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喫茶店にて

ifものとしてある要望を聞きまして、さっそく筆をとりました。といっても、いつも通りにだべっているだけですが。ちなみに私はケーキならチョコケーキが好きです。ガトーショコラを作って食べた時、この技能は封印しようと心に誓ったのでもう作りませんが。甘いものは魔法です。

お時間とお暇のある方は、読んでくださるとうれしいです。


 店内には甘い香りが充満していた。明るい店内に、華やかな内装。きらびやかなショーウィンドウには華美に飾られたケーキが並んでいる。そして、俺の目の前にも。俺の正面に座って上機嫌でチョコレートケーキをぱくついていた冬芽が、俺の様子に気がついて手を止めた。


「うん? どうしたんだい、トワ君。黙りこくってさ。おいしさのあまりに言葉にならないというには、君はまだそれを口にしていないから当てはまらない。もしかして甘いものが苦手だったのか? だったら悪いことをしたね、こんなところを指定してしまった私の失策だ。お詫びをせねばなるまいな、どれ、お詫び代わりに君の食べられないそのチーズケーキは私が食べてやるとしよう」


 冬芽はいつものにやにや笑いで手をこちらに差し出してくる。ていうかさりげなく俺の皿を狙うな。


「いや、甘いものは嫌いじゃない。あんまり甘ったるいと無理だが、チーズケーキくらいならむしろ好きだ。じゃないとケーキを注文なんかしないで大人しくコーヒーでもすすってるさ。というか冬芽、このあいだのチョコだって俺はちゃんと食べただろう、お前の目の前で」


 俺は冬芽の狙ってくる手を避けて、チーズケーキの皿を自分の方に寄せる。冬芽はつまらなそうに口をとがらせた。


「ならばさっさと食べるがいいさ。カレーやシチューじゃあるまいし、熟成させても寝かせても、ケーキは美味しくならないぞ。むしろ鮮度が大事なものも多いから、味は落ちてしまう。好きなら好きで素早く味わうのが礼儀というものだ」


 俺のチーズケーキを狙うのをあきらめて、冬芽はそう言いながら改めて自分のチョコケーキを突き崩しはじめた。いつのまにかチョコケーキは半分くらいのサイズになっている。


 今さら説明するまでもないかもしれないが、ここは喫茶店だ。それも、このあたりで有名な、可愛い内装、明るい店内、そしてケーキの豊富さがウリの、いわゆる女子好みの店である。別段甘いものが嫌いではない俺は、その品ぞろえには多少心惹かれるものもあるのだが、しかしこの店内の雰囲気には馴染めない。男子には少々敷居の高すぎる店なのだ。だが、先ほど冬芽にこの店の話をしたら、さっそく行こうじゃないかと強引に連れてこられてしまったという次第。


 そのことからも分かる通り、冬芽は甘いものも大好きだったようだ。冬芽はケーキ用のちっこいスプーンを口の端に咥えて、ピコピコと揺らしながら、


「それにしてもあれだね、甘いものというのは魔法と同義だ。そもそも脳細胞の活性には糖分が不可欠というのは周知の事実だが、それにしてもこの美味しさは筆舌に尽くしがたい。脳が求めるものや生命活動に必要なことに関しては、脳がそれを喜びととらえて快楽物質を出すと言うが、あるいはそれこそが魔法の正体かもしれないね」


 と実に上機嫌である。俺はその饒舌を聞きながら、改めて自分のフォークを手に取った。


「魔法、ねえ」


 チーズケーキにフォークをさして、一口分を口に入れた。確かに甘い、そして美味い。


「どうだい、味の方は」


 にやにや笑いで冬芽が問いかける。俺は、ふむ、とひとつうなずいた。


「確かに美味い」


「くっく、そうだろう」


 嬉しそうににやりと口の端を上げる新荷を見ながら、けど、チョコの方がおいしかったな、となんとなく思う。もちろんわざわざ言ったりはしないが。


「魔法と言えば、トワ君。ハロウィンの時におばけがお菓子を要求するのはなんでだと思う? いま思いついたけれど、案外それこそが甘いものには魔法がかかっているということに関係するのかもしれない。糖分、つまり砂糖というものは非常に貴重なもので、高価なものだった。その貴重さから価値が高く、ゆえに報酬という意味合いでは上等のものであったという解釈が一般的だけどもね。しかし別の説として、魔法とお菓子の関係性を指摘してもいいかもしれない」


「つまりお菓子を作る人間は魔法使いということか」


「ふふふっ、そうかもしれないぜ。すべからく全てのパティシエはおかしを魔法の技術を習得した現在のマジシャンで、手品のように美しいデザートを生み出している貴重な存在だ。タロットカードにおいても、無から有を作り出すものとしてマジシャンがある。……ところでトワ君」


「あ?」


 冬芽の急な呼びかけに思わず見返すと、冬芽はこちらをじっと見返して、にやにや笑いを引っ込めた。いつになく真剣な様子になった冬芽に、俺はなんとなく居住まいを正しそうになった。


「それ、食べないならもらってやるよ?」


 ぴ。とばかりに口に入れていたスプーンを俺に――いや、俺のチーズケーキの皿に向けて、冬芽はそう言った。そういえばさっき一口を食べてから、次の一口を食べないまま止まってしまっていた。俺はため息をついた。珍しく真剣な顔になったと思ったら。


「……一口だけだぞ」


 俺はしかたなく、自分の皿を冬芽の方に押しやった。


「くっく、そう遠慮するな」


 俺の皿を手に入れて、さらに上機嫌になった冬芽は、持っていたスプーンを置くと、さっそくチーズケーキにフォークを突き刺して、ぱくりと一口食べた。予想よりも一口が大きい気がするが、そこはまあ寛大に許しておくとしよう。尊大な態度とセリフに俺は呆れながら突っ込みを入れる。


「いや、遠慮じゃない」


「まあまあ、良いじゃないか一口も二口も同じことだ。そして帰納法的に言って、一は全だな」


「は? あ、ちょ、おま。こら、全部取るな冬芽」


 言うなり二口目も食べてさらにもう一口を狙う冬芽に、俺は慌てて自分の皿を取り返した。


「むぅ、けちんぼめ」


 ……可愛く言ってもだめなものは駄目だ。


「かわりに私のチョコケーキも一口だけあげるから、交換ということでどうだ。等価交換だ」


 ほい、と自分の皿を押しだす冬芽。皿の上に残ったチョコケーキはほんの少しだった。スプーンの上に乗るくらいの少量だ。具体的に言うなら、さっき冬芽が口にした一口の半分くらい。


「どう見ても等価じゃないんだが。まあ、もらっとくよ」


 無駄と知りつつ文句を言わずにおれない。とはいえ、口で言っても冬芽には勝てない。俺は早々にあきらめて、冬芽の残したチョコケーキの最後の一口を口に入れた。


「ふむ、これも美味いな。なんていうか、だだ甘くない。苦いっていうか」


「表現が幼稚だねえ、そういうのは、スイーツなら、ビターだ、というのさ」


 くっく、と含み笑いを漏らして冬芽が注釈を入れる。


「“スイーツ”でもか?」


「“スイーツ”でもさ。甘いだけが美味しさではないよ。程よい苦みや辛みは美味しい食べ物には不可欠だ」


「ふうん、なるほどね」


 俺はスプーンごと皿を返しながら、感心する。こういうのも女子力と言うのかね。


「それにしても、この店はチョコもチーズも大当たりだ。これはショートもモンブランも期待できるな。ああ、それにすればよかったかもしれない」


 もう何も残っていない自分の皿をまえに、行儀悪くスプーンをくわえて口元でピコピコ揺らしながら、そう評価する冬芽。


「そんなに欲しけりゃ注文すればよかったんじゃないのか」


「分かってないねえ、トワ君は。少量で色々、がいいのさ」


「といっても、ケーキはこれ以上小さくは売ってないだろ」


「そうだ、それこそがまさに問題だね。どんなにいろいろ食べたくても、一つ頼めばそれでお腹がいっぱいになってしまう。違う味にチャレンジしたくてもできない。だからこそ選択には細心の注意が必要なんだけど、どんなに慎重に選んだとしても、選択しなかったものへの未練が残ってしまうのが最大の問題だ」


 不満げに、口の端を下げてそう言う冬芽。どうやら本気で不満がっているようだ。


「そうかい。じゃあ、また次の時にでも注文したらいいだろう。そんときゃ俺も手伝ってやるよ。それなら、一度に二つ選べる」


 俺の提案に、冬芽はやっと納得したらしい。不満げな表情を緩めた。


「む。トワ君がそう言うなら仕方ない。そうさせてもらうよ。また次に、ね」


 いつものにやにや笑いに戻った冬芽を見て、俺は心の中で肩をすくめる。やれやれ。

甘いね!

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