冒険者ギルド
冒険者ギルドの中は、思ったよりも汚かった。
内装は正面受付の右手に酒場、左手に依頼掲示板といった想像していた通りのものだったのだが、その空気が汚い。
この世界特有の汚臭に加え、冒険者たちの体臭が混じりあってなかなかのパンチ力である。
入り口を入った瞬間、集まる視線。
人見知りスキルを持ってから、人の視線に敏感になった気がする。
普段見ない顔だからみんな俺に興味を持っているだけなんだろうが、なかなかきつい。
俺はアンナの陰に少し隠れつつ、受付へと向かう。
「すまない。こいつのギルド登録を頼みたいんだがいいか?」
アンナがいつも通り、俺の代わりに受付を済まそうとしてくれる。
しかし今回はここで、起こって欲しくなかったイレギュラーが発生した。
「ぎゃはははは! その年で新人かよ!」
「やめとけやめとけ。どうせコロッと死んじまうのが落ちだぜ?」
「まぁ女の陰に隠れるような奴なら何してもダメだろ」
様々なところから飛んでくる下卑た声。
……かなりきつい。
「ケイト、気にするな。いつもの新人いびりだ。何も知らん奴らには勝手に言わせておけばいい」
アンナが俺の背中に手をまわし、支えてくれる。
しかし――
「ぎゃははははは! なんでぇ、すっかりあやされてるじゃねぇか!」
「なっさけな」
「ここが怖いんなら僕ちゃんはおうちに帰んなー」
ヤジは益々ひどくなる一方だ。
突き刺さる悪意ある視線。
あぁ、前にも同じようなことがあったな。
浴びせられる心無い言葉。
まるで物でも見るような冷ややかな視線。
いくら助けを求めても、全て切って捨てられた。
……動悸が酷くなってきた。
息も少し苦しい。
じっとりとした汗が目に入り、視界が霞む。
このままじゃ、また昔みたいに――
ーー助けて。
とその時、諦めかけていた俺の心に、一人の男の声が届いた。
「その辺にしておいたらどうだ? これ以上こいつのことを蔑むんなら、俺が相手をしてやる」
そう言って、俺の前に徐に現れる一人の男性。
そしてそれに追随するもう一つの声。
「にゃははー。私もそれ乗ったニャー。最近つまんにゃい依頼ばっかりだったから、フラストレーション溜まってたところだったんだにゃ」
声の方に目をやると、酒場から立ち上がるもう一人の女性の姿。
それぞれ狼の様な耳と猫耳を頭から生やしている。
どちらも獣人の様だ。
突然の乱入者にざわめくギルド。
そして野次を飛ばしていた男たちの一人が、二人に問う。
「なんだってんだおめぇら。そいつ、おめぇらの連れなのか?」
2人の登場により若干場がしらけつつあったが、狼の獣人男性による発言により再びざわめく。
「いや、直接は知らねぇが……」
そう言って俺の顔と胸元を一瞥したあと、続けた。
「こいつはスライム使いだよ」
その瞬間、俺への侮蔑の視線が様々なものへ変わっていった。
恐れ、混乱、嫉妬、敵対、詮索……。
一体なんだっていうんだ。
すると先ほどの野次の男性が再び問う。
「お、おい。そいつ大丈夫なのか? その……」
その言葉に先ほどまでの勢いはなく、若干の怯えが混じっている気がした。
「あぁ。こいつの胸を見たらわかるだろう?」
俺の左胸に集まる視線。
このバッチの事だろうか。
「こいつはこれをたった1週間で手にしているんだよ」
彼の言葉によって、ギルドの空気が段々と変わっていくのが分かる。
この視線は何だろう。
良く分からないが、先ほどの嫌な視線はかなり少なくなった。
「と言う訳でだ。これ以上こいつを貶めるような奴は、俺たちを敵にすると思え。それからこいつの態度についてだがな……」
狼の彼はそこで言葉を切り、こちらをちらりと見る。
俺は少しびくついてしまったが、アンナが代わりに首を振って応えてくれた。
「そうだな。これ以上はこの場で言うべきことじゃねぇだろな。気になる奴は近くの獣人にでも聞いてくれ」
その言葉を皮切りに、再びざわめくギルド。
皆各々近くの獣人に話しかける。
そして集まる憐みの目。
あぁ。これは大分慣れた奴だ。問題ない。
まだ蔑み見たいな視線も感じるが、最初より大分ましだ。
俺が一息ついていると、先ほどの狼の男性が振り向き、こちらに1歩近づいてくる。
俺はそれに思わず1歩下がってしまう。
そんな俺を見て、彼は苦笑しつつも話し出す。
「あー、出しゃばったマネをしてすまねぇ。ただあのままだと、おまえがこの街からいなくなっちまうんじゃねぇかって不安になってな。いてもたってもいられなかったんだよ」
そう少し恥ずかしそうに話す狼の男性。
「にゃははー。私はあそこで大乱闘とか起こってくれたら、すっきり出来て良かったんだけどニャー」
とコロコロ笑いながら話す猫の女性。
さっきまで向こうの酒場に居たはずなのに、いつの間に移動したんだろうか。
そんな二人に、アンナが対応する。
「いや、助かったよ。私もここまで酷くなるとは思ってなかったからねぇ。すこし予想が甘かった。感謝するよ」
そう言って頭を下げるアンナ。
二人も気にするなと笑顔で答える。
そんな会話に入れない俺。
……ふーー。よし。
「あ、あのっ!!」
あ、声裏返った。
えーい、いったれ!
「あ、ありが……ありがとう! ござい、ました……」
そして俺は頭を下げる。
……グダグダだが、何とか言葉にすることができた。
そんな俺をみて、目を見開き顔を見合わせる二人。
そして吹き出すようにして笑い出す。
俺がそんな二人を見て訝しむと、狼の彼が慌てて話し出した。
「す、すまん。別に馬鹿にしてるとかそういうことじゃねぇんだ。ただ何て言うか、そんなに一生懸命感謝を言葉にされたのは初めてだったからよ。だから、これは――」
「嬉しかった、だにゃー。それとちょこっと面はゆくもあったにゃー。だから思わず笑ってしまったのにゃ。……君の感謝、ちゃーんと受け取ったよ」
そう言って頬を掻く男性と、首をこてんと曲げ笑う女性。
そうか、ちゃんと伝わったのか。
……よかった。
俺は安心すると、急に体の力が抜けその場に膝から崩れてしまう。
咄嗟に支えるアンナ。
「おっと。はは、ちょぉっと無理させ過ぎちまったねぇ。今日はもう依頼は無理そうだから、一旦仕切り直すとしようかね」
「……いや、大丈夫」
「ったく、そんな顔で言われても説得力ないよ! 今回は私も少し先走り過ぎたんだ。またゆっくり来ればいいさ」
そう言いつつ、俺の背中をバチンッ!!
痛ってぇーー。
痛みにうずくまりながら、俺たちは互いに顔を合わせ、思わず笑ってしまう。
ふー、だいぶすっきりしてきた。
そんな俺たちを見て、猫の女性が俺たちに提案をしてくる。
「それにゃら、さっき面白い依頼を見つけたから、よかったら一緒に受けてくれにゃいかにゃ?」
彼女の提案に、戸惑う俺たち。
「いや、私たちは……」
「大丈夫にゃ。この依頼にゃら二人の負担も少ないはずにゃ」
「おい、あんま無理言うんじゃねぇって」
猫耳女性の強いプッシュを諫める狼の男性。
「いーや、この依頼はあんたも絶対受けて欲しいと願うはずにゃ!」
ぐいぐい来る猫耳。
「そ、そんな依頼あったか?」
たじろぐ狼。
「にゃははー、それはだにゃー……ギルドのトイレ掃除にゃ!!」