パンをくわえて
2016.4.18投稿
深夜テンションで王道恋愛物を無性に書きたくなったので書きました(笑)
『運命の出会いが欲しい』
そう思って私、一条ちさと16歳はパンを咥えて学校に行ってみた。
桜を花びらを浮かせて光ってる水たまりを飛び越えて、入り組んだ細い路地を走りぬける。
そしてお決まりのコーナーに差し掛かり、私はさらに道路を蹴る足に力を入れた。
……何も起きず。
その後は脱力した顔で校門をくぐって、力のない手で教室の扉をガララって開けて、千鳥足で机に向かって、ドスって座った。
すると前の席の黒髪美女、西園寺涼子は椅子をこっちの方に向けて座り直して、青色のシャーペンを回しながら言う。
「凄い汗ね。遅刻ギリギリでも無いのにどうしたのよ?」
「は! ナイスモブ子よ。そうか、そうだった!全く私としたことが。このイベントは遅刻ギリギリじゃないと発生しない奴じゃないか!」
「……なるほど。運命の出会いだとか言って、パン食べて走ったのね。それとモブ子と言うのやめなさい」
なんて鋭い洞察力なんだ!
このたった数秒の会話でそこまで見抜くとは……
「なんか驚いてるけど、今貴方が言った事と制服についてるパンのカスで簡単にわかるよ?」
視線を自分の胸のあたりに向けると……胸が無い。じゃなくてパンのカスが付いていらっしゃる。
ささっと払って目線を正面に戻すと、さっきまで持っていたペンはいつのにか机に置かれていて、両手で頬杖を付いていた。
「で、なんでそんな少女漫画の王道でかつ若干時代遅れ感のあるセレクトをしたのかな?」
「よく聞けモブ子よ。王道を舐めちゃいけない――王道とは使い古されてなお素晴らしいから王道なんだ。ぽっと出の壁ドンとはわけが違う」
「そうかそうか。なるほどなるほど」
西園寺はこの上なく清々しく禍々しい笑顔で言った。
……嫌な予感がする。
そして再び口を開くと、
「でも貴方、もう運命の相手いると思うけど? イケメンで、運動も出来て、幼馴染の瀬戸翼くんが」
「いや、ないから。幼馴染が恋愛対象ってのは、実際にいない奴の幻想に過ぎないのだよモブ子ちゃん」
「イケメンで運動も出来て、幼馴染だよ? 王道だよ? あれ、王道は使い古されてなお素晴らしいんじゃあなかったっけ?」
……さっき絶対わざと王道について語らせたなモブ子の奴。
瀬戸翼。
確かにイケメンだと思う。
真っ直ぐでツヤのある黒髪は女の私でも見とれるし、最近は色気まで出てきあがった。
小学校の頃は私の方が背が高かったのに、今や少し顎を上げないと顔が見えない。
おまけに運動神経も良くてバスケ部のエース。選抜にも選ばれてるんだとか。
……あれ? 悪い所出てこない。
待て待て、そうだ性格。
性格は……いじわるだし、好き嫌い多いし、強がってるけど本当は弱虫で高所恐怖症。
だけどなんだかんだで優しいから、小学生の頃こわいのを我慢して一緒に観覧車に乗ってくれたし、近くの山に遊びに行って迷子になった時も必死に探してくれたっけ。
……って違う!
「1人で赤くなったり不機嫌になったりするのやめてもらえる?」
「……モブ子のせいでしょ?」
「とにかく後悔はしないようにね。早くしないとあいつはモテるから取られちゃうからさ、まぁそれは向こうもだけど」
「いや別に好きじゃないし……」
そう言い終えたか終えてないかくらいで担任の先生が教室に入ってきて、チャイムが鳴って、それが私たちの会話終了のキッカケになった。
******
放課後、でありお昼。
と言うのも今日の授業は4時間で終わりだったから。
今日は1年生が勉強合宿に行っているお陰で半日だったらしい。
……知ってたよ? 知ってた。
私は鞄に教科書を詰めて、ちょっと大きな2段の箱状のものを詰めて……
「お前まじか。やるとは思ったけど本当に弁当持ってきてるとか……最高!」
ウザいくらい爽やかな笑い声。
そう、奴こそが幼馴染兼腐れ縁の瀬戸翼。
恥ずかしさのあまり顔を上げられない。
弁当を持ってきてる事を見られた事に加えて、朝モブ子があんな事を言うから余計に恥ずかしい。
「帰るぞ」
「え? あんた部活は?」
「今日は顧問いないから休み。ほら、さっさと行くぞ」
そう言うと翼は大きな背中をこちらに向けて教室を出て行った。
それから大体5分。
散り気味の桜や公園で遊ぶ子供達を横目に黙々と歩いていく。
久々にこいつと歩く道はいつもと違って見え……
「道違うよね? どこに向かってるの?」
最初から帰り道がおかしいなって思ってた。でも道は詳しくないし、これが近道なのかな程度にしか考えていなかったけど……明らかに違う。
翼は私の問いかけには答えず、靴の動きも相変わらず交互に等間隔、私のペースに合わせてゆっくり動く。
そんな翼の靴を眺めていると、突然靴は動くのをやめた。
ふと顔を上げて視線を正面に戻す。
『浅井食堂』
そこにあったのは、そう看板に書いてある平凡な家。建築様式が若干古く、私の家のまわりではほとんど見る事のないタイプの家だけど、この辺りでは珍しくないようで所々にこんな感じの家がある。
「定食屋」
翼は独り言のように、ボサッと呟くように言った。
「定食屋って……まずここ定食屋に見えないし、私ご存知の通りお弁当あるんですけど」
「お前どうせ公園とかで食べて、いつもの下校時間まで帰らないつもりだったんだろ? 親に悪いからとか言ってさ」
……ぐは。
「で、弁当食べても怒られない俺の知り合いやってるこの店ってわけ」
「でも定食屋ってあんた……」
定食を頼めば多かれ少なかれ品目はファストフード店やファミレスで食べるより増えるし、もれなくサラダも付いてくる。だから野菜嫌いな翼はいつもなら定食屋には行きたがらないはずなのに。
翼は何も答えず「お久しぶりでーす」なんて言って店の中に入っていき、仕方ないので私もキョロキョロしながら入る。
内装もやはり普通の民家で、入ってすぐ左にあるレジに違和感を感じる。と言うか違和感でしかない。
「いらっしゃーい。おや翼くん、その子は彼女かい?」
愛想のいい笑顔で50歳くらいのおばちゃんが出迎える。
「残念ながらただの幼馴染。個室空いてる?」
「そうだねー、残念な事を全ての席が空いてるよ」
見渡すとお昼時だと言うのに全席空席。あの外装じゃただの民家にしか見えないから当然と言えば当然だと思う。
案内された席に座ると、翼はしばらくメニュー表とにらめっこした後、A定食を頼む。
やっぱり野菜嫌いは直っていなかったみたい。
料理が出されると、案の定 翼の嫌いなピーマンの炒めものやナスの漬物が入っていた。
翼は嫌いなものを食べる時、眼をつぶる癖があり、今もやっぱり眼をつぶって食べている。
それでも私に悟られまいと下手くそな作り笑いをして美味しいと言う姿はダサくてカッコよかった。
******
食べ終わって、勘定して、それから店を出た。
隣に立つ翼側の足やら手やらがそわそわするのは多分気のせい。
「じゃあどこで時間潰す?」
翼は前にある自動販売機の方を向いて言った。
「翼の行きたいとこでいいよ」
「それいちばん困る奴! まぁいいや、公園とかどう?」
「いいけど時間潰れなくない?」
「まぁいいじゃん。いこ!」
そう言ってさっき来た道の方へ翼は向かって行く。
きっと通り道にあった公園に向かってるんだろう。
1分もしないうちにたどり着いて、散り気味の桜の真下にあるベンチに2人で座った、少し隙間を開けて。
しばらく無言が続いて、無造作に生えた芝生と桜を交互に眺めること数分間。
無言にたえきれなかったのか、それから翼はこっちに体を向けて、
「そう言えば朝、運命が何だとか言ってたけど何だったの? なんかすごい汗かいてたし」
「あー、それは運命の相手に会うためだよ。パンをくわえて走ってみただけ」
「……よし、ちょっとお医者さん行こうか」
「……健康です」
「それで会えたの? 運命の相手と」
「それが会えなかったんだよ。でもそれは遅刻ギリギリじゃなかったらだと思う。明日こそは会ってみせるよ」
「…………」
終始ドン引きしつつ笑っている翼と終始本気で答えている私。
でもこの会話はこれでおしまい。
それは会話のネタが尽きたとかそういうのじゃなくて、もっと単純な話。
ちょっとはしゃぎ過ぎて、前も後ろも見えなくなってたみたい。
後ろにある桜の木のすぐ後ろまで来ていた女の子の気配に気がつかなかった。
「あれ? 翼くん? どうしたの?」
透き通っていて綺麗な声だった。
振り返ると、髪はサラサラで、目はぱっちりしてて二重だし、顔は小さくて肌も綺麗な女の子。
「翼くんは今帰り?」
その女の子はまたその綺麗な声であいつの名前を呼ぶ。下の名前で。
今まで下の名前で呼んでるのは男の子と私だけだったはずなのに。
彼女なのかなー。
ってあれ?
おかしいな。気を緩めると涙が出そう。
だって私……
あ、そうか。
そうだった。
……私、あいつが好きなんだ。
そう自覚した瞬間、目をそらして放置していた胸の痛みが襲った。
胸も痛くてお腹も痛くて頭も痛くて。
丁度後ろが桜の木だったのが不幸中の幸いで、私からはその女の子がよく見えたけど、向こうからは見えていないようだった。
それから知らない道を自分の方向感覚を頼りに走って、いつの間にか知ってるところに出て、それから家に帰った。
家に帰ってドアを閉めると、ついに私の水道管はどうやら破裂したらしい。
顔をブサイクにして、小さい子みたいな声をあげて思いっきり泣いた。
沢山泣いて、色々考えて、夜寝る前に、
『明日は絶対運命の相手見つけてやる』
と決心して目をつぶった。
******
目覚ましが鳴って、目を開けようとするといつもよりまぶたが重くて持ち上がらなかった。
カーテンを開けると、見慣れたコンクリートが春の陽射しに当てられていて、私は部屋を出て、階段を降りる。
顔を洗って、歯を磨いて、制服を着て、それから食パンをトースターで3分焼いて、バターを少しだけ塗って、8時25分を待つ。
時間になると同時にドアを開けて、昨日よりも足に力を入れて走る。
昨日の水たまりは既になくなっていて、荒くなる呼吸を無視して灰色と青色、時々オレンジの世界を走り抜ける。
そしてコーナー。
残りの力を振り絞って、上半身を前のめりにしてさらにスピードを上げた。
『ゴン!』
骨と骨とかぶつかる鈍い音が響く。
「いたたた」
ぶつかれた喜びよりぶつかった痛みが私の頭の中を支配して、それから痛みが徐々にひく。
何か物を考える余裕ができると本来の目的を思い出し、急いで顔を上げた。
「って翼? なんであんたここにいんの?」
目の前で尻もちをついていたのは瀬戸翼だった。
翼はゆっくり立ち上がり、尻についた砂を払うと私の方に手を出して私を丁寧に立たせた。
「偶然だね。おはよう、ちさと」
「え? なんで? なんでここにいるの?」
翼の家は私の隣で同じ道を通るはずだから会うはずない。
「遅刻ギリギリって言うからもっと遅いのかと思ったらまだまだ余裕じゃん。これなら2分前に着く」
言葉が出ず、気がつくと視界は涙でにじんでいた。
だって……だってさっきの翼の言葉は、私の事を待ってましたと言っているようなものだから。
およそ5秒の長い時間が私と翼の間に流れた。
心臓がとてもうるさい。
風の音がとても良く聞こえる。
そしてついに翼の唇が開く。
「好きだよ」
翼はこのたった4文字を言うために頬を赤パプリカのように紅く染め、まっすぐ私の目を見る。
私は色々言葉を考えて、色々言葉を選んで、それから笑顔で
「私も」
と、そう言った。
おまけ
「そう言えばあの時の女の子って誰だったの? 親しげに下の名前で呼び合ってたけど」
今日も半日。
放課後の帰り道でにやけながら睨みつけて言った。
「ああ、サツキ? あれはマネージャーだよ。なんか下の名前で呼び合うのが部のルールでさ」
「へー、そうなんだー」
「彼女でも元カノでもないから安心しろよ? 今度あいつ来ても走って帰るなよ?」
……やっぱり帰った原因バレてた。