八話 他人の空似
「スィアリ……?」
いや、そんなわけない。スィアリはあの日、死んだのだ。俺の脳裏に焼き付いてる。他人の空似だ。そうに決まってる。決まってるはずなのに……
「……っ。」
あいつの顔が重なる。黒い髪。でも、身長は小学一年生並だ。目も前みたいな黒じゃなくて、真っ赤に染まっている。他人だ。あいつはあんな体つきじゃなかった。いやでも──
「──い、──おーい、大丈夫か?」
「え?」
ふと、先生の声で現実に引き戻される。
「ほら、次。お前の番だぞ。」
「あ、はい。」
気づかないうちに自分まで番が回ってきたようだ。急いで席を立ち、口を開く。
「えーと、出席番号三十九番、レア=カナリアです。適正は「雷」で、……みんなと仲良くしたいと思ってます。よろしくお願いします。あ、レアって呼んでね。」
と、そう締めくくった。
その後、四十番の子が話し、自己紹介大会が終わった。
四十番の子が座るのを確認すると、レデノ先生が口を開く。
「じゃあ、今日は一先ずこれで終わりだ。明日からは授業があるから、ノート、忘れないようにな。」
はーい!、と元気の良い挨拶が飛ぶ。太陽はちょうど真上だ。やっぱり、夕飯どころか昼飯ぐらいだったな……。森にでも寄って帰るか。
そんなことを考えていると、他の生徒たちがざわざわと騒ぎながら席をたち始めた。話が終わったみたいだ。そそくさと席を立ち、前のドアから出ていく。今日は何しようか「ぐぇっ」
唐突に襟首を掴まれる。進行方向と真逆に引っ張られ、首が締められて変な声が出た。
「あだっ!」
そのまま倒れてそこそこ硬い床に頭をうちつけた。いってぇ。俺じゃなきゃ泡吹いて倒れてたぞ。俺も倒れてるが。
「あ……?」
「……まさか、二回もそんな盛大に倒れるとは思わなかったです。」
どこかで聞いたことがあるような声が上から降ってくる。ほぼ反射的に声の主を追うと、そこには、太陽に照らされて宝石みたいに輝く黒髪をなびかせる、眼鏡の少女が立っていた。
それはびっくり、個人的に気になる子ランキングNo1。
スィアリ=ハルベルトだった。
いた。席に座った生徒をぐるりと見ると、私の斜め後ろの方の席に、彼はいた。
概ね予想通り。魔術に興味を抱いていた彼なら、この学校に来ることは想定できる。しかし、実際に確認するまでは少しそわそわしていたので、とりあえず一安心だ。
あの日、私はたしかに死んだ。プログラム被験者の彼を転生させた後、自らもカナリア家の嫁を依代として現世に来て、右も左も分からない彼に対してこの世界の仕組みや、前世との相違点を話した。だが、こちらでおよそ八ヶ月ほど前のあの日、私は、〔小鬼〕と〔中鬼〕の群れに襲撃され、夫諸共殺された。しかし、いくら天使とて、殺されれば死ぬ。だから、依代の肢体を慰みものにしている鬼共の隙を見計らい、依代から抜けだし、「上」へ戻った。そして、その足でまっすぐ、お偉いさんの所へ行ったのだ。基本的にお偉いさんにあいにいく時はお願いされる時か、するとき。今回は後者で頼んだ内容は現世への再顕現。勿論怒鳴られた。そんなことが許されるかと、前例がないと。ああ、これだから頭の硬いお偉いさんは嫌いなんだ。
……だが、一人の言葉で、その空気はひっくり返った。
私の祖父だった。
私の祖父は昔から厳しかった。成績をいつも見せなきゃ行けなくて、満点じゃなきゃ怒られた。頑張って勉強して満点をとっても、「わしの娘なのだから当然だ」と、褒めてくれることさえしなかった。
だから、私は祖父が嫌いだ。嫌いだが……
「前例など必要ない。前例のないことをやらなければ、この世界は停滞してしまう。──スィアリよ。本気なのか?」
「本気で、ございます。おじい様。」
「なら、よい。行け。だが、黒沢拓希……レア=カナリアが生涯を終えるまで、二度とここに戻るな。良いな。」
「はっ、ありがとうございます、おじい様……。」
今回ばかりは、感謝してやらなくもない。
その後私は、ハルベルト家の一人娘、ルナ=ハルベルトを依代として顕現し、この学校に入った。そして、見つけたのだ。彼を。
別に彼が好きなわけじゃない。どちらかといえば、五年間見続けてきた親心というか、幼馴染というか。そういう気持ちだと思ってる。前は親と子だったけど、次は同い年で。そうだ、また襟首を掴もう。同じように転んでくれるだろうか。
「ふふ……」
そう考えながら席を立ち、彼の背中を追うのだった。