晩餐④
「——さぁってと。そろそろ部屋に戻るか」
キリの良いところで切り出した和久に続いて、ユーリカも頷く。
「そうね。明日に支障があったらダメですもの。また、機会を見つけてお食事会しましょ」
「あざっす! けど、そんときゃナイフとフォークを1本ずつでお願いします」
「……デザートだけで良いってこと?」
「あはははははっ。そうきますか!」
見当違いのユーリカに爆笑する和久。けれどユーリカの気持ちもわかる。和久が意外にも甘いモノ好きだとわかったのは、密かに一番の収穫だ。
全員が席を立ち、玄関まで移動したところで、そういえば副会長の姿を全く見なかったことに気付いた。累の中で、従者といえば常に側近くにいるものだという認識があったから、とても意外だ。
「そういえば、副会長は……」
「あぁ、ごめんなさいね、顔も出さずに。夜は自由にしてもらってるのよ。一応冬馬も、紺碧校の副会長であり、特別棟に一部屋貰ってる学生なんですから」
私の世話ばっかりしてて成績が落ちたんじゃ、本末転倒でしょ?
そう笑うユーリカは、冬馬のことを大切に考えているのがわかる。ただの従者ではなく、同じ学生として接したい気持ちがあるのかもしれない。
「それにきっと今は、1人で訓練でもしてるんじゃないかしら? 冬馬って、努力してるところを見せるの、凄い嫌いらしくてね」
「あ、俺もその気持ちはわかりますよ。基礎的な魔法で失敗してたりすると、凄い恥ずかしいし」
「和久もそうなのね。私はどっちかというと、誰かに相手してもらいたいタイプなんだけど。……ま、そんな感じだから、話があれば明日でいいかしら?」
もちろん、何の問題もない。まだ直接会話したことが無かったから、この機会に挨拶でも、と思っただけなのだ。
「はい、じゃあまた明日、よろしくお願いします」
累がそう返答すると、待機していた使用人が、丁寧に扉を開けてくれた。
礼を言いながらその扉をくぐったところで、廊下の隅に立つ、見慣れた細身のシルエットに気付く。
「……スズメ?」
「お帰りなさいませ。お迎えに上がりました」
ハイウエストのフレアスカートを翻して、さっと近づいて来たのは、説明するまでもなく累の従者であるスズメだった。お手本のような綺麗な立礼で主人を出迎え、すぐに廊下の端へと避ける。
「迎えって……えぇと、この距離で?」
累の部屋までは、ここから数十歩程度。なんといっても同じフロアなのだ。
「何か問題が?」
「何もございません」
一片たりとも表情を動かすことのないスズメに、早々に折れた累。これは無理だ。
きっと昼間、揶揄い過ぎた反動なのかもしれない。そう考えれば、この怜悧を装う表情だって可愛いものじゃないか。
突然現れた累の従者を伺うように、こちらを見ている3人に向き直った。
「えぇと、従者のスズメです」
「本日は累様の為に、このような場を開いて頂き、誠に感謝しております。今後とも宜しくお願いいたします」
「まぁ、峯月くんの従者、凄い愛らしい子なのね……。いいえ、こちらこそ気が利かなかったわ。本来なら、お送りする者をきちんと用意すべきでした。次からは安心してちょうだいね」
貴族であるユーリカが、さも当然の配慮を欠いたとばかりに謝ってくるが、念のため言おう、ここは学校の寮だ。
どれだけ過保護なんだよ、と和久の呆れている空気がありありと伝わってくるのが痛い。累だって同意見ではあるのだ。……もう慣れたが。
「いえ、本当にお気遣いなく……。じゃあ、お先に失礼します。今日はご馳走様でした」
「えぇ、またね。明日は全力で基礎トレーニングに励んでちょうだい」
スズメを伴い帰ろうとする累に、にっこりと完全無欠な笑みを浮かべたユーリカは、至極適切なアドバイスをしたのだった。




