準備
黙々と読んでいる内に扉を叩く音が消えていた。
正光が残したメモは様々なことが書いてあった。最初のページはガーディアンに挑戦する前に書き残したもので、比較的綺麗に書かれている。ページを読み進めていると乱雑に自分の感情を書き殴ったような書き込みがあって震えるような怖さにおののく。
《ダメだ。昨日負った傷が膿んで、体が熱っぽい。もしかしたら変な伝染病にかかったのかもしれない。いやだ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。だれか助けてよ・・・》
この場所がどれだけ異常な場所かがわかる。
そんな中、このダンジョンを攻略していった正光はすごい。しかも次の人間のことを考えて大事な手帳を残しておくなんて考えられない。
書き込みは非常に詳細に書かれていて、彼が頭がよかったことがうかがえる。地図や絵が描かれているが、それもすごく上手いのだ。
天才ではないだろうか?
そんな思いが強まる。
このダンジョンを攻略する上で重要なのはモンスターを倒すことだ。
モンスターは様々な種類がいて、ざっと目を通しただけで30はいるだろう。
正光が第一層と呼んでいるこの階には、比較的倒しやすいモンスターがいるが、その上の階ごとに強さが上がっていく。
しかも一層だけでもかなり広いらしい。
正光が残した攻略のコツは、一層をすべて制覇してから上の階に行くというものだ。
どうやらモンスターを倒すとポイントと呼ばれる目に見えないものが得られ、ポイントを貯めていくと様々な身体能力が強化されるらしい。
目に見えないのになぜそんなものがわかったのかというと、これも正光が命かながら調べたからだ。
《不思議だ。体が軽い。筋トレのおかげだろうか?》
《二階層のモンスターを倒すようになって、一階層のモンスターが雑魚に感じる。なぜだ?》
《もしかしたら、モンスターを倒せば倒すほど体が強くなり、毒の耐性も上がるかもしれない。三階層のモンスターが手強く感じるなら、二階層のモンスターを一度すべて倒してみよう》
《やっぱりだ。二階層のモンスターすべてを倒すと三階層のモンスターが倒しやすくなった。これは何か秘密があるのかもしれない》
《失敗した。ずっと二階層のモンスターを狩っていたが、三階層のモンスターを前回以上に倒しやすくなったわけじゃない。二階層と三階層のモンスターには強さの数値的な何かで隔たりがあるのか? 倒したときにポイントのようなものが貯まり、レベルが上がるが、三階層と二階層ではポイントの得られる数値が違うのかもしれない。そうなるとこのダンジョンの目的はぼくを強くするということか?》
なんだか正光の手帳を読んでいると、まだ一匹もモンスターを倒していないのに自分がどんどん強くなっていったように感じる。
それは完全に勘違いだが、すごく励まされる。
しっかりとダンジョンを攻略していけば自分も生き残れるんだという。
あらかた読み終わり、自分が次に何をすればいいかが分かってきた。
この始まりの部屋は、水は手に入る。
天井からわき出た水だ。
これは毒もなく綺麗で飲み水になる。
最初の頃は彼もこの水で喉を潤してきた。
そしてこの水は、剣の錆を落とすことにも使われる
木箱の中にはいろいろな道具が入ってあった。
研ぎ石、火鉢、火付け石、ナイフ五本、油、マント、装飾品、防具などなど。
宝箱のようにいろいろなものが入っている木箱はダンジョン攻略をするための必需品。
そして部屋にいた同居人の白骨死体の名前が木箱に彫られている。
名前はよくわからない文字で刻まれているため、残念ながら名前を呼ぶことはできない。
どうやら本当に運が良く自分は正光と同じ文字が読める。
きっと名前もわからない死体の人は、文字が読めないからこそ死んでしまった可能性がある。大事そうに抱えていたのは、文字が書かれているだけでも励みになったのかもしれない。
そういった感傷にさいなまれながらも、研ぎ石と陶器の杯の水を使って丹念に剣の錆を落とす。
かなり重労働だ。
研ぎ方も正光の手帳に書いてあったからなんとか手順を守りつつ、ナイフで剣の銀色が出るまで錆を落とし、ジャージの布地を切れるまで研ぐ。
時間の感覚がなくなってずいぶんと経つ。
ここはその光が全く入ってこないので今が何時だかも、一体どれぐらい経ったのかも分からない。
分かるのは異様にお腹がすくぐらいだ。
モンスターを倒すのは、ポイントを貯めレベル上げてダンジョンを攻略するためだけじゃない。
生き残る上で重要な要素がもう一つある。
食料だ。
正光の手帳にも書いてある。ダンジョンには剣や槍などの武器や革鎧などの防具が手に入るが、食べ物だけは手に入らない。
代わりにモンスターを倒してそれを焼いて食べる。
どのモンスターが美味しいとか食べやすいとか、毒があるとかもかなりの文量で書き込んでいる。食べることが唯一の楽しみだったらしい。
モンスターの肉を食べたいとは思わないがそれしかないのなら食べるしかない。
残念ながら一階層のモンスターで正光を喜ばせるような肉はなかったようだ。
けっこうな時間をかけて剣が研ぎ終わった。
ついでにナイフも研ぎ、予備の武器として手入れした。
集中していると怖さも気にならない。
一番は正光の手帳を発見したことだが。
よし、じゃあ次は防具を付けよう。
防具はボロボロの革鎧と錆た鉄のプレートアマー、篭手やすね当て、バックラーと呼ばれる小さな盾がある。
この辺も手帳には色々と書かれており、そのメリットやデメリットなどが存在する。
鉄は重く動きが鈍くなるが防御力は高い。
革は軽くて動きやすいが防御力は低い。
だが、革鎧は完全に耐久年数を超えて、持ち上げるといろいろな箇所がボロボロと崩れ落ちる。
革は使えない。
なので鉄のプレートアマ―をつけることにした。
ちなみに、第一階層のモンスターは動きが遅くて、全力で走れば逃げ切れるので退路を確保しつつ狩ればなんとかなるそうだ。
盾も一層では不要となる。逃げ足が遅くなり、体力を消耗するからだ。
モンスターを倒す心得のひとつが先制攻撃にある。相手の知覚からいかに逃れ、虚を突くか。相手は常に自分より上だと思い、油断しないこと。いくら弱いと思っても囲まれたらピンチになる。
防具はすぐに付けることができた。
緑色の服に錆びたプレートアマーと篭手つけるとなんだか玩具のようにみえるが、ずっしりと重い。剣もそれなりの重いので一匹を狩って、すぐさま部屋にもどる。
ヒットアンドウェイ戦法。
一層目を攻略した頃には鎧の重さにもなれるらしいからちょっと間抜けな作戦だが、命は大事にだ。
準備は整った。
いざ、ダンジョン攻略を始めよう。
正光に会ってお礼を言うために。