いち
「赤ちゃんって、私たちには見えないモノも見えているんじゃないのかなぁ。で、大人の話とかも、実は、みんな聞いて理解してるんじゃないかな、っていっつも思うの。ただ、自分が理解していることを、まわりの大人に表現できないだけで。」
新米ママのみどりは、電話で話しながら娘の珊瑚のことを考えていました。
珊瑚が生まれて6ヶ月。
春が近づきようやく暖かくなってきたので、散歩に出かけることも多くなりました。そんな時、珊瑚は、あぶぅ、ぶぶぅ、と一人でご機嫌にしゃべりながら、何も無い空中を見つめて笑いかけることが多くなったのでした。
家にいても、まわりをじっと見つめて、一人でご機嫌にお話しています。
「ま、それはともかく、あさちゃんのことなんだけどね。引っ越しの最中に小鳥のピィちゃんが逃げちゃってから、ずっとピィちゃんピィちゃん、って泣いているらしいの。」
当の珊瑚は、みどりママが電話で話しているのを、ずっと聞いています。
ママが話しているのは、昨日、お隣から引っ越していったあさちゃんのことでした。
あさちゃんは珊瑚より一つお姉さんで、珊瑚の生まれて初めてのお友達です。
あさちゃんは、飼っていた小鳥のピィちゃんが大好きだったのですが、そのピィちゃんが、引越しでドタバタしている間にいなくなってしまったのでした。
珊瑚は、頭をくるりと巡らせ、飼い猫のタロを呼びました。正確には声を出して呼べるわけではないので、心の声で呼びかけたのでした。
タロは珊瑚が生まれる1年ほど前に生まれた、ツヤツヤと美しい毛並みの黒猫です。
いろんな所にお出掛けするので、ちゃんと名前と家の電話番号の書かれたネームプレートを首に下げています。
実のところ、タロはこのネームプレートが大嫌いなのですか。
「なぁぉ〜」
タロが、何処からともなく現れ、珊瑚の側に寄って来ました。
静かにジャンプすると、ベビーベッドに軽く着地します。
珊瑚の顔をペロペロ舐めながら、
「一体何の用?」
と、珊瑚に話しかけました。
正確には、心の声で。
「あさちゃんの友達のピィちゃんのこと、知ってる?」
珊瑚とタロの会話が続きます。
「あぁ、あの小鳥のこと?知ってるよ。どうかした?」
「今、何処にいるか、知ってる?」
「今?…うーん、それはちょっと分からないな…。引っ越しの最中に逃げちゃったんだよね?」
「あさちゃん、ピィちゃんが大好きだったんだよ。ピィちゃんがいなくなって、ずっと泣いてるんだって。…捜してあげられないかな?」
「え〜、俺が?」
嫌そうな顔をするタロ。
「面倒くさいよ。」
「…けち。」
「話ってそれだけ?だったら俺、もう行くよ。」
そう言うと、タロはさっさとベビーベッドから降りてしまいました。
そうなると、珊瑚にはもうどうすることもできません。
「…タロのけちんぼー!!」
珊瑚は大きな声で泣き出しました。ママが慌ててやって来ます。
「珊瑚、どうしたの?お腹すいた?オムツかな?」
ママは、オムツが濡れていないか確かめたあと、ミルクの用意をしに台所に行きました。途中、タロが毛づくろいをしている横を通り過ぎ、
「タロ、あんた珊瑚に何かしたの?」
タロは知らん顔していましたが、内心ではドキドキしていました。
それでも知らん顔のまま、なぁぉ〜、と一鳴きすると、ゆっくり部屋からに出ていきました。
タロは、 玄関の脇にある猫専用の小さな出入り口から外に出ました。
ぽんっ、と家の塀に登ると、そのまま塀の上を歩いていきます。
珊瑚にはああ言ったけど、タロは、もうすっかりピィちゃんを捜すつもりでした。
だって、珊瑚はタロの大事な妹(とタロは思っている)ですから。
それから、タロは散歩の度に、気をつけて黄色い小鳥を捜すようになりました。仲間の猫にも、ピィちゃんを見かけなかったか聞いてまわりました。
そして、あっちでそんな小鳥を見かけた、なんて話を聞くと、すぐに確かめに行きました。
でも、あさちゃんのピィちゃんはなかなか見つかりませんでした。
タロがピィちゃんを捜し始めて一週間ほどが過ぎた頃。
タロは、ついにピィちゃんを見つけました。珊瑚の家の近所の、山田さんの家のお庭で。
鳥好きとしてご近所でも有名な山田さんのお家のお庭には、大きな鳥小屋があって、小鳥をたくさん飼っているのでした。ピィちゃんは、その鳥小屋の前にいたのです。
ピィちゃんは、黄色いインコ。頭のてっぺんだけ、白い毛が生えています。
ピィちゃんは外に飛び出したものの食べるものも無く、大きなカラスに追いかけられたり、犬に吠えられたりして、疲れきっていたようでした。
フラフラのピィちゃんを見て、タロは思わず手をのばしました。が、タロが手をのばすと、ピィちゃんはよろよろしながらも逃げていきました。
ちょうどその時、山田さんの奥さん(60歳くらい?)がお庭に出てきたようで、タロは山田さんに
「ちょっと!あんた、うちの小鳥たちを狙ってるんじゃないでしょうね!あっちにお行き!」
と、追い払われてしまいました。
「しまったなぁ…。」
タロは山田さん家から逃げ出したあと、ピィちゃんがフラフラと飛んで行った方を見つめてつぶやきました。
そして、しばらく考え込むようにしていましたが、ひとつうなずくと、まっすぐ家に向かいました。
家に帰ると、タロは、すぐに珊瑚のベッドに行きました。
「珊瑚、珊瑚、ピィちゃんいた。」
珊瑚は眠っていましたが、タロが顔を舐めると、すぐに目を覚ましました。
「珊瑚、山田さん家にピィちゃんいた。でも、俺が捕まえようとすると逃げてしまうんだ。」
考えてみれば、それは当然のこと。猫が手を出してきたら、小鳥は逃げるのが当たり前です。
珊瑚は考え込む風に言いました。
「…わかった。なんとか、ママと一緒に山田さん家に行ってみる。」
次の日は、暖かな天気の良い日でした。
「珊瑚、あれからあの辺りにいる仲間の猫たちに聞いてみたけど、ピィちゃん、わりと何回も山田さん家に来ているみたいだ…。でも、だいぶ弱ってるみたいだって。」
珊瑚は、力強く頷きました。
「わかった。今日か明日には、ママに連れてってもらうから。」
そして、タロを見て、にっと笑いました。
「だから、タロは今から山田さん家に行って、鳥小屋を壊してきて。」
珊瑚の言葉に、タロは目をまん丸にして叫びました。
「…はぁ!?」




