第8話
‡第八話‡
「はっ……はっ……」
「アッタカー大丈夫かー?」
「兄しゃまだいじょうぶ?」
月に照らされた獣道を、背に弓矢を負ったアッタカと、背にアッツキを負ったニシニは疾走していた。
最初はアッタカがアッツキを背負っていたのだが、息が切れてきたのを見兼ねたニシニが交替してくれたのだ。
「だ、いじょうぶ、だ……」
平然を装って答えるが、実際アッタカはかなり息苦しい状態にあった。
同い年のニシニが、アッツキを背負っているにも関わらず息一つ乱していないのを見て取り、悔しさがこみあげる。
なぜ、自分はこんなに貧弱なのだろう……
「兄しゃまくるしそう……」
「アッタカ、少し休むかー?」
気を遣ってくれる二人に、遣る瀬ない想いをひた隠して首を振る。
「いや、いい、んだ……早く行かなきゃ……ねえ、さまが……うっ!」
「アッタカ?!」
「兄しゃま!!」
いきなり体の奥底から不快感が沸き上がってきて、アッタカは体をくの字に折り曲げて思いっきり咳き込んだ。
「大丈夫かー?! ゆっくり息すえー!」
ニシニが背中を撫でてくれて、少し落ち着く。
「ほ、ホッサ、だ……っくしょ……び、病気さえ、なけりゃ……」
咳き込みすぎて涙を流すアッタカを見つめ、ニシニが穏やかに言う。
「アッタカ……それは、よくないぞー」
「え……?」
口元を拭い、見上げた親友の顔は、いつも通り穏やかだった。
「おまえはいつも、びょーきのせいで、って言うよな。でも、それはだめだと思うんだなぁ。えっと……びょーきならびょーきなりに、強くなれるほーほーがあるはずだぞ、その弓矢みたいになー。おまえは、そんなくふー、いっぱいしたか?」
「あ……」
病弱なのは生れ付きだし、仕方がないとは思う。それでも、いつもこの体を恨んでいた。
こんな体に生まれたせいで、強くなれない。
こんな体に生まれたせいで、いじめられる。
でも、その解決策を、一度だって死ぬ気で考え行ったことがあっただろうか。
どうせムリだと、最初から諦めていなかっただろうか。
そしてそのくせ、弱いと言われてキレる自分――これじゃあ、嫌われていじめられて、当たり前だ……
「はっ……俺、かっこわりーな……」
この弓矢のように、少し頭をひねれば自分にあった
「強さへの道」があるはずなのだ。
「ありがとな、ニシニ……俺、まちがってた」
「おー!」
まだいまいち疑問符だらけの顔で頷く大切な親友に笑みかけ、アッタカはまっすぐに立ち上がった。
「俺は、弱くねー。バカだっただけだ」
自分にそう言い聞かせると、アッタカは唐突に走りだした。
「お、もういくのかー? だいじょうぶかー?」
「だいじょうぶだ!」
まだ息は切れたままだけど、足もジンジンしているけど、
「兄しゃま、げんき! かっこいい!」
「よかったなーアッツキ! お前の兄ちゃんはせかいいちいい男だぞー!」
「よせよっ!」
今ならどこまででも、走っていけるような気がした。
「たーたたらりーハッハッホッ♪」
未だ夢の中の子分たちを置いて、クホは一人、低木のてっぺんによじ登り、小さな声で歌を口ずさんだ。
眼下に広がるヴァナーシャは月に照らされ、昼とは違う美しさを湛えている。
クホは、このヴァナーシャが大好きだった。
そして、この聖なる草原を神から授かったシャマイという人たちが本当に好きで、シャマイとして生まれたことを誇りに思う。
長老の屋敷に飾られたたくさんのライオンの毛皮を見て、偉大な先祖たちに想いを馳せるとき、自分にもその血が流れていることに歓喜する。
「たってぃりほー♪」
だからこそ、スマム家が代々担ってきた青派リーダーと言う役目もまた誇りに思う。
赤派の連中は、シャマイのこの勇敢で猛々しい血を途絶えさせる気に違いない。
現に、最近のモランたちはどこか力に欠けている気がする。
アッタカのような者がモランになっては、シャマイの誇り高き歴史に傷が付く。
「つよいやつしかいらない」
モランは、誇り高く、獰猛な、孤高の存在であるべきだ。
あんな中途半端な覚悟のものに権力を握られては、困るのだ。
[続く]