二話 美少女に刺されたら男の娘になれるってマジ?
……?
静かに目を開けると、見覚えのない天井が目に入る。確か、スィアリとか言うやつに刺されて、その後……思い出せないな。
一瞬病院かと思ったが、目に入った天井はログハウスのような木組みのものだった。とても病院とは思えない。周りを見ようと思うが、身体は起き上がらないし、手足の感覚も薄い。横を向こうとして首を動かすと、木の柵のようなものと、真っ白いシーツが見えた。……ベッドか?
首を元に戻そうとするが、なかなか動かない。……あれ?
「……あ、あう」
ん?今なんか、赤ちゃんみたいな声がしたな。誰だ?
「あ、起きたのね。はいはい、今行きますよ〜。」
母親らしき人の声が聞こえる。てことは、誰かの家か。それにしても、聞き覚えのある声してる……?
「相変わらず綺麗な目をしてるわね、レアは。今ご飯をあげますからね。」
母親らしき人は、俺を見てそう言う。え?レア?誰のことだ?
……てか、あれ?なんかこいつ、見たことが……!?
思い出そうとしていると、母親は俺を持ち上げ始めた。え!?
「うえ!?」
「あら、どうしたの、急に大声出して。ビックリしてしまったのかしら?」
俺、女の人に抱えられるほど小さかったか?巨人の家なのか?ここ。いや、待て……こいつの顔……。
ああああ!
「あうああ!」
こいつスィアリじゃねえか!何してんの!?
「おあえあいーいえんお!」
「急に騒がしくなった……。あ、ってことは、気が付きました?おはようございます。気分はどうです?」
喋り方がさっきと同じに戻った。やっぱスィアリなのか……。
「あ、どうせ喋れないので喋らなくていいですよ。今あなたは転生して三ヶ月の赤子なので。」
転生……転生か。どうりで刺された後から記憶が無い訳だ。
「詳しい話は歩けて喋れるようになってからですね。まだ首すら座ってないですけど(笑)、まあ前世からの記憶と思考力があれば成長は早いでしょう。……お腹すきましたよね?いま粉ミルクあげますから、待っててください。」
そういうと、スィアリは俺をベッドに戻した。赤子……俺赤子なのか。だから身体が上手く動かせないんだな。それにしても……頭だけ働いて身体が動かないって不便だな。もうちょい進んだ頃に記憶解禁してくれりゃいいのに。
その後俺は、暇を持て余しながら、なんとか歩けるようにまでなった。
「へいシリ。なんでお前がここにいるんだ?」
「なんでって、あなたの母親、スィアリ=カナリアっていう設定だからです。あ、ちゃんと父親もいますよ。今は仕事に出ていますが。」
設定って……。まあわざわざ俺を産んだわけでもあるまい。そりゃそうだ。ちなみに、俺らは今日本語で話しているが、この世界の人間が日本語で喋っている訳では無い。スィアリが俺への配慮に日本語で喋ってくれているだけだ。曰く、暫くしたら言語理解の術式を刻んでくれるらしい。痛くないよね?
「待て。サラッと流したけど、術式ってことは魔法があるのか?」
「魔法というより、魔術ですね。この世界の人間で魔法を使える人間はほとんどいません。いても種火を起こすとか、魔術に劣るものばかりです。」
スィアリ曰く、魔法と魔術は違うものらしい。なにが違うのかよく分からないが……。
「大きく違う点は、術式があるかどうかですね。魔術は術式ありきですが、魔法はそれを必要としません。」
「魔術ってのは誰でも使えるのか?」
「魔力がある人間なら誰でも使うことが出来ます。あなたは人一倍魔力があるので、術式を起動する速度は早いでしょうね。」
人一倍魔力ね……。転生してまで劣等感は感じたくないが、なんで人一倍魔力があるんだ?スィアリに訊いてみると、
「大きな要因の一つは、前世の記憶の有無です。前世の記憶と思考がある人間は、魔力の最大量が高い傾向にあります。まあ、他にもいろいろ要因はありますが、およそはそんな感じです。」
「ほーん……」
前世の記憶と思考、ねえ。まあ、楽に越したことはないか。
「じゃあスィアリ、俺も魔術使ってみたいんだけど。」
「その為には、まずこの世界の言語の他に、「印」について学ばなければいけません。」
「「印」?」
初めて聴く単語だな。なんだろうか。
「「印」って言うのは、術式に組み込まれる記号のようなものです。例えば、雷の「印」を術式に埋め込めば、その術式は雷に関した魔術になります。」
「なるほど、機械の部品みたいな感じか。」
「まあ、そんな感じです。雷とか、炎とかの魔術の根本に関する「印」は「基礎印」と呼ばれていて、それ以外は「補助印」と呼ばれています。まあ、詳しくは魔術学校で習うことになると思いますけど。」
「ほーん……この世界に来てまで勉強しなきゃ行けないのか……。どうにかして回避できない?」
あのだる〜い通学を考えると嫌になってくる。何回サボろうと思ったことか……。
「魔術学校には九年間通うことが義務付けられています。義務教育、ってやつです。だるいですよね〜……。」
「妙に実感の篭もったコメントだな。」
「こっちでも色々あるんですよ。……あ、そうだ。父親や人前ではくれぐれも「お母さん」って呼んでくださいね。人前だとあなたはカナリア家の一人息子、レア=カナリアなんですから。あ、「ママ」でもいいですよ。」
語尾に(はぁと)が付きそうなうざったい言い方をするスィアリ。
まあ、確かにはたから見たらへんな家族だわな。
「……「母さん」じゃ駄目か?」
「むう……許容しましょう。」
そういえば、いまぱっと思い出したことがあるから聞いてみるか。
「なあシリ、向こうで転移の話題が出された時、俺随分とすんなり受け入れてたよな。いや、不満とかじゃなくてさ、不思議に思ったんだが。」
「ああ、ちょっと思考誘導の魔術を。」
「は?」
そんなことを話していると、玄関が開く音が聞こえてくる。どうやら父親が帰ってきたようだ。
「さて、お父さんも帰ってきたし、晩御飯にしましょうか。今日はあなたの好きなオムライスよ。」
一瞬で母親モードに切り替えるスィアリ。手慣れてやがるぜ。
てめえ後で覚えてろよ。てか好物までバレてるのか……
「こほん……ほんと?母さんありがと!」
はたから見れば、好物に喜び無邪気な笑みを浮かべる子供に見えている……はずだ。……多分。……きっと。
そうして、黒沢拓希改め、レア=カナリアの新たな人生は始まったのだ。
……スィアリは後で殴った。