四話 血塗れ
「じゃあ行ってくるよ、父さん、母さん。」
そう言って家を飛び出す。あれからだいぶ経ち、この世界にも慣れた俺は一人で森に行くようになった。母さん……スィアリに魔術を教えて貰っていた場所は、やはり親しみというか、安心感のようなものを覚えるのだ。第二家的な。
「ええと……ここの「補助印」はどうしよっかな……。」
切り株に座り込み、六法全書みたいな殺傷能力がある分厚さをした本を開きながら術式に印を書き込んでいく。スィアリに教えて貰った魔術の知識を使えばこれくらい訳ないのだ。
一通り満足するまで書き込むと、術式はそれなりの大きさになっていた。ふと顔を上げると、森を入る時には真上にあった太陽が、だいぶ傾き始めていた。
「そろそろ帰るか……。」
そう呟いて切り株から立ち上がると、ふと周りが騒がしいように感じた。キョロキョロと周りを見回すと、茂みや木の影からたくさんの赤い眼にぎろりと睨まれているのが見えた。なんかのアニメで見たことあるな、こんなの。
「……囲まれてる?」
森に溶けていくように静かな声だが、どんどんと増えていく眼がそれに答えていた。
「……さいですか。……まあ、的くらいにはなるかな。」
そう呟くと、術式の真ん中に立ち、そのど真ん中……「基礎印」に手を添えてしゃがみこむ。
まあ、練習台ぐらいにはなるかもな。そういえば、スィアリこう言っていた。術式には基本的に、魔力量が規定されていないと。いかに大規模な術式を組もうと、こめた魔力が少なければそれで事足りる規模の魔術しか起動しないが、その逆。大量の魔力を一気に込めれば、規模が小さい術式でも……。
「致死性を含む魔術として起動する……かっ!!」
誰に言ったのか呟いた俺は、術式に向けて大量の魔力を送り込む。
その魔力の動きに気づいたのか、睨んできた眼の正体……[中鬼][小鬼]は、やかましい声を上げて姿を現した。まもなくして俺を襲い出すだろうが……
「遅いかな。」
彼らが俺を囲う頃には、既に術式には大量の魔力が込められていた。人並みよりも多い魔力を持っているため、魔術の規模を三倍ぐらいまでならでかくできる。
魔力が来なくなるのを確認した術式は、黄金色に輝き出す。俺が術式から外に出ると、魔術が起動した。
基礎印ド真ん中から上にまっすぐ放たれた[稲妻]は、枝分かれするように[分裂]し、術師本人以外の魔力反応を[追尾]し、その急所……心臓をいとも簡単に貫いた。
数えるのもだるくなるような数の鬼共に空いた風穴から生温い血が吹き出し、俺に降り掛かってくる術式は一度使ったことで消滅し、先までの輝きは見る影もない。
生温いシャワーを浴びながら、俺は何を考えてたんだったか……。
血が降ってこなくなってからしばらくして、切り株に置きっぱなしで、同じく血塗れになってしまった本を抱えあげる。
もう太陽は地面に隠れてしまいそうだった。
「ねえ、大丈夫!?」
ふらふらと森の外に出ると誰かから声がしたが、それが自分に向けてのものだと気づくのになぜだか少し時間がかかった。
顔を上げると、女性の人がいた。
「どうしてそんなに血塗れなの?」
心配そうな顔をしてこちらを見てくる。誰だこの人?
「ちょっと魔術の練習を……。」
正直にそう答えると、「そうなの……。」と声が返ってきた。
「とりあえず、そんな格好じゃ気持ち悪いでしょう。うちに来ない?洗ってあげるわ。」
そう言うと女の人はすたすたと歩いていってしまう。
知らない人にいきなりうちに来ない?なんて言われても……。と考えたが、何故か声にならず、足は大人しく彼女についていく。
「あなた、あの森で練習していたの?駄目よ。最近あそこでは[中鬼][小鬼]がたくさん目撃されてるんだから。」
「そうですね。良い的になりました。」
「……え?」
「[中鬼]と[小鬼]ですよね?全部殺しました。」
ありえないという顔をする女の人。彼女の目に、俺は一体どのように映ったのだろうか。
血塗れで森から出てくる奇妙な少年?
[中鬼]と[小鬼]を殺したと話す異常者?
あるいは──