治安維持活動②
「その3人は、魔法士かもしれません」
「……なんだって!?」
累の告げた言葉に、険しい顔で詰め寄る堂本。
しかし、隠密行動の最中だということは忘れておらず、潜めた声を荒げることはない。
「どういうことだ」
「……索敵といっても、自分の場合、魔力の痕跡が見えるだけなんです」
「お、おう。それは普通に凄いわ。自慢か……?」
「いえ、じゃなくて。3人いるとわかったってことは——」
「——3人分の魔力が見えた、ってことか」
合点のいった堂本が、低い声で唸る。
「まずいな……」
「え、え、どういうこと、累くん。敵さんは魔法士なの?」
ニイナが、累の裾をひっぱりながら焦ったように問いかける。
きょろきょろと、集会所と周囲を確認しているところを見ると、想定外の相手に動揺しているのだろう。
横目で窓を確認する和久も、その表情は険しい。
「おい累。その情報は本当に正しいな?」
「魔力を持つ人間、という意味では正しいです。それが魔法士かどうかは、わかりません」
「……わかった。一旦戻って増員する。——奴らは、おそらく離反者だ」
堂本の言葉に緊張が走った。
「離反者……確かに最近、この辺で活動してるって噂があったっすね……」
「あぁ、紺碧師団でも注意していたんだが、これまで被害は報告されていなかったんだ。……こんなところで資金集めをしていたのか……」
魔法庁から離反した魔法士は、給金を受けることが出来ない。だから何らかの手段で稼ぐ必要はあるが、こうやって複数人で非合法な活動されると、とうてい一般人には太刀打ち出来なくなる。そしてそれは、魔法士部隊にとっても脅威なのだ。
「うちの師団にも、数人、除隊届けを置いたまま行方をくらませてる奴がいるんだ。……もし、そいつらがこうやって、集団的に活動していたらと思うと、ゾッとするぜ……」
眉間にしわを寄せ、そろりと動き始めた堂本。
一旦引く、と言った通り、集会所から距離を取るのだ。
それにならい、累達3人も腰を浮かせた——が、
「——待て。……誰か来る……」
遠くから微かに話し声が聞こえてきた。それは徐々にこちらへ近づいてきているようだ。
鋭い眼差しが累へ飛ぶ。
「累」
「……2人、集会所への道を歩いてきますね。話し声から推測すると、もう1人以上いそうですけど……」
「そっちは一般人か……見つかるのは避けたいが……」
堂本が反対の方向に視線をやると、意図を察した和久が、音を殺して身を乗り出した。
「反対に回るのも無理っすね。今、大きい窓が開けられました。あれじゃあ、中から丸見えっす」
「……しばらく身を潜めるしかないか……。ここで4人が固まっていても意味がない。俺は向こうを見張っておくから、和久、お前はそっち側を。累とニイナはここから動くな」
てきぱきと指示を出した堂本は、累達の返事を聞くと、すぐに身を翻した。足音さえも殆ど聞こえない身のこなしは、さすがとしか言いようがない。
和久も、堂本の背中を確認してから、隣の茂みへと移動して行く。
残された累とニイナは、顔を見合わせて小さく笑った。
「どうしよう……ドキドキしてきちゃった……」
緊張の面持ちで眉を下げたニイナが、累へと擦り寄る。
「いっぱい訓練したし、ちょっとは慣れてきたと思ってたけど……やっぱり怖くなっちゃうね」
えへへ、と力なく笑うニイナは、微かに睫毛が震えていた。
累自身がこういう場面に対して緊張感を持っていなかったのと、昨日、訓練での戦闘を見ていたせいで、彼女らにとって、これが初の実戦なんだということをすっかり忘れていた。
簡単な治安維持活動から、ということだったのに、予想外に厄介な場面に遭遇してしまったのだ。不安に思うのも無理はない。
「累くんは、あんまり緊張してないね」
「そうかな? 一応、困ってはいるんだけど……」
「え、困ってるの?」
ぱちくりと、大きな目で累を覗き込むニイナ。
「魔法での戦いになると、ちょっと……」
累は憂いを帯びた瞳で周囲を見渡した。
そう、困っているのだ。
……この場所は、穢れが、なさすぎるから。
累にとって、世界に溢れ漂うノクスロスの断片は、必要不可欠な存在だ。累の生命を司り、その魔力を高め、そして抑制するためには欠かせない。
人々にとってこの場所は、教会を建てるにも最適な、聖域とも言える環境なのに、累にとっては長時間滞在することが自殺行為となってしまう、異端。
動くのならば、早く決着してしまいたい。
万一、累が魔法を使わなければならない状況がきた時、飢えた魔力が、捕食を求めて暴走しかねないからだ。
累にとっての懸念事項は、この状況下にいる、累の中の魔力だ。
しかし、戦闘が苦手だからの言葉だと勘違いしたニイナは、
「大丈夫だよっ。私も頑張るし、それに和久も、堂本さんもいるからねっ」
自身も不安だろうに、励ましの言葉と共にニコリと笑いかけてくれるニイナ。
本当にいい子だなぁと思いながら笑い返すと、照れたように頬を染めたニイナが、少しして眉を下げた。
「だからね、何か困ってたら、いつでも教えてね。頼りにならないかもしれないけど、でも、私、
——累くんのこと、好きだからさ」