薦して差し上げましょうか?」

「え、そんな事出来るの? 優しいねー」


 嫌味だ、嫌味!

 なに有難がってるんだよ、馬鹿!


 周りは俺の顔色1つで動くのが当然なのに、こいつときたら本当に……!

 それともなんだ、俺の事なんて歯牙にもかけていない、というアピールなのか?


 まるで大人が子供を見守るかのような、大らか過ぎる表情に、嫌味を言う気も失せてくる。


 やはりただのマヌケなのだ。何かの手違いで、庶民が紛れ込んだにすぎなかったのだ。


 気にするだけ時間の無駄だったか……と嘲りのため息と共に、奴の横をすり抜ける。


 それに合わせて、滑らかな動作で一歩引いたヤツ。


 その身のこなしは、行儀作法をみっちり仕込まれたラウドの目から見ても、お手本のように完璧な所作だった。俺でも苦労している事を、こんなに自然に動かれると、嫉妬を通り越して憎々しい。


 すれ違いざま、睨みつける勢いでチラリと見たヤツは、古代語と言われる高級言語で書かれた本を手に持っていた。

 一般的には使われていない、上流階級でのみ読み書き出来る言語だ。


 ラウド自身も、貴族の嗜みとして、ある程度は読めるように勉強した。しかし、非常に難しい言語だ。庶民のコイツに読める筈がない。


 どうせ物珍しい高級言語に興味を惹かれて、眺めてみたくなったのだろう、と鼻で嗤って足早に通り過ぎる。


 もう用は無いからさっさと帰ってくれ、と思っていたのに、


「あ、待ってラウド君」

「…………っ!?」


 おいおい、何を気安く付けで呼んでるんだよっ! を付けろっ、庶民!


 不意打ちの言葉に、恐ろしい形相で振り返った。

 たった1つ年上なだけで、この俺を君呼びするだなんて、立場の違いを教えてやらねば気が済まない。


 ……と思っていたが、


「ブランケット、落としたよー」


 ラウドが小脇に抱えていた筈の膝掛けが、板張りの床に落ちていた。希少な布で仕立てた、最高級の逸品なのに。

 早く拾わなければ、と思うが、貴族である自分が、まさか庶民の前で、床のものを拾うなんていう屈辱的行為を行えるわけがない。


 こんなヤツに触らせるのは悔しかったが、この際、立場の違いを知らしめてやろう、と身を屈めて拾い上げるヤツの挙動を、余裕たっぷりの眼差しで上から眺める。


 そうそう。そうやって丁寧に拾って、そのまま献上するように渡すんだぞ……って、


「おいっ! そんな乱暴に扱うなっ!」


 さらりと拾い上げたヤツが、無遠慮にパタパタと埃を払うのを見て仰天する。


 俺の私物をそんなぞんざいに扱うなんて、信じられない。布が傷んだらどうする気なんだ……!


 ラウドの張り上げた声に、驚いたように動きを止めたヤツは、不思議そうに首を傾げた。


「埃が付いてたから……払っただけだよ?」

「この膝掛けの価値がわからないのかっ!? 希少な布地が傷んだらどうする気だっ!」

「え、大事なものだったんだ……ごめんね」


 慌てて謝ったヤツは、手早く畳んだ膝掛けを、丁寧に差し出してくる。その若干気落ちした雰囲気に、少し溜飲の下がったラウドは、顎を突き出すように見下しながら受け取った。


 ——そう、これが立場の差なのだ。


 今この瞬間、これ以上ないぐらい完全に、ヤツより上に立っている……!


「一瞬でも触れたことに感謝してくださいね。陛下に献上した事もある、最上級の布地なんですから」


 込み上げてくる笑いを堪えて、手渡された自慢の膝掛けを、見せつける様に撫でた。

 大事なコレを床に落としたのは想定外だったが、こんな愉快な気持ちになれたのなら結果オーライだ。


 まじまじと、ラウドの手元を見つめてくる視線に、優越感を覚える。


 貴族の中でも本当に上流の一握りしか持っていないような布地なのだ。庶民にはその価値の十分の一だってわからないだろうが、陛下に献上した事がある、と言えば容易に想像できるだろう。


 だって、ふんわりと柔らかいこの膝掛けは、手触りが素晴らしいだけじゃない。秘密があるのだ。


 本当の魅力は、こんな昼日中ではなく……、


「……もしかしてそれって、夜に光る趣味の悪い、蓄光の糸が混ざった布じゃ……」

「…………っ趣味が悪いとはなんだっ! 不敬だぞっ!」


 ぽつりと呟いたヤツの言葉を反射的に怒鳴りつけたが、それよりも、この布地の秘密を知っていた事に驚愕する。

 今は光っていないから、ただの布にしか見えない筈で、なのにその事を知っているだなんて……。


 確かに問屋は『蓄光する糸が織り込まれている』と言っていたが、一般庶民にまで知れ渡っている代物じゃあない。もしかしてコイツの実家は生地屋か何かか……?


「いや、ごめん、失言でした。ほら、リラックスして使ってる時に光り始めたら、落ち着かないだろうなーと思ったんだけど、そんなの個人の趣味だよね。そんな希少な膝掛けを使ってるなんて、凄いなー」


 急いで取り繕ってくる姿に、問いただすタイミングを失う。


 せっかく立場の違いを思い知らせることが出来たというのに、たまたまコイツが蓄光の布地を知っていたせいで興醒めだ。


「……次からは気を付けてくださいよ」

「ほんとゴメン」


 すまなそうな言葉を聞き捨て、もうこれ以上関わり合いたくない、と踵を返す。


 すぐ側の、指定席になっている椅子に座り、膝掛けをふわりと広げて、持ってきた荷物を机に並べた。羽ペンと付けインクを手元に置き、生徒会の資料を手に持つ。


 今度こそ落ち着いた時間を……と思うも、自然と目線は先ほど通り過ぎた本棚へ……。


 さっきと同じ場所で、立ったまま再び本を広げ始めたヤツ。


 ただ読めない文字を眺めているだけだろうに、本に目を落とす様は、やっぱり独特の雰囲気があった。

 本当に疲れているのかもしれないが、どこか気怠げにも見える翳りを帯びた様子は、無駄に印象深くてイラっとする。


 早く帰れよ……と、自分の作業に没頭しようとした時、ヤツが本を片手に、ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。

 何となくそのまま眺めていると、今度は胸元から棒のようなものを手に持ち、紙に書き込むような動作を始める。


 紙の上を滑っていく、棒のようなもの……。


 あれは、もしかして、もしかしなくとも、


 ……万年筆……!?


 不意打ちで頭を殴られたような衝撃だ。


 それこそ、この蓄光の布地なんかとは比べ物にならない程の高級品なのだ。

 熟練の技術者が何年もかけて、1つ1つの非常に小さいパーツを手作りし、その造形や装飾にも恐ろしく価値がある。そして頻繁に手入れが必要で、貴族と言えど、簡単に所持したり、あまつさえ持ち歩く事なんて出来ないのだ。


 それを、なんでこんな奴が……!!


 過ぎた驚愕に言葉も出ない。


 なのにヤツは、さらさらと何かを書き記すと、無造作に万年筆を胸ポケットへ戻した。

 そして愕然と見つめるラウドに気付きもせずに、本を棚へなおして図書室を出て行ったのだ。


 その悠然とした後ろ姿を見つめるしかないラウドは、誤魔化しきれない敗北感に、羽ペンを握る手がギリギリと震えていたのだった……。



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