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「イタダキマス」
ダイニングテーブルの上には、調理済みの鶏肉料理がのっていました。その料理には、ロボットがつくった特製ソースが絡めてあり、美味しそうな匂いがリビングに漂っています。
しかし、そのロボットには嗅覚も、味覚も、感情もありません。そのため、その料理の匂いを感じることも、どんな味なのか確かめることも、その食事の時間を楽しむこともできないのです。
それでもロボットは自分の席に座ると、ナイフとフォークを手にとって、目の前にある料理を一口食べました。
「オイシイ……ト、オモウ」
ロボットは口に入れたものを飲み込むと、そう呟いていました。けれども味覚がないため、やはりどんな味だったのかはわからなかったようです。無表情のまま、フォークに刺した鶏肉をじっと見つめていました。
やがて全てをたいらげたロボットは、持っていたナイフとフォークを静かにテーブルの上に置きました。
辺りは静寂に包まれています。時計の針の音も、外を走る車の音も、そして鳥の鳴き声も、この家の中では何も聞こえてきません。
空になったお皿を見て、ロボットはいつものように席を立とうとしました。使い終わった食器をキッチンへと運ぼうとしたのです。
そのときです。
ロボットの目の前に置かれていた空のお皿に、一滴の水が落ちるのが見えました。
ロボットは瞬きを一回してから、お皿の中を確認します。
雨漏りがしたせいかと思ったのか、ロボットは天井を見上げていました。しかし、天井はどこも濡れていません。雨漏りではなかったのです。
それなら、一体その水はどこから落ちてきたのでしょうか。ロボットは辺りを見回しながら、その答えを考えています。
その結果わかったのは、その水は『涙』だったということでした。
ロボットは、自分の両目から涙が出ていることに気づきます。
流れていく涙は、たった今ロボットが使っていたお皿の中へと落ちていきます。さきほど落ちた一滴の水も、どうやらロボットが流した涙だったようです。
ロボットには感情がありません。そのため、自分の目から涙が出てきた理由もわかりません。
理由がわからないままロボットは、自分の手で涙をふきました。
涙にも味がある、という噂をどこかで聞いたことがあります。ロボットもそのことを思い出したみたいで、その噂を確かめるように自分の涙をなめっていました。
しかし、味覚のないロボットには、その噂が本当だったのか判断することができなかったようです。
でも少しだけ、そのロボットには涙の味を感じることができたようにも見えました。ロボットは、何度も、自分の目からこぼれてくる涙をなめて、その味を確認しようとしていたからです。
「ゴチソウサマデシタ」
その日、食事を終えたロボットは、生まれてはじめて胸の前で両手を合わせました。それは昔、この地球に暮らしていた一部の人間たちが食事の後にとっていたというポーズでした。ロボットはそのことを思い出して真似をしてみたのです。
空になったお皿を片付けるために、ロボットは静かに席を立ちます。そして、使い慣れたキッチンへと姿を消しました。
読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m