依頼を終えて
ホスピティの街のとある居酒屋。
いつもと変わらない喧騒の中、一人の黒猫族の女性の声が響き渡る。
「じゃぁ、街のトイレ大掃除、依頼達成を祝して! かんぱいにゃ!!」
『乾杯!!』
ドクの故郷に行くと決めてから2週間。
あれから俺たちは冒険者ギルドや獣人ギルドの依頼をこなしつつ、街のお便所掃除を片付けていった。
獣人ギルドの掃除クエストも日に日に増えていったため、両方をこなすのは大変だったよ。
でもスライム君たちの頑張りのおかげで、本日無事終えることが出来ました。
俺たちが出てくる料理に思い思いに口を付けていると、思い出したようにドクが話し出す。
「にしてもよー、街の空気が大分改善されたよな。これを俺たちの手で為したと思うと……なんだかぐっと来るもんがあるぜ」
少し涙ぐみながら話すドク。
彼はこの2週間、結局全ての依頼に付き合ってくれた。
銀狼族の鼻にはかなりきつかっただろうに。
本当に義理堅い奴である。
そんなドクに対して、ナーシャが茶々を入れてくる。
「ま、ドクをほとんど何もしてなかったけどにゃー」
おいおい、それは行ってやるなよ。
確かにずっとグロッキーではあったけども。
ナーシャにいじられうな垂れるドクを慰めてやっていると、アンナが話題を変えてくる。
「しかし、あんたの胸のバッチもかなり増えてきたねぇ」
この2週間、俺たちはお便所掃除だけではなく、様々な掃除の依頼をこなしてきた。
スライムが10匹に増えたため、掃除の効率が格段に上がったんだ。
時には複数の掃除を同時にこなすことすらあった。
その甲斐もあり、俺の左胸には今、銀のバッチが7つ並んでいる。
「俺だけの力じゃないよ。みんなありがとう」
依頼人への対応や、同時に依頼をこなす時の見張りをしてくれたのはアンナ達だ。
そんなアンナ達へ、俺は素直に思ったことを言葉にした。
すると、その言葉に皆思い思いに返してくれる。
「にゃははー。ケイトのそういう所はいつもくすぐったくなるのにゃー」
身を大げさに捩りながら答えるナーシャ。
「ま、俺は嫌いじゃねぇけどな」
頬を掻きながらそっぽを向きつつ答えるドク。
「まぁあんたらしいさね」
と微笑むアンナ。
3人とも、俺のことを受け入れてくれる大切な仲間だ。
しばらく食事と酒を楽しみ、皆かなり酒が進んで少し本音が漏れ始めた。
「でもにゃー、街の全てのトイレ掃除なんて大仕事終えた割に、ギルドからの報酬はショボかったのにゃ」
ナーシャが言っているのは、今日獣人ギルドから受け取った報酬の事だろう。
でも、お金はちゃんともらったはずだけど……。
「ギルド連盟からの依頼なんて滅多ににゃいのにゃ。にゃら、【ギルド連盟推薦会員】バッチとかすごいのが見れるかにゃーってちょっと期待してたのにゃ」
あぁ、なるほど。
ナーシャは報酬のプラスアルファを期待していたのか。
そんなナーシャに、ドクがピシリと答える。
「馬鹿野郎。そんな大層なもん、そうぽんぽん渡せるわけねぇだろ。あんま欲張るもんじゃねぇよ」
確かにそうかもしれない。
けど、俺も少し期待していたことは秘密だ。
そんな俺たちにアンナが笑いながら話す。
「まぁいいじゃないか。こうして少しずつケイトのことを知る人が増えていっているんだ。ケイトの人見知りも、少し改善されたみたいだしねぇ」
「うん、まぁね」
アンナの言葉に、俺は少し照れつつ答えた。
この2週間、俺は自分の【人見知り】スキルをどうにか出来ないか考え続けた。
そして分かったことは、このスキルは誰かの視線が自分に集まった時に常に発動すること。
集中すれば、その視線がどこから送られているか分かるということ。
そして悪意であれば、その感情を読み取れるということ。
これらは【人見知り】の良い面だが、もちろん悪い面もある。
このスキルが発動する時、その視線の数と悪意の大きさに比例して、俺は動悸や呼吸苦を感じてひどい時は意識を失いそうになる。
これは一度街のトイレ掃除をしている時に経験してしまったことだ。
トイレ掃除をしているのが珍しかったのか、人が集まり、更に人が人を呼びと少し大変だった。
それ以降、アンナ達が見学者たちに事情を説明して、立ち去ってもらうようお願いしてくれるようになった。
本当、アンナ達には頭が上がらないな。
そしてその経験の際、俺はドクからあるアドバイスをもらったんだ。
それは、このデメリットをメンタル的なものでは無く、魔法攻撃的な呪いとして捉えることは出来ないかというものだ。
闇魔法に、相手の体調を崩したり、身体能力を下げる魔法があるそうだ。
しかしそれを喰らったからといって、パニックになる奴は少ない。
なぜなら、原因は魔法であると分かっているし、治療をすれば治るのからだ。
それと同様この【人見知り】のデメリットも、原因はスキルだと分かっている以上、視線さえどうにかすれば何とかなる。
そんな風に考える様になってからは、少々の視線ではパニックになることは無くなり始めた。
まだ多くの視線は無理だが、初対面であっても一人くらいであれば、何とか会話も出来るまでに成長したんだ。
「ただ、やっぱりアンナ達が傍に居てくれているって分かっているから出来る事であって、一人ではまだ無理そうかなぁ」
最悪アンナ達がどうにかしてくれる。
その安心感が無ければ、今の成長は無かったと思う。
そんな弱気な発言に、アンナは微笑みながら答える。
「それでも成長は成長さ。そうやって少しずつ、自分の問題を乗り越えていけばいいのさ。ちゃんと胸張りな!」
そう言って俺の背中をバシンと一叩き。
「うん、ありがとう。……ただ、もう少し手加減してくれてもいいよ」
そんな俺の言葉に、笑いながら更に強いバシンで返事をするアンナ。
こんな風に笑い合いつつ、俺たちは楽しい夜を過ごしていった。
▽
2日後。
俺たちはいよいよドクの故郷である【カルフィス】という村へと出発した。
ここからカルフィス村へは馬車と徒歩とを合わせて1週間ほどかかるらしい。
途中2つの村を経由することになるが、それ以外は野宿だ。
昨日のうちにアンナに言われ一通りの準備は済ませたが、初めての体験に少しドキドキしている。
今俺たちは、とある商会の馬車の護衛として二手に分かれている。
しばらく街から離れるため、ついでにと昨日護衛の依頼を受けたのだ。
馬車は3台で、先頭の馬車に索敵の出来るナーシャと、魔法で牽制を出来るドク。
そして最後尾の馬車にはスライム頼りの俺と、俺の子守役のアンナだ。
「でも、思ったよりものんびり出来るもんなんだな。護衛ってもっとピリピリするものなのかと思ってたよ」
そんな俺の言葉に、アンナが少し呆れつつ答える。
「何言っているんだい。こんなのんびりしているのも、ナーシャがしっかりと索敵をしてくれているおかげなんだよ。あの子はいつもは飄々としているけれど、索敵能力は折り紙付きだからねぇ」
そっか。ナーシャがいなかったら、もっと警戒しながらの移動になっていたのか。
感謝しなくては。
「でもまぁ、ここらの敵はそれほど強くは無いから、何か出てもすぐにドクが倒しちまうだろうけどねぇ」
と、随分リラックスしたご様子のアンナさん。
まぁそれだけあの2人のことを信頼しているということなのだろう。
とそんなフラグをたてたせいか、俺たちの耳に届く甲高い笛の音。
ナーシャからの緊急事態の合図だ。




