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禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜  作者: supico
■第一幕■ 魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科3年:編入初日
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ニイナ・ファレル①




 外へ出て、特別棟の重厚な扉が閉じた時、ニイナはようやく張り詰めていた緊張を解いた。


「っはぁー……凄いドキドキしたぁー……」


 日が落ちて冷えた空気が、火照った身体には気持ちいい。木立の続く遊歩道の先には、慣れ親しんだ一般棟が見えている。開放感のある視界も合間って、大きく伸びをしたいぐらい、爽快だ。


 と思っていると、隣から盛大に身体をポキポキ鳴らす音が聞こえて来た。


「っくーーーっ、肩凝ったーーーっ!」


 もう我慢する必要など無いとばかりに、屈伸をしたり肩を回したり、大袈裟なほどにストレッチをする和久。詰めていたシャツのボタンを外し、ズボンから裾を出してしまうと、さっきまでの男ぶりが嘘のようだ。一瞬でいつも通りの、適当にダラんとした和久に戻ってしまった。

 この落差を考えると、さっきの歓迎会は本当に会心の頑張りだったのだろう。


「ふふっ、和久すごい頑張ってたもんねーっ」

「お前もなー。……フォークから飛ばしたソースに焦って、がちゃがちゃと大惨事一歩手前までやらかしたことは、仕方ないから忘れてやろう」

「……っぐぐぐぐ……言い返せない……ティラミスに感動していた和久に、何も言い返せないぞーっ」

「言い返してるじゃねーかっ! いいだろー、甘いもんなんて普段食べる機会もねぇんだし」


 甘味は贅沢品だ。

 そりゃあ会長クラスのお嬢様なら毎日食べられるのかもしれないが、一般棟の寮生活では、そうそう食べることはない。遠出して大きな都市まで行けば、高級菓子店は存在するものの、お財布事情的に手が届くかは微妙だ。

 フルーツや芋類が十分に流通しているから、糖分に飢えることは無いが、やはり砂糖のふんだんに使われた菓子は別格と言える。


 和久の気持ちは非常によくわかるものの……、デザートを断り、ブラックのままコーヒーを飲んでいた累くんと比べてしまうと……。


「和久、コーヒーにすごい量のお砂糖入れてたよね……」

「見てんなよっ!」

「見えるよっ! あんなに入れてたらさっ!」

「ぐぐぐっ……」


 甘いもの好きがバレて恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして口籠る和久。……勝った!


「……コーヒーの苦味が嫌いなんだよ……」

「甘いものが好きで、苦いのが嫌いって……」

「それ以上言うなよっ!?」


 お子ちゃまだねーなんて言おうと思ったのだが、必死の形相で遮る和久に免じて口には出さないでおいた。

 これで貸し借りはナシだ。いや、私の方が若干アドバンテージかな?


 自分の名誉が安泰な事に満足し、完全に余裕の出来たニイナは、先程の歓迎会を振り返った。

 食事は見慣れないものばかりで、食べ方もわからないし、何皿出てくるのかもわからなかったが、本当に豪華で美味しかった。和久じゃないけれど、次の機会があるなら、カトラリーは1本ずつでお願いしたいと思ってしまうぐらい、味わって食べたい料理だった。

 だって会長の真似をしようにも、手付きがスムーズ過ぎて参考にもならなかったのだ。累くんが時々、声を掛けてくれたから良かったものの……。


「会長は想像通りとして……累くんも、凄く完璧だったね……」


 その所作を思い出し、ほうっと溜息が溢れる。


 累くんは不思議だ。

 編入して来たにしては、堂々と落ち着き払っていて、良い意味で緊張感が無い。それは、戦闘や魔法において、確たる実力があっての余裕なのかとも思ったが、違った。入団試験を数ヶ月後に控えたこの時期に、あそこまで苦手だと公言しておいて、なのに微塵も焦燥を感じないのだ。しかしそこに、諦めや自暴自棄があるわけではなく、まるで全てを受容してきたかのように、達観した表情をする時があるのだ。


 黒い髪と同じく、色を全く映さない瞳は、影があるようにも見えるのに、飄々と、どこか掴み所のない言動のせいで、陰鬱さは無かった。

 その底の見えない不思議な魅力に、吸い寄せられている気がする。


 人を惹きつける、独特の空気感があるのだ。


「あれはもうずっと特別棟にいる、って感じだったな。周りに他人がいることが普通、っていうか……握手した時にも思ったけど、手が全く荒れてねぇの。本当に貴族じゃないのかよ、っていう」

「菖蒲校の時からそうだったんだろうね。凄いよね……会長と累くんが並んでると、絵になる感じがしてちょっと疎外感……」

「従者だー、つって紹介された子も、すげぇ美人だったからなー。グレードが違ぇわ」


 そうなのだ。近くにあんな可愛い子がいるだなんて、想定外すぎる。


「でも褒めてもらえたし……」


 そうポソっと呟いた負け惜しみは、バッチリ和久に聞かれていた。


「累にとっちゃ、挨拶みたいなもんだろ」

「うー、わかってるよぅっ!」


 本当にサラリと言ってくれたから、全く何の他意も無いだろう事は分かっているが、嬉しいものは嬉しいのだ。……和久なんて絶対に気付いてなかっただろうし……。

 和久が鈍感すぎるから、累くんの一言に舞い上がっちゃうんじゃないかー。と、恨みがましく見つめてみるが、和久はそんな視線にすら気付くことなく、自分の思考の中にいた。


「累のは一芸特化、ってやつなんだろうなー。あの探知能力、地味に規格外だったし……」

「会長も褒めてたもんねぇ。私も一芸特化って言えるぐらい、回復魔法を極めたいなー。そしたら特別棟に入れるかなぁ?」

「……今日の訓練で出た怪我人を、一瞬で治せるぐらいに特化したら入れるんじゃね?」

「うわっテキトー! そんなの近衛師団クラスじゃんっ。雲の上だよっ!?」

「現実を見ろ、ってことだよ。……いやー、でもあそこまで探知に特化してるんじゃあ、他の攻撃系や防御系に適性が無くても仕方ねぇかな。会長の言った通り、基礎訓練を積んで補うぐらいか……」


 あー、俺も食後の訓練でもしてこよ。そう言って伸びをする和久の表情は、やる気に満ちている。

 良い刺激を貰った、というところだろう。


 何かが漲ってきたらしい和久が、さっさと訓練室へ向かう背中に、苦笑しながら手を振る。


 そして、私はもう疲れたから、お風呂にでも入ろうかな……と、踵を返した。

 寮へと向けて数歩進んだ時、


「ニーイーナー!」

「? あれ、みんなー! どおしたのー?」

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